29.招かれざる客

「ジークハルト王子の暗殺に失敗しただと⁉」



 ローヴガルドから遠く離れた山岳地帯にある石造りの砦、暗殺ギルドふくろう陰套いんとうの本拠地で、報告を受けた男が荒々しく怒鳴った。


 熊のようにいかつい巨躯きょくと、獰猛な迫力を有するこの男が、梟の陰套の首領ギルドマスターだった。


「は、申し訳ありません……」

 伝令役の工作員は、野生の獣にも似た首領の眼力と威圧感に、ただ恐縮するばかりだった。


「ローヴガルドの暗殺任務は、『氷女アイスレディ』に任せていたはず。奴がしくじったということか?」

 フィーリのコードネームを告げた首領が、ギラリと部下をめつけた。


「そ、そのようです。暗殺支援のために差し向けていたメンバーは全員捕縛され、氷女本人とも連絡が取れません。おそらくは、彼女も……」

「なんたるザマか! 我がギルドの名に、泥を塗りおって!」


 声を荒げながら、「もし氷女がおめおめ逃げ帰ってきたら、ワシのゆるふわメイド服コレクションを童顔のヤツに着せて、スペシャルなおしおきメニューを与えてくれる‼」と、やや特殊なロリメイド性癖を持つ首領が考えていたその時、別の部下が慌てて入室してきた。


「ボス、大変です‼」

「なんだ、どうした?」


 自らのロリ妄想を中断させられた首領が不機嫌そうに言うと、入室してきた部下は、喉がひっくり返らんばかりの声量で叫んだ。


「敵襲‼ 敵襲です‼ 外部から、何者かがアジトに侵入しました‼」

「なんだと⁉ この場所がバレたというのか⁉ 数は何人だ‼」

「分かりません! ただ、アジトのあちこちで、ギルドメンバーが次々とやられています! 『侵入者は、学生のような格好をしていた』と呟いた被害者もいるようですが……」

「……学生だと? まさか、ジークハルト王子の通う学園と、なにか関係が?」


 そこで、首領の部屋の外から、「ぬぎゃああああ!」という悲鳴が響いてきた。


「むっ⁉ 今の声は……」

「まさか、侵入者がもうここまで⁉」

「お前、ちょっと行って確認してこい!」

「ええっ⁉ は、はい……」


 首領の命令に逆らえない憐れな部下は、やや躊躇ためらいながらも部屋を出ていった。


「侵入者……学生ということは、どこかの騎士見習いか? となると、やはり考えられるのはローヴガルド王国の手の者だが……」


「ぴぎえええええええええええええっ‼」

「⁉」


 続いて聞こえてきたのは、今ほど部屋を出ていったばかりの部下の奇声だった。


 そしてそれから間もなく、首領の部屋のドアがギイイイッと、鈍い音を立てて開き始めた。


 その音に、滅多なことでは動じない首領も、ビクリと肩を揺らした。


 だが、半分ほど開かれたドアの奥から現れたのは、謎の侵入者……ではなく、奇声を発していた部下だった。

 短時間でボロボロの姿に変わり果てた部下が、ズルズルと床をって戻ってきたのだった。


「ボ、ボス……」

「どうした⁉ 侵入者は、何者だったんだ‼」

「ヤバい……あいつは、ガチでヤバいです……よ……」


 それだけ言い残すと、部下はそのまま、バタリと気絶してしまった。


「なんだ……。一体、なにが起こっているんだ……?」


 首領が当惑していると、半開きになった部屋のドアが、さらにギギギと開かれた。


 そして、入り口で倒れた部下の身体をまたぐようにして、一人の人物が入室してきた。


「ここが、ボスの部屋か」

「なっ……⁉」


 首領は、現れた侵入者を見て絶句した。


 部屋に入ってきたのは、やや癖毛っぽいシャープな黒髪と、端正な顔立ちをした長身の青年……ロッシュ・ツヴァイネイトだった。


 いつもならこういう場面で息をするように脱衣している彼だったが、今回は珍しく、キチンと服を身に着けていた。


 ……身に着ていたのだが、それは、いつもの裸封法衣ヌグナリオではなかった。


 白地のシャツと、その上には紺青色の学園指定ブレザー。


 ……そして下半身には、黒白チェック柄の、膝上丈のプリーツスカート。


 首元に下げているのもネクタイではなく、ストライプが入った薄紫の大きなリボンタイ。


 そう。彼は、ヌーダストリア学園の「女子生徒」用の制服を着用していたのだった。


「貴様が梟の陰套の首領か。ようやく会うことができたな」

「へ、変態だああああああああああっ‼」


 若さの象徴であるミニスカート姿でキリッと告げたロッシュに、首領が叫んだ。

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