28.愛と平和を語る、正義の使者

「さあ、フィーリ君。キミの真なる想いを、僕に話してほしい……」

 全裸のジークが整然たる歩調で、フィーリに歩み寄っていった。


「や、やめろ……。来るなっ‼ 近づくなっ‼」

 頬を紅潮させたフィーリは、年相応な少女の声でわめいた。


 その慌てふためく様が、ジークとロッシュの脳髄に、スウィートな刺激を与えていた。


「さあ、語り合おう……」

「ひっ……!」


 ジークの目に宿る光には言い知れぬ迫力があり、フィーリはなぜか、彼の目から視線を外すことができなかった。


 もっとも視線を外すと、見たくもないモノが視界に入ってしまうため、ある意味それは当然の反応だった。


「く、来るな! 来るなーーーーーっ‼」


 混乱が最高潮に達したフィーリは、絶叫と共に手元のアサシンナイフを、ジークに向かって投げつけた。


 が、ジークはそれを、事もなげに片手の指二本で受け止めてしまった。


「……なっ⁉」


「やれやれ、まだこんな物に頼って……。裸の心に、武器など不要だろう?」

 ナイフを受け止めたジークが、玲瓏れいろうな声で言った。


「全くだ。皆がありのままの姿をさらし合えば、争いなど生まれるはずも無い。これこそが、ラブ・アンド・ピ~スの精神だ(注:ここでの『ピ~』は、伏せ字を表す)」


 ロッシュはジークがナイフを受け止めると確信していたのか、少しも狼狽うろたえたりせず、我が身をクネクネとよじらせていた。


 そして裸の男二人はズンズンと、武器を無くした暗殺少女に向かっていった。


「だから、こっちに来るなっ‼ ……こ、来ないで! 来ないでーーーっ‼」

 謎の迫力と圧力を有する男たちに、フィーリは真っ赤な顔で訴えた。


 これまで体験したことのない未知の恐怖を前に、その目にはうっすらと、涙すら浮かんでいた。


 先日、生徒会室で下半身を露出した二人の姿を見た時は、一瞬だったためなにかの勘違いだと思っていたが、今は違う。


 フィーリの両目には、つやめかしい裸体で堂々行進するロッシュとジークの姿が、ばっちりくっきりはっきりと映っていた。


「いやあああーーーーーーっ‼」


 限界を超えた羞恥に、フィーリは甲高い悲鳴を発した。

 そしてその反応は、変態二人に最高の興奮と愉悦をもたらしていた。


「恥ずかしがることはないよ、フィーリ君。人は皆、この世に生まれ落ちた瞬間から、誰もが露出の申し子なんだ」

「ジークの言うとおりだ。さあ、目をそむけずに、もっとこっちを見るんだ。その勇気が、暗殺なんかよりもっと大切な、まごころの覚醒めざめへと繋がっていくのだから……」


「……やめなさい、この変態共っ‼」

 その声に続き、ロッシュたちの後頭部に強烈な打撃が浴びせられた。


 あまりの威力で地面につんのめったロッシュが首を向けると、憤然とした様子のアイナが、ロッドを手に息を荒くしていた。


「アイナ……いきなりなにをするんだ」

「『暗殺者を学内におびき寄せる』って言うから心配してたのに、なんでまた裸になってるの‼ しかも、ジーク王子まで‼」

「アイナ君。これには、深い理由があってだね……」

「裸で近寄って来ないでください、王子‼ 途中から聞いてたけど、深くもなんともない変態欲求を満たしてただけでしょっ‼」


 ロッシュだけでなく、ジークまでもが変態だったというまさかの事実を知ってしまい、アイナは悪夢を見ているような心地だった。


「うっ、うっ、ぐすっ……」

 一方、全裸のロッシュたちにずいずいと詰め寄られていたフィーリは、無垢むくな子供のように泣きじゃくっていた。


「だ、大丈夫……?」

 フィーリが暗殺者であることをロッシュから秘密裏に聞いていたアイナだったが、そのあまりのおびえぶりに、自然と気遣いの声を掛けていた。


 そして全裸の男二人は、そのフィーリの姿を、じっくり満足気に見つめていた。


「クール系女子に、雄々しき生命の躍動をお披露目することができたか。大戦果だな」

「ああ。これこそが、露出のよろこびだね……」

「わけ分からないこと言って充足感にひたらないで‼ そこの露出狂×2‼」

 もはや自国の王子に対する敬意を完全に喪失したアイナが、罵声を浴びせた。


「うっ、ぐすっ……。もういい、殺せ……。どうせ、この後私に乱暴するつもりなんだろう? ココロが持っていた同人誌みたいに……」

「いやいや、あなたもなに言ってるの……」

 未だ混乱気味なフィーリの突飛な発言に、アイナは呆れて答えた。


「私は、任務に失敗した……。このままギルドに戻っても、掟に従い罰せられ、処分されるだけだ。もう私に、生きている価値など無い。ならいっそ、ここで死んでしまった方が……」


「悲しいことを言わないでくれ。僕はキミを殺すつもりなど無いし、官憲かんけんに突き出すつもりも無いよ」

「ちょっ、王子⁉ この子、あなたの命を狙っていたんですよ⁉」

 ジークの言葉に、アイナは声を上ずらせた。


「確かに僕は、彼女に命を狙われた。……だが、彼女は暗殺者であると同時に、このヌーダストリア学園の生徒でもある。生徒会長としては、我が校の生徒に無用な処罰など与えたくないんだ」

「無用な処罰って……」


 自分が殺されかけたというのに、それに対する罰を「無用」と言い切るジークの態度は、アイナにとって信じがたいものだった。


「無論、彼女が僕を殺すためのカモフラージュとして学園に通っていただけなら、一切同情はしない。だが僕には、フィーリ君がヌーダストリア学園での生活を嫌々過ごしていたとは、どうしても思えないんだ。今の暮らしを捨て去って元の暗殺者に戻ることに、どこか未練を感じているんじゃないかと、そう思ったんだ」

「…………」


 全裸を直視しないよう、涙に濡れた顔を伏せるフィーリだったが、ジークの言葉を否定することは無く、沈黙を保っていた。


「フィーリ君、暗殺ギルドの『掟』と言ったね。そんな物に我が校の生徒の生殺与奪せいさつよだつが握られているなど、許しがたいことだ。生徒会長として、看過することはできないな」


「なっ、なにをする気だ? まさか……」

 全裸のジークの言葉に、フィーリは息を呑んだ。


ふくろう陰套いんとうがキミの学園生活を脅かすというのなら……こちらから、その障壁を取り除くまでだ」

「その通り。着たくもない服と同じで、わずらわしい事物は、徹底的に排除するに限る」


 もう一人の全裸男ロッシュが、ジークに同意してうなずいた。


「……と言っても僕は、対人戦闘に関しては素人同然の身。実務の方は頼めるかい、ロッシュ?」

 ジークが言うと、露出を愛する大魔法使いの孫は、昂然と胸を張って笑った。


「ああ。その依頼、つつしんで拝受しよう」


 そして裸の男二人は、互いの手をガッシリと握り合った。


「一体なんなの、この光景は……」

 アイナとフィーリは、全裸の二人の股間を極力視界に入れないようにしながら、ただ唖然としていた。

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