35.美味しくしたいなら、もみもみしよう

 それから数日経った午後。学園内のとある魔法実習室で、ロッシュは一人、黙って床を見つめていた。


「なにやってるの、ロッシュ?」

 たまたま通りかかったアイナが、その場に立ったまま動かない幼馴染を発見して、声を掛けた。


「おお、アイナ。実は今、『新魔法』の練習中なんだ」

 そう言ってひたいに浮かぶ汗をぬぐったロッシュは、かなり疲労を感じている様子だった。


「新魔法って……前に使っていた多属性魔法の同時詠唱とか、浮遊魔法みたいなやつ?」

「その辺りとはだいぶ系統が違うが……やってみると、これがどうにも難しくてな」

「ふーん……魔法関係でロッシュがそんなに手こずるなんて、珍しいわね」


 普段の変態性はともかく、ロッシュの優れた才能をよく知るアイナは、「難しい」という彼の言葉を意外に思った。


「新しい魔法を顕現させるには、イメージの構築がなにより重要なんだ。だが何度試しても、一向に上手くいかない。そこでアイナに一つ、相談があるんだが……」

「なに?」


 アイナが答えると、ロッシュは謹直きんちょくな表情を浮かべながら、ゆっくり口を開いた。


「……俺のズボンのチャックを、思い切り全開にしてくれないか? そして開いたチャックの中に、お前の手をズボッと突っ込んでほしいんだ」

「……ストームアロー‼」


 ロッシュが言葉を終えてから数秒も立たず、アイナの掌から生じた風の矢が、物凄いスピードで襲いかかってきた。


 その奇襲を、常人離れした反射神経でかわすロッシュ。


「危ないじゃないか、アイナ」

「うるさいっ‼ またどさくさに紛れてセクハラする気⁉」

「誤解だ! これは新魔法習得のために、どうしても必要なことで……」

「嘘つけっ‼」

「嘘じゃない‼ ……そうだ、どうしても嫌と言うなら、代わりにお前の服の中に、俺が手を突っ込む形でも構わない。そっちの方がいいなら、早くシャツのボタンを外してくれれば……」

「いい加減にしてよ、このセクハラ大王‼ フバトーセ烈風よヘン・イータ悪心の化身をアトカータ塵芥とナモーク化せしめよ…………ストームバスター‼」

「ぬおっ⁉」


 怒りが頂点に達したアイナは、一層強力な風魔法を、変態に向けて発動した。

 それに対してロッシュは、強固な魔法障壁を展開。


 二人の魔力がぶつかり合い、巨大なエネルギーの奔流が、実習室内に凄まじい衝撃を引き起こした。


 そして学園内に響き渡る猛烈な爆音と、校舎を揺るがす振動。


 やがて、その震源となった実習室に、あちこちから生徒たちが集まってきた。


「一体、なんの騒ぎだ⁉」

 そう叫んで、真っ先に実習室内へ駆け込んできたのは、騎士科首席で風紀委員長を兼任している、カイン・レッドバースだった。


 駆け込んだ実習室の内部はボロボロに崩落しており、粉塵や煙が大量に舞い上がっていたが、やがてカインはその一角に、二つの人影のようなシルエットを発見した。


「おい、そこの二人、大丈夫か⁉ 一体なに……が……」


 駆け寄ったカインは、そこで言葉を失った。


「……全く。派手にやらかしてくれたな、アイナ」

 床に倒れた状態でそう言ったのは、ロッシュだった。


「んっ……。うぅっ……」

 そしてその下には、彼に組み敷かれるような格好で、なぜか色っぽい声を発しているアイナの姿があった。


 よくよく見れば、アイナは爆発の衝撃で気を失っているようで、ロッシュの方はなにやらリズミカルに、自らの両手の指を動かしていた。


 その両手は、アイナの胸元へと当てられており、彼女の豊かな二つの膨らみを、もっちりもにゅもにゅと揉みほぐしていた。


「なにをやっているか、貴様あああああああああああああああっ⁉」


 崩れた実習室内に、カインの怒声が大音量で反響した。


「おお、カイン・レッドバース……だったか。お騒がせしてしまったな。別に大したことではないんだ。もみもみ」

「んっ、あぅっ……」


 ロッシュのもみもみに呼応するように、アイナはどこか淫らな声であえいだ。


 その頬は薄く桃色に染まっており、無意識ながらも感じる本能的な刺激に、たまらず身悶みもだえしているようだった。


「ど、どこが『大したことじゃない』だ‼ 神聖な学園内で一体なにをしているか、貴様っ⁉」

「いや……ちょっとした手違いで、アイナと俺の魔法がぶつかって、実習室を滅茶苦茶にしてしまってな。崩落した建材やら瓦礫やらが幼馴染に直撃しないよう、我が身を呈して守っていたんだ。もみもみ」

「嘘をつくな‼ いいから早く、そのよこしまな指の動きを止めろ‼」


「…………んっ、んっ……んぅ?」

 そんなカインの怒声を受けてか、やがて気絶していたアイナが意識を取り戻した。


「あれ……? 私…………あんっ」

 半覚醒状態のアイナの語尾に、つやめかしい吐息が混じった。


「アイナ、気が付いたか。もみもみ」

「ロッシュ……? そうだ、私……っ、魔法を……あっ、使って…………‼‼‼」


 言葉の途中で完全覚醒したアイナは、自身の胸を揉みしだく両手の存在に気付き、一瞬で顔色を変えた。


「お前がいきなり魔法を放つから、危ない目に遭ったが……おかげで、新魔法のイメージが掴めてきた。これぞまさに、怪我の功名というヤツだな。もみんちゅもみんちゅ」


「……いやああああああああああああっ‼」


 悲鳴を発したアイナが、強烈な右ストレートパンチをロッシュの顔面に叩きこんだ。


「ぐふぉおっ⁉」


 モロにそれをくらったもみもみ魔人は、床を数回転して跳ね飛ばされ、そこから近くの壁面にドガアンッと叩きつけられた。


「くっ、アイナ……。目覚めて早々このパンチは、いくらなんでも激し過ぎるぞ」

「うるさい! このっ……痴漢露出男‼ どさくさに紛れてなにするのよっ‼」

「いや……教室の崩落からお前を守ろうと倒れ込んだら、はずみで、胸に手が当たってしまってな。不慮の事故というやつだ。すまない」

「だったらさっさと離れてよ‼ バカッ‼」


 壁にめり込み、頬を腫らしながらも平静なロッシュに、アイナは胸をかき抱いて叫んだ。


 その顔は、ロッシュから受けたもみんちゅと未知の刺激によってか、真っ赤な羞恥の色に染まっていた。


 そして、もう一人。


 ロッシュのけしからんもみもみ行為を目撃してしまったカイン・レッドバースが、わなわなと身震いしつつ、顔面を怒りの朱色に染め上げていた。


「……貴様あっ‼ 無防備な女子生徒をたぶらかし、校内で白昼堂々と不純異性交遊にふけるとは……断じて許せんっ‼」


「……不純異性交遊?」

「え? な、なに?」


 突然激昂したカインに意表を突かれたロッシュとアイナは、同時に目をしばたたかせた。


「ロッシュ・ツヴァイネイト‼ 己の家名を笠に着て学園の風紀を乱すその腐った性根、私が叩き直してくれる‼ 今すぐ挌技場かくぎじょうまで来い‼」

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