27.ぶつけてほしい、あなたの本音

 数日後、在学中に作った秘密の侵入路からヌーダストリア学園に忍び込んだフィーリは、追跡魔法の反応を頼りに、とある教室の窓辺までやって来ていた。


「王子の反応があるのは、ここか……。暗殺未遂の影響で学園の外は警備が強化されていたけど、中の警備は大して変わっていないようね……」


 呟いたフィーリが慎重に窓外から教室の様子をうかがうと、中ではジーク王子が一人、椅子にゆったりと腰掛けていた。


「……教室内に、王子一人? まさか、外の警備だけで満足したっていうこと?」


 しかも窓に手をやると、なんと鍵が掛かっていなかった。


 肩透かしを食った気分になりながらも、音を立てず窓を数センチ開いたフィーリは、手元にナイフを数本握り、それらを凄まじい速度で室内に投擲とうてきした。


 投げ込まれたナイフは全てあやまたず、ドスドスッと鈍い音を立てて、ジークの背中に突き刺さった。


「……よし!」

 ナイフを背に受け、床に倒れ込んだジークの姿を視認し、フィーリは小さく声を上げた。


 そしてその死に顔を確かめるため、窓からそっと室内に入り、床に崩れ落ちたジークに近づいて、その肩に手を伸ばした。


「……これはっ⁉」


 そこで、フィーリは目を見開いた。


 肩を掴み、仰向あおむけに返した、ジーク王子の冷たい身体。


 死体だと思ったそれは、ジークと同じ金髪のカツラをかぶせて服を着せた、木製のマネキン人形だった。


「ニセモノ⁉ なぜこんなハリボテが……」


「やはり来たか」

「‼」


 声に視線を転じると、そこには魔法科首席のロッシュ・ツヴァイネイトと、今しがた命を奪ったと思い込んでいたジークハルト・ローヴガルド王子が立っていた。


「ロッシュ・ツヴァイネイト⁉ それに……ジーク王子‼」


「キミがジークの持ち物に追跡魔法を仕込んでいたのは、とっくにお見通しだ。だが、キミに用があったから、ここにおびき寄せるため、それを利用させてもらった」

「私に用……だと?」

「ああ。ジークがキミと、直接話がしたいそうだ」


 ロッシュが言うと、ジークが歩み出てきて、フィーリと視線を合わせた。


「フィーリ君。キミとは生徒会で数ヶ月を共にしてきた仲だが、僕にはどうしても、キミが根っからの悪人だとは思えない。暗殺ギルドに所属していることは驚いたが……それにもなにか、事情があるんじゃないのか?」

「……事情など無い。私はふくろう陰套いんとうの一員として、与えられた任務を果たすだけだ。あなたを抹殺し、その後でこの国を去る」


 フィーリは冷たく言い放つと、手にアサシンナイフを構えた。


「……ココロ君には、なんと説明するつもりだい?」

「‼ そ、それは……」


 たった一人の友人の名を不意打ちで出されて、フィーリは明らかな動揺を示した。


「君たち二人が親睦を深めている姿を、僕は生徒会や学園内で、ずっと見てきた。あれも全て、キミにとってはただの演技だったというのか?」

「……黙れ! 暗殺者である私には、ギルドの意志こそが全てだ‼ この学園に入ったのも、次代の国王候補である貴様を抹殺するため‼ 私はここでの生活に、未練など欠片も無い‼」


 激昂したフィーリの反応を受けて、ジークは深く息を吐いた。


「……やはり、キミのその言葉が本心だとは、とても思えないな」


 それだけ言うと、ジークは無傷の左腕で自らのシャツのボタンを、器用に外していった。

 そして、そこから続けざまに、身に着けていた全ての衣類を、一気に脱ぎ去ってしまった。


「なっ⁉ なにをしているっ⁉」


 突如、真っ裸+右腕に包帯という奇怪な姿に変身を遂げたジークに、フィーリは驚愕した。


「王族とはいえ、僕は一人ではなにも成し遂げることのできない、ちっぽけな人間だ。『ローヴガルドの王子』、『ヌーダストリア学園の生徒会長』などといった立場を脱ぎ捨てたありのままの姿で、ただ一人の『ジークハルト』という人間として、キミと語り合いたいと思ったんだ」

「だ、だからって、なんで服まで脱ぐ必要がある⁉」


 フィーリは視線を右往左往させ、盛大に顔を赤くしていた。

 対するジークは動じる素振そぶりも無く、裸姿で悠々と屹立きつりつしていた。


「人は皆、社会において『身分』や『立場』という化粧をまとった、道化のようなものだ。今のジークの姿は、そういった雑多な概念を捨てて真情しんじょうから他人と向き合うための、最適解と言えるだろう」

「なんで貴様も脱いでいるんだっ⁉」


 どさくさに紛れて一緒に全裸になって語るロッシュに、フィーリがツッコんだ。

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