32.熱を帯びる首脳密談

 数週間後。ロッシュは暗殺ギルド壊滅の後処理を終えて落ち着いたジークから、王城への招待を受けていた。


「とりあえず、今回捕らえたふくろう陰套いんとう首領ギルドマスターを尋問したことで、僕の暗殺を依頼した者の正体が判明した。やはり依頼主は、ダスカコン帝国の上層部……しかも、大臣の一人だったよ」

「ほう」


 城のとある場所で語り合う二人は、服など一切着ていない、いつもの全裸姿だった。


 だがこの場においてそれは、決して不自然な姿ではなかった。


 なぜなら現在二人がいるのは、王城の浴場に設置された、サウナ室の中だったからだ。


 ゼン・ラーディスには、元々サウナ文化というものは存在していなかったが、ロッシュがジークを通して王国の腕利き職人を呼び集め、秘密裏にこの施設を造らせていたのだった。


「依頼主が分かったということは、帝国に今回の事件の責任を追及したのか?」

 ロッシュが問うと、ジークは色白で滑らかな首を横に振った。


「いや。そんなことを明言すれば帝国と我が国の関係が悪化して、最悪、戦争にも発展しかねない。最近は各地で魔物が増えて、不安定な情勢が続いているんだ。そんな時に、人間同士で争っている場合じゃないだろう?」

「しかしそれでは、お前のやられ損じゃ……」

「もちろん、外交上の牽制は行ったさ。ちょうど先日、帝国のお偉方と会談する機会があってね。その席で、僕が暗殺ギルドに命を狙われたことや、そのギルドを壊滅させて実行犯の身柄を確保したことなどを、それとなく伝えておいた」

「それは帝国も、さぞ居心地が悪かっただろうな。ちなみに他には、どんなことを話し合ったんだ?」

「以前から問題になっていた『カネディール鉱山』のクリスタル採掘権についてさ。随分長いこと揉めていたんだが、先日ついに、鉱山の正当な採掘権がローヴガルド側にあることを、帝国が認めてくれたよ。……実に不思議だがね」

「ふっ、よく言うよ」

 ジークの言葉に、ロッシュは苦笑した。


 鉱山の利権を確保するため、秘密裏にくわだてていた暗殺計画の全貌を明るみに出されては、世界各国の帝国に対する非難はまずまぬがれず、国家の信用が急落することは必至。


 高い国力を誇る帝国といえども、各地で魔物が増えている現況、それだけのリスクを負ってローヴガルドと正面から争うような真似はすまいと見越して、今回の対処を取ったのだろう。


 自分の命が狙われたことすら外交のカードとして利用してしまうとは、さすが頭脳明晰の次期国王候補。見事な政治的手腕だった。


「……しかし、今後は生徒会室で秘密の会合を行うのも難しくなるな。今回の件で、アイナのお前に対する警戒が、かなり強まってしまったからな」

「アイナ君か……。先日の魔法攻撃は、実に素晴らしい刺激だった。まあ、心配は無いよ。これからは、このサウナを会合の本拠地にすればいいさ」

「だが、あまり頻繁に城に通い詰めていると、それはそれで不審がられる。今もこうして秘密裏に裸封法衣ヌグナリオを解除しているがバレたら大目玉だ」

「大丈夫。ここは王族のプライベートな浴室だし、そう簡単にバレはしない。それに、将来僕たちの野望を実現するための『布石』も、すでに打ってあるしね」

「布石、だと?」

 ロッシュが言うのと、サウナ室の扉が開けられたのは、ほぼ同時だった。


 サウナに入ってきたのは、立派な白髭をたくわえた、一人の高貴な壮年男性だった。


 その恰好は、腰にタオルを一枚巻いただけのシンプルなものだったが、たくましい裸体からは堂々たる威厳と、カリスマ的オーラがにじみ出している。


 この人物こそ、ジークの父であるローヴガルド王国第十三代国王、ウォルスカーグ・ローヴガルドだった。


「おお、ジーク。それに、ロッシュ君もいたか」

 国王はジークとロッシュに気付くと、ダンディーなバリトンボイスで声を掛けた。


「国王陛下、ご無沙汰しております」

 ロッシュは裸のままサッと立ち上がり、最敬礼で挨拶を述べた。


「父上、本日の政務は終わったのですか?」

「ああ。ダスカコン帝国との外交もどうにかまとまり、ようやく人心地つくことができた。お前が今回の暗殺未遂事件を逆手に取って、交渉を有利に進めてくれたおかげだ」

「お褒めにあずかり、光栄です」

「……だが、あまり無茶はするなよ。お前が学園で負傷したと聞いた時は、私も肝を冷やしたんだ。将来国をべる人間として、自らの身の安全にも気を配らねばいかんぞ」

「はい。心労をお掛けして、申し訳ありませんでした」


 短いやり取りではあったが、国王がジークを本心から気にかけているのだということが、ロッシュにも伝わってきた。


「ロッシュ君。今回は君にも、大変世話になったそうだな。学園でジークの命を救ってくれたこと、私からも礼を言わせてもらうよ。本当にありがとう」

「そんな……頭を上げてください、陛下」

 腰タオル姿の陛下に頭を下げられて、全裸のロッシュは恐縮してしまった。


「暗殺ギルドの本拠地壊滅についても、君の助力が大きかったと聞いている。流石はカディル先生のお孫さんだ。先生も、さぞ鼻が高いことだろう」

「いえ、そのようなことは……」


 確かに梟の陰套を壊滅させた件については、祖父に「よくやった」と褒められたロッシュだったが、その後アイナの口から、「スカート姿でアジトを潰した挙句、そこから全裸になって、ふもとの村でテロ行為を敢行しようとしていた」ことまでばらされてしまい、結局猛烈な説教をくらって、長い間屋敷に謹慎させられる羽目となった。


 今日になってようやく謹慎が解かれたため、ロッシュはその足で王城にやって来て、サウナで全裸の解放感を味わっていたのだった。


 ……ちなみに、ジークの隠された変態性についてまでは、カディルの多大な心的負担をかんがみてか、アイナもまだ暴露してはいなかった。


「それにしても……このサウナというのは、実にいいモノだな。全身の血の巡りが良くなって、身体がとても軽くなる」

 国王はサウナ室の椅子に座って、とても満たされた様子だった。


「そう言っていただけると、職人に頼んでここを造ってもらった甲斐があります、父上」

「初めは湯にからないことに抵抗もあったが、どうも最近は、素肌をしたたる汗の感触と、裸でサウナ室から出た後の開放感が癖になってきた」

「それはなによりです、陛下。私たちはもう上がりますが、どうぞごゆっくり汗をお流しください」

 ロッシュはジークと共に一礼し、先にサウナ室を出ていった。


「ジーク、もしやさっき言っていた、『布石』というのは……」

「ああ。父上にサウナを通して裸の開放感を堪能してもらい、露出の重要性を啓蒙している最中だ。この調子で、やがては城下町にもサウナを増設して、臣下や国民にも、裸で外に飛び出す快感を浸透させていくつもりさ」

「さすが、策士だな。ふふふ……」

「全ては僕らの『露出の理想郷ヌードピア』を実現するためだ、ロッシュ。ふふふふふ……」


 二人はサウナ上がりで火照ほてったすっぽんぽん姿で、牛乳瓶を片手に笑い続けた。


 こうして、ダスカコン帝国の策謀を見事退しりぞけたローヴガルド王国だったが、その内部では二人の変態によって、ある意味もっと恐ろしい陰謀が張り巡らされていることなど、現時点では彼ら以外、誰も知る由は無かった……。

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