24.ナポリ……いや、ポロリを見てから死ね

「むっ!」

 四方から襲い来る敵の刃を、次から次へとかわしていくロッシュ。


「……悪いが敵となると、人間相手でも手加減はできないぞ?」


 そう呟くロッシュだったが、間髪入れずに降り注ぐ暗殺者たちの連続攻撃が、徐々にその身体を斬りつけ始めていた。


「フハハ、なんだ貴様! 偉そうなことを言って、攻撃を避けきれていないではないか!」

 暗殺者の一人が、斬撃をくらうロッシュを嘲笑あざわらった。


「どこの暗殺ギルドかは知らないが、見事な武器さばきだ」

「なにを余裕ぶっている! 恐怖のあまり、気でも狂ったか!」

「いいや、俺は正常だ。むしろ今は、お前たちに感謝したいくらいさ」

「……なんだと?」


 ロッシュは全身の至る所を刃で斬りつけられて、ズタボロの姿に成り果てていた。


 ……が、よく見れば、ロッシュの肉体には全く傷が付いておらず、ズタズタにされていたのは、だった。


「俺の裸封法衣ヌグナリオは、ちょっとやそっとの攻撃では傷も付けられない作りになっているが……お前たちの武器も、破魔の印ブレイク・ルーン付きか。さすがにいい武器を使っているな。これだけ切れ目を入れてくれれば、術式を解除する手間も省ける。……ふんっ‼」


 ロッシュが気合を込めると、無数の斬り傷にまみれた制服の各所が、グッパオンと快音を響かせてはじけ飛んだ。


 そして、布切れの断片が舞い散る中、あちこち穴だらけになった服から素肌を覗かせたロッシュが、堂々たるポーズを取っていた。


 もはや布より穴の割合の方が多くなってしまったその服は、前衛的過ぎるイタリアン・ギャングのファッションのようで、特にズボンのファスナー付近に開いた大穴からは、見えてはいけないモノが遠慮なくボンジョルノこんにちはしていた。


「な、ななな⁉ なにをしている、貴様⁉」

 突然の光景に、ロッシュに斬りかかっていた暗殺者たちは驚愕した。


「お前たちが破魔の印付きの攻撃を加えてくれたお陰で、裸封法衣の術式効果が弱まったのさ。だがそれでも、全てを破り去ることはできなかったか。本当にじいさんの魔法の頑固っぷりときたら、本人の性格そのままだな……」


