22.縄は常に持ち歩いております

「おらああああああ……ぶごっふおぉん⁉」

「にいちゃあん⁉ ……ぼふげええっ‼」


 だが、男たちの刃がジークに届くことはなかった。


 茂みから颯爽と飛び出したロッシュが魔法を詠唱し、突っ込んできた不審者たちを、ボカンと吹き飛ばしたのだった。


 そして、ロッシュは地面に転がり落ちた不審者たちに素早く駆け寄ると、どこからか丈夫な縄を取り出して、器用にその身を拘束していった。


「な、なにをするだあ、お前ええ⁉」

「にいちゃあん‼ ダガーがポロリしちゃったよぉ‼ おうぃらの手からポロリしちゃったよぉお‼」

「やれやれ、やかましい連中だ」


 言い捨てたロッシュが再び魔法を詠唱すると、男たちの身体がフワッと空中に浮き上がり、そこから顔面を下方に向けて、真っ逆さまに落下していった。


「んおおおっ⁉ なんじゃあああああぎゃぽおっ‼」

「助けてえぇ‼ もんぎゃりいいいいぐぶべえっ‼」


 不運な兄弟ブラザースは奇々怪々な叫びと共に、頭から地面に叩きつけられて、白目を剥いて気絶してしまった。


「おお、ロッシュが不審者をやっつけたぞ!」

「さすがロッシュ君‼ 凄いわー‼」


 ロッシュの手早い対処を目の当たりにした生徒たちは、感嘆の声を漏らした。


「すまないロッシュ、助かったよ」

 難を逃れたジークは、気絶した不審者たちと距離を取りつつ、ロッシュに礼を告げた。


「ああ。予想していた襲撃と違ったから、驚いたが……。一体何者だ、こいつらは? まさかご丁寧に、破魔の印ブレイク・ルーン付きの凶器まで用意していたとは……」


 魔法効果を打ち消す破魔の印を刻んだ武器は、希少なため一般の武器屋には滅多に出回らず、そこらのゴロツキが手に入れることは難しい代物だった。


 しかも、変態二人が持っていたダガーの印はかなり強力で、自身のかけた防御魔法も破りかねないと判断したため、ロッシュは迅速に茂みを飛び出したのだった。


「なにはともあれ、キミのおかげでスムーズに犯人を捕まえることができたよ」


 そう、スムーズだ。

 あまりにも、スムーズすぎる。

 

 何者かは知らないが、この男たちがジークを狙ってきたのは明らか。

 だが変装もせず、大声で騒ぎながら姿を現すなど、自分から警戒してくれと言っているようなものだ。

 厳重な警備をくぐって学園に侵入し、防御魔法を無効化する凶器まで用意していた犯人にしては、その後の行動が無謀すぎる。


 つまりこいつらは、俺たちの注意を引き付けるための……!


 不吉な予感が閃いた瞬間、ロッシュはジークの背後に集まった生徒たちの合間を縫って急接近してくる、黒装束の影を捉えていた。


「ジーク‼」

「‼」


 ロッシュの声を受けてジークは振り返ったが、その時にはもう、仮面を被った黒装束の人物が、鋭利なナイフをジーク目がけて振り下ろそうとしていた。


 そしてその刃には、先ほどの凶器と同様、微光を発する破魔の印が刻み込まれていた。


「くっ‼」


 間に合わない。

 そう悟ったロッシュは、即座に自らのてのひらを突き出した。


「きゃあああああああああああっ‼」


 やがて、女生徒たちの悲痛な叫びが、庭園にこだました。


 騒ぎの中心では、生徒会長のジークが地面にひざまずき、苦悶くもんの表情を浮かべていた。

 その右腕には、ナイフで斬られた傷が深々と刻まれており、そこから真っ赤な血がしたたり落ちていた。


 そしてジークを斬りつけてきた黒装束の人物は、なぜか自身の脇腹辺りを押さえながら、素早く人込みを離れて逃走へと移っていた。


「ジーク王子‼」

 血相を変えたアイナが、急いでジークに駆け寄った。


「大丈夫、急所は外れている……。ロッシュの魔法のおかげだな」

「ロッシュの魔法?」

 顔を青くしながらも毅然と告げたジークの言葉に、アイナは目を見張った。


 ロッシュは、ジークがナイフを回避するのが間に合わないと判断した刹那、簡易な風魔法を超速で唱えて犯人にぶつけ、その身体の位置を強引にずらしていた。


 おかげで、ジークの心臓目がけて突き立てられようとしていたナイフは腕にれて、どうにか致命傷を回避していたのだった。


 だが、その腕の傷も決して浅くはなく、ジークの制服のそでは、じわじわにじみ出る血によって生々しく染まり始めていた。


「アイナ! 学内の警備を呼んで、庭園の守りを固めるんだ! それと、ジークの治療を頼む!」

「頼むって……どこ行くの、ロッシュ⁉」

「犯人に逃げられる! 俺はこのまま、奴を追いかける!」


 ロッシュはそれだけ告げると、庭園から逃亡した犯人を追って駆け出した。

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