23.変態の洞察力を甘く見てはいけない

 おそらく奴は、ジークを守る要員が密かに庭園に配備されているか確かめるため、あの変人二人組を差し向けたのだろう。


 ただ囮として飛び出すだけでなく、「破魔の印ブレイク・ルーン」付きの凶器まで持っていたため、一瞬あの二人が主犯なのかと疑い、元々「ある人物」を警戒していたロッシュも、思考を惑わされてしまった。


 しかもジークに斬りかかった仮面の人物は、ロッシュの機転で作戦が失敗したと判断するや、その場でのジーク暗殺にこだわらず、即行で離脱を図った。

 明らかに素人ではない、プロの暗殺者の動きだった。


 現にロッシュに追いかけられている今も、犯人は慌てる素振りも見せず、俊足で走り続けている。


「待て‼」

 ロッシュは叫んだが、それで動きが止まるはずも無く、やがてロッシュに背を向けて走る犯人の手元から、小さな光が放たれた。


「‼」

 敵の手から投げられた複数の小型ナイフを、瞬時に払いのけるロッシュ。


 ロッシュの風魔法をぶつけられたダメージもあるだろうに、こちらを見向きもせず的確に武器を放ってくる技量は、やはり只者ではない。


 だがロッシュも、闇雲に仮面の人物を追っているわけではなかった。

 全速力で追いかけプレッシャーをかけつつ、分かれ道などの随所で追撃の魔法を放ち、犯人が逃走するルートを限定。


 加えて相手にも、暗殺が失敗したことで多少の動揺があったのだろう。


 やがてロッシュの狙い通り、校舎隅の高いへいに囲まれた袋小路に、犯人を追い詰めることに成功していた。


「……さて、追い詰めたぞ」

 ロッシュがやや息を荒くしながら、仮面の暗殺者の前に立ちふさがった。


「…………」

 一方の暗殺者は一言も発さず、その場に佇立していた。


 全身黒ずくめの装束に、奇妙な模様が描かれた土色の仮面を装着しているが、身長はロッシュよりずっと小柄である。


「なぜ、こんなことをしたのか……理由は話してもらえるかな、フィーリ・サクリード?」


 ロッシュが言うと、そこで初めて、暗殺者が驚いたような仕草を見せた。


「こうして近くに立ってみて確信した。やはり、キミだったか」


「……どうして分かった?」

 そう言って、暗殺者は自らの仮面を外した。


 その下に現れたのは、ロッシュの言葉通り、生徒会書記の女生徒、フィーリ・サクリードの顔だった。


「キミの動作には普段から、特殊な訓練を積んだ者特有の、音を極力殺して動く癖が見受けられる。昨日の帰り、キミがココロと馬車まで歩く姿を見て、それに気付いたんだ。普通の女子が他人に肩を貸しながらあんな静かな歩調で歩くのは、妙だと思ってね」


 それは、普通の人間では気付くはずも無いわずかな癖だったが、前世で露出のターゲットに気配を悟られぬよう注意を払い、警察の追跡からも逃れ続けてきたロッシュだからこそ、見抜くことができたものだった。


「まさかそれだけで、正体を見破られるとはね」

 黒ずくめのフィーリが、いつもと変わらぬ淡々とした声で言った。


「それだけじゃない。昨日、生徒会室でアサシンナイフが飛んできた後にも、キミが怪しいんじゃないかとは思っていた」

「……なんですって?」

 フィーリが、胡乱気うろんげに眉根を寄せた。


「俺が生徒会室の窓に結界を張り、安全を確保した直後……キミは真っ先にデスクに駆け寄って、机上に刺さったナイフを抜き取っていたな? あれは、ナイフに付与していた『遠隔操作の魔法術式』を消去するためだったんだろう?」

「…………」

「あのナイフは、誰かの手で外から投げ込まれた物じゃない。窓外の死角にあらかじめ仕掛けてあったナイフを、遠隔操作の簡易魔法で操っていたんだ。キミは素早く証拠隠滅を図ったようだが、後でナイフを持ち帰って調べてみたら、かすかに魔力の残渣が検出されたよ」


「……さすがね。魔法科首席の洞察力を甘く見ていたわ。そもそも昨日、生徒会室でナイフを回避されたこと自体、計算外だったんだけど……」

 フィーリはそう言って、自身が犯人であることをあっさり認めた。


「俺も、今日はキミが庭園に現れるのを警戒していたんだが、まさかあんな囮を使ってくるとは思わなかった。まんまとやられたよ」

 ロッシュはやれやれと言うように、軽く肩をすくめた。


「その恰好からすると……やはりキミの正体は、何者かに雇われた『暗殺ギルド』の一員、というところかな?」

「それに答える義務は無い」


 冷徹な口調で言ったフィーリが指を鳴らすと、校舎の物陰からザザザッと、複数の影がおどり出てきた。


 出てきたのは、フィーリと同じ黒装束を着た男たちで、あっという間に十人ほどが、ロッシュの周りを取り囲んでいた。


「……なるほど。キミが事前にスパイとして潜り込んでいれば、学園内への仲間たちの誘導も容易たやすい、というわけか……」

「そういうこと。暗殺が失敗した時のために控えさせていたけど、好都合ね。もう庭園の守りは固められてしまったけど、ここであなたを始末しておけば、いずれまた、王子暗殺のチャンスは訪れるでしょうし」

「我が校の警備体制も、まだまだ改善の余地があるな。これだから俺の露出の際も、いいように付け込まれてしまうんだ」


 ロッシュは冗談めかしたように、フッと息を吐いた。


「なにを言っているのか分からないが……ロッシュ・ツヴァイネイト。あなたにはここで、死んでもらう」


 フィーリの声は絶対零度の冷たさを帯びていたが、ロッシュはそれを気にもせず、どこか呑気そうに考えを巡らせていた。


「黒ずくめの暗殺ギルド、か……。心当たりはいくつかあるが、大方キミたちは、他国に金で雇われているんだろう? 依頼元は、やはりダスカコン帝国か?」


「……それも、あなたには関係の無いこと。やって」


 フィーリが告げると、仲間の暗殺者たちが、ダガーや爪付き手甲しゅこうなどの武器をザッと構えた。

 そしてフィーリは一人、背後の塀に向けて、フックの付いたロープを投擲とうてきした。


「フィーリ、待て!」


 ロッシュは叫んだが、その呼びかけに応えること無く、フィーリは素早くロープを伝って、塀の向こうへと姿を消してしまった。


 歯噛みしたロッシュの眼前に、武器を持った暗殺者たちが一斉に襲いかかってきた。

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