第三章 ド謹厳騎士と、ド変態魔法使い

33.心はキミを向いている

「キャー! 魔法科のロッシュ先輩よ‼」

「今日も笑顔が素敵ー‼」

「ハハハ、ありがとう」


 ぬくぬく太陽が心地よい朝の登校時間、ロッシュは道々で溢れ出す女子生徒たちの声に応えていた。


「まったく、こんな変態のどこがいいんだか……」

 横を歩く幼馴染のアイナは、そんなロッシュを不満げににらんだ。


「なんだ、不機嫌だな。ヤキモチか、アイナ?」

「そ、そんな訳ないでしょ!」


 ヌーダストリア学園魔法科の二年生、ロッシュ・ツヴァイネイト。

 かつて五十年前の戦争で、「剣姫」マリナベル・ラスタリアと共に魔王を倒した大魔法使い、カディル・ツヴァイネイトの孫にして、魔法科首席のエリートでもある、超サラブレット。

 おまけに高身長で運動能力も高く、顔立ちもハンサム。


 そんなウルトラハイスペックを誇るロッシュに想いを寄せる女性は数多く、世の男たちからすれば羨しいくらいのモテモテ街道を驀進ばくしんしていた。


 が、しかし。


 彼はただのイケメンではなく、その正体は「露出癖」という異常性癖を持ち合わせている、真性の変態男なのだった。


「私はただ、あなたの本性を知らない女子たちを気の毒に思っただけ!」

「女子たちが気の毒? 大丈夫、彼女たちも俺の裸姿を見れば、性の素晴らしさに開眼するはずだ。そうすれば、もう気の毒などと後ろ指をさされることも無くなるさ。オールヌード・オールハッピーだ」

「なにが大丈夫なの⁉ 意味不明な変態理論吐き出さないでよ‼」


 こんな感じに、気を抜けば手当たり次第の変態行為にいそししみかねないロッシュを止めるため、彼の祖父カディルは、自力での脱衣を不可能とした魔法の衣服『裸封法衣ヌグナリオ』を着用させて、ロッシュの露出を封じ込めていた。


 だがロッシュは、無駄に突出した魔法の才能を駆使し、裸封法衣の封印を自力で解除しては、相変わらず露出に励む始末。


 それに怒って、さらに封印強化した裸封法衣を着用させるカディル。

 再びそれを解除して、露出をエンジョイするロッシュ。


 ひたすら脱ぐ、着せる、脱ぐ、着せる、脱ぐ……の繰り返しは、もはや無限ループの様相を呈しており、おまけに魔法の解読技術をどんどん高めるロッシュによって、「脱ぐ」の速度は加速していく一方だった。


 そんな孫の無法ぶりにウンザリするあまり、最近のカディルは、「ワシはどこで育て方を間違えたんじゃぁあああ!」と、酒を片手に号泣する夜が増えていた。


 同じくロッシュの蛮行に頭を痛めているアイナも、師匠であるカディルの苦悩には同情するばかりだった。


「ロッシュ先輩、こっち向いてー‼」

「おやおや。下半身はあちらに向けているんだが、気付いていないのかな? やはり着衣状態というのは、野暮やぼでよろしくないな……」

「よろしくないのは、あなたの狂った思考回路でしょ!」

 隙あらば服の中に潜めた毒牙をき出しにしようと目論もくろむロッシュに、アイナは率直な思いを叫んだ。


「……いい気なものだな、魔法科のエリートは」

「ん?」


 突然の声にロッシュが顔を向けると、そこには見慣れない数人の男子生徒が立っていた。


 彼らが身に着けているのはヌーダストリア学園の制服だが、魔法科の物とは少々デザインが異なっており、全員が腰に剣を差していた。


「君たちは……騎士科の生徒か」

 ロッシュが、その格好を見て呟いた。


 ヌーダストリア学園には、ロッシュたちが通っている「魔法科」の他にも、「騎士科」「政経科」などの学科が設けられている。


 魔法科は、自然界の力を基にした五属性魔法(火、水、雷、風、地)を中心に、その理論や応用魔法の習得について学ぶ学科で、ロッシュのように、代々魔法使いの家系の生徒が多く所属していた。


 一方の騎士科は、剣術、馬術、護身術や、集団戦闘の演習などがカリキュラムの中心となっており、卒業後は王国騎士団や地方の警備隊などに就職する生徒が多い。


 また政経科は、主に世界の政治史や経済学などを学ぶ学科で、商業ギルドに就職を希望する生徒の他、ジークのように生粋の王族や、将来国の政治に関わるであろう官僚の子息たちも所属していた。


 このように複数の学科が存在すれば、各学科の間で対立意識が芽生えたり、軽いいさかいが起こることも珍しくはなく、今この場でも、魔法科のロッシュと向き合う騎士科の生徒たちからは、やや剣呑けんのんな空気がにじみ出していた。


「なにやらいかめしい顔をしているが……俺になにか用か?」

 ロッシュは、自分に声を掛けてきた茶髪の騎士科生徒に、そう尋ねた。


 その生徒は、百八十センチを有に超える長身と、非常に引き締まった身体つきをしており、やや不愛想な表情ながら、中々の男前だった。


「ロッシュ・ツヴァイネイト……。先日、学内に暗殺ギルドの者たちが不法侵入した事件では、その捕縛に貢献したそうだな」

「ん? ああ……」

「大した活躍だったようだが、学園の侵入者への対処については、我々騎士科警護班の管轄になっている。魔法科の生徒である君に、無闇に出しゃばってほしくはなかったな」


 ややとげのあるその口調に、思わずアイナの方がムッとなった。


「ちょっと、そんな言い方……。あの時はロッシュがいなかったら敵を逃がしていたかもしれないし、ジーク王子の命だって危なかったのよ?」

「侵入者の追跡と捕縛については、我々の力でも十分に事足りた。それに彼が間に入っても、結局王子は負傷されたではないか。ロッシュ・ツヴァイネイトの取った行動は、現場警備の指揮系統をいたずらに混乱させた、余計な行動と言わざるを得ない」


 一方的に決めつけるような物言いに、アイナの苛立ちはさらに増していった。


「ちょっとあなた、いい加減に……」

「おまけにロッシュ・ツヴァイネイトは、自身の家名を利用してジーク王子に取り入り、たびたび生徒会室で密談を交わしていたという話も聞く。事実だとすれば、特権乱用もはなはだしいのではないか?」


 それは密談じゃなくて、ただの変態同士の会合だと思うけど……と呆れたアイナだったが、口には出さなかった。


「あんたの言う通り、俺はジークと親しいが、それはあくまで、個人の友人としての付き合いだ。その立場を利用して偉ぶったり、特権乱用しているつもりは無いぞ」


 変態同士で密かに「露出の楽園」創設をくわだてていることを棚に上げて、ロッシュは答えた。


「君にそのつもりが無くとも、家柄にも魔法の才能にも恵まれた人間というのは、周りからすれば特別な存在なんだ。そんな男に、平凡な出自の人間が抱える心情や苦労など、理解できるはずもないだろうがな……」


 そう言い捨てると、茶髪の騎士科生徒は周りの仲間を連れて、校舎へと去っていった。


「いきなり絡んできて、なんだったのかしら、あの人……」

「あまり好かれていないのは確かだったな。騎士科の生徒か……。あちらは俺を認識していたが、誰なのかサッパリだ」


 まだ不機嫌そうなアイナに対して、ロッシュの物言いはあっさりしていた。

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