 素肌をあちこちの穴から大公開させたロッシュが、参ったと言わんばかりに苦笑した。


「……あちこち丸見えになって、笑っているぞ?」

「一体なにを考えているんだ、こいつは……」

「なにかヤバい薬でもキメているのか?」


 暗殺者たちは、ほとんど裸のような服装で嬉々としているロッシュに、動揺を隠せなかった。


「惑わされるな‼ 無防備な格好になったのなら、むしろ仕留めるチャンスだ‼ 早く始末するぞ‼」


 リーダーと思しき一人が指示を出すと、我を取り戻した暗殺者たちは、再び武器を構えてロッシュに飛びかかった。


「やはり、外気に肌をさらすのは素晴らしいことだ。解放感で、力がどんどん満ちあふれてくる……」

 そう呟いたロッシュの全身から、濃厚な魔力の気配が漂ってきた。


「こ、この魔力は⁉」

 暗殺者たちはそれを感知して瞠目どうもくしたが、すでにもう、勝負は決まっていた。


カーゼデ風の精よイニーキ自由のレオノ旗の下カースト愛のままにメテクーレ我儘にラピラーピ吹き荒れよ…………ゆけ‼ 『ヌーディスト・ヘルストーム』‼」


 詠唱と共に、ロッシュの全身から、猛烈な風の乱流が放たれる。


 巨大な竜巻のように荒れ狂う突風は、襲いかかってきた暗殺者たちをいっぺんに包み込み、その風圧で全員を、十数メートル近い高さまで一気に押し上げた。


「「「「ぬぐわああああああああああぁああああああああああっ⁉⁉⁉」」」」


 乱流に飲まれた暗殺者たちは、吹き荒れる暴風の衝撃を何十発、何百発と浴びまくり、無重力の浮遊状態で、容赦ないタコ殴りの刑に処されていった。


 やがて風が止むと、その一方的暴力から解放された男たちは、ボロ雑巾のような姿で一人二人三人と地面に落下し、ガクリと力尽きていった。


「くっ……。こ、こんな馬鹿な……」

 地面にいつくばった暗殺者の一人が、か細い声でうめいた。


「ジーク暗殺のために周到な準備をしていたようだが、リサーチが足りなかったな。俺を倒すには、貴様ら程度では力不足だ」


 ロッシュは倒れ伏した暗殺者の元に、穴だらけの服からポロリした裸体を激しく揺らして近づいていった。


「ひっ……!」

 その面妖めんような姿に、顔を青ざめさせる暗殺者。


「お前たちの正体と目的……聞きたいことは、山ほどあるんだ。これからたっぷりじっくりねっとりと、全員に尋問をさせてもらうぞ」


「なんなんだ……一体なんなんだ、お前はあああぁああっ⁉」

 得体の知れない公開ポロリ男に叫ぶ暗殺者の顔は、激しい恐怖に歪んでいた。


「俺はこの学園の生徒、ロッシュ・ツヴァイネイトだ。怪しい奴らめ。学園の平和をおびやかす愚か者は、ただでは済まさんぞ。ぶるるんぶるるん」

「怪しいのは、どう見てもお前だああっ‼ ち、近寄るなあああああっ‼」

「『近寄るな』と言われると、かえって接近したくなってしまうのが、露出狂のさがというものだ……」

「ひいいいいいいいいいいいいいいいっ‼」


 下半身を揺らすリズムを強め、ずいずいずいと接近して来る変態への恐怖が極限に達した暗殺者の叫喚が、むなしく散っていった。



■□■□■□



 数分後、ロッシュたちがいた校舎隅に、アイナが駆けつけてきた。


「ロッシュ、ここにいるの⁉」

「おお、アイナ。ジークは大丈夫だったか?」

「手当ては無事済んだわ! ……って、キャアア‼ なんて恰好してるの⁉ 警備の人たちもすぐ来るから、早くこれ着なさい‼」


 アイナは自身が制服の上に羽織っていたローブを、素早くボンジョルノフォームのロッシュにおおかぶせた。


「まったく……校舎の裏で変な叫びが聞こえたっていうから、急いで来てみれば……」

「ううむ……。アイナのぬくもりが残るローブは、やはりいいものだな。まるで裸の我が身を、直接アイナに抱きしめられているようだ……」

「ローブの感触を吟味するなっ‼ やっぱり脱いで‼」

「ほう、脱いでもいいのか? 本当にいいのか? いいのかなぁ?」

「嬉しそうにニヤニヤしないでっ‼ ……って、ちょっと、なにこの人たち⁉」

 りない変態を叱責するアイナは、そこで初めて、周りに倒れた暗殺者たちの存在に気付いた。


「さっきの犯人にここまで誘い込まれて、こいつらに襲われたんだ。どうにか返り討ちにして尋問を試みたんだが……詳しい情報を得る前に、全員失神してしまってな」


 無念そうに言うロッシュの足元では、全身を痙攣させた暗殺者が、口元に泡を垂らしながら「うあぁ、悪魔の、悪魔の剣が……」と、謎の言葉を漏らしていた。


 その後、アイナに続きやって来た学園の警備兵たちによって、ロッシュが倒した暗殺者は全員捕らえられ、犯罪者用の牢獄へと移送されていった。


 命を狙われたジークもアイナの手当てで無事回復し、王子暗殺という最悪の事態は、どうにか回避することができた。


 だが、ただ一人逃亡したフィーリ・サクリードを捕らえることはできず、彼女は学園から脱出した後、いずこかへ姿をくらませてしまったのだった。

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