26.ともだちは大切にね

 その頃、ジーク暗殺に失敗したフィーリは、ローヴガルドの中心街からやや外れた場所にある古びた小屋に、身を隠していた。


 彼女自身は学園から難なく脱出を果たしていたが、その後、ロッシュの始末を頼んだ仲間たちと連絡が取れず、翌日城下町で「ヌーダストリア学園に複数の不審者が侵入したが、全員が捕らえられた」という話を耳にして、愕然とした。


 自らの所属ギルド、ふくろう陰套いんとうに依頼された暗殺任務を遂行するため、ヌーダストリア学園へ潜入入学していたフィーリは、この数ヶ月間、標的であるジークハルト・ローヴガルド王子の暗殺プランを、周到に練り続けてきた。


 王子の学園における行動範囲を完璧に把握し、依頼主のダスカコン帝国が、ローヴガルドとのクリスタル採掘権の交渉でやや優勢となった時期を見計らって、暗殺を実行する。


 ギルド本部からの指示を受け実行した生徒会室での仕込みナイフ作戦は失敗に終わったが、その後に中庭で王子を直接刺殺する機会が訪れて、暗殺はついに成功するはずだった。


 ……成功するはずだったのに。


 フィーリは、唇をギュッと噛みしめた。


 最大の誤算はあの男、ロッシュ・ツヴァイネイト。


 まさか暗殺を二度も妨害して私の正体を暴くばかりか、学園内に呼び込んだギルドメンバーまで倒してしまうとは。

 仲間たちが捕えられたことで、きっとギルドの正体も、ローヴガルドの連中に露見してしまっていることだろう。

 なんという失態だろうか!


 長い時間をかけて準備してきた暗殺プランを台無しにされて、フィーリは忸怩じくじたる思いを抱かずにいられなかった。


 フィーリ・サクリードは幼い頃、住んでいた村を戦争で失い、たった一人生き残った孤児だった。

 そして荒野を一人さまよい、野垂のたれ死ぬ寸前だった所を暗殺ギルドに拾われて、暗殺者として利用されることとなった。


 過酷な訓練を幾年も繰り返し、暗殺に関する知識と技術を徹底的に叩き込まれた彼女は、それからただひたすら、ギルドの傀儡かいらいとして生きてきた。


 私にはもう、この道しか残されていない。

 今回の暗殺任務も、必ず成功させなければならない。

 そうでないと、私は……


 そこでフィーリの脳裏にふと、一人の少女の面影が浮かんできた。

 自分のことを「フィーちゃん」と呼び、いつも明るく接してくる同級生、ココロ・フィジョース。


 任務のため、擬態でヌーダストリア学園に入学したフィーリに、最初に声を掛けてきた同級生が彼女だった。


「よかったら、私とお友達になってよ‼」


 教室の隅に一人で座っていたフィーリに、満面の笑顔で話しかけてきたココロのことを、初めは変な子だと思った。


 しかし、彼女と過ごしてきたこれまでの学園生活は、決して不快なものではなかった。


「フィーちゃん! いっしょに帰ろ‼」

「フィーちゃ~ん! この課題の調べ物、手伝って~!」

「フィーちゃん、来週の生徒会の準備なんだけどさー」

「フィーちゃん……この本は素晴らしいよ、芸術だよ。雄々しくそそり立つ『攻め役』おじさんの棍棒を眼前に差し出された『受け役』美少年の欲しがりな心理描写が、たまらないんだよ~‼ ぐふふふ~‼」


 ……付き合いが深くなるにつれ、ココロの特殊な趣味嗜好についても知ることとなり、「やっぱり変な子だった……」とドン引きもしたが、幼少の頃から暗殺の世界で生きてきたフィーリにとって、ココロはなんの打算も無しに自然体で付き合うことができる、初めての友人だった。


 さらに、入学後しばらくして、暗殺のターゲットであるジーク王子から直々に「生徒会役員にならないか」と誘われた時は、最大のチャンスだと思った。


 だが役員となり、生徒会での日々を過ごすにつれて、フィーリが暗殺を遂行することに若干の躊躇ためらいを覚え始めていたことも、また事実だった。


 親友を裏切り、共に活動してきた生徒会長を殺す。


 暗殺の準備を進めている間も、フィーリの胸中にはわずかな違和感が、おりのように積もっていった。


 ……でも、それでも、ギルドの命令を裏切ることは、決して許されない。


 もしここで任務を投げ出したりすれば、掟を破った自分の命だけでなく、友人のココロにも危害が及ぶ可能性がある。


 ……やるしかない。

 私が、やるしかないんだ。


 自らにそう言い聞かせて、フィーリはジークの暗殺任務を続けることを選んだ。


「今は城にこもっているが、王子の性格からして、また学園に姿を現すようになるはず。そこを狙うことができれば……」


 生徒会に入ってから、隙を見てジークが愛用しているペンに仕込んだ「追跡魔法術式」によって、学園内での彼の動きは、すぐに把握することができる。


 前回の作戦は失敗に終わったが、今度こそ確実に、息の根を止めてみせる。


 フィーリは決意と共に、愛用のアサシンナイフを握りしめた。

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