21.密着すれば、刺激も生まれる

 次の日。暖かい陽光に照らされたヌーダストリア学園内の庭園を、ジーク王子が端然と歩いていた。


 ……そして、そこから少し離れた茂みの中に、気配を殺して王子の姿を観察する、怪しい二つの影があった。


「ねえ、ロッシュ……。なんで私たち、こんな所から王子のことを覗いてるの?」

 怪しい人物の一人であるアイナが、息交じりに呟いた。


「ジークを秘密裏に護衛するために決まっているだろう。あまりあからさまに見張っていると、ジークを狙う犯人に気付かれるかもしれないからな」

 もう一人の怪しい人物ロッシュが、さらっと返答した。


「それは分かるけど……。ちょっとここ、狭すぎない?」


 アイナの言う通り、二人が潜んでいる茂みの中は非常にスペースが狭く、ロッシュとアイナは匍匐ほふく前進のような体勢をとって、互いの肩まで密着したギュウギュウの状態になっていた。


「仕方ないだろう。この庭園だと、他にちょうど良い場所が無かったんだ」

「はうっ……ちょ、ちょっと! 狭い場所で急に動かないでよ‼」


 ロッシュが狭い中で身体をずらしたことで、太ももに不意打ちの刺激を受けたアイナが、たまらず声を上げた。


「あまり大きな声を出すなよ、アイナ。……しかし、今日のお前は、薔薇みたいないい匂いがするな。ひょっとして、入浴剤変えたか?」

「このタイミングでそれを聞くなっ‼」

 くんかくんかと匂いを嗅ぎながら顔を近づけてきたロッシュを、アイナはグーで殴りつけた。


「でも王子も、昨日の今日でわざわざ庭園をうろついたりして……。日頃からやっている学内の巡回なんて、風紀委員にでも任せておけばいいのに」

「いつも通り、生徒会長の務めを果たさずにはいられないんだろう。将来国を治める人間として、いい心掛けじゃないか」

「そうかもしれないけど、なにもこんな時まで……」


 そんなことを話していると、やがて庭園を歩くジークの周りに、生徒たちが次々と集まってきた。


「あ、ジーク会長! 校内の見回りですか? お疲れ様です!」

「会長、今日も肌がきめ細かく輝いてて、素敵です……」

「庭園の花はいかがですか? 私たち園芸部が、丹精込めて育てたんですよ!」

「うん、見事なものだ。よく手入れが行き届いているね」

「キャー、会長に褒められたー♡」


 ジークは近づいてくる生徒たちを警戒する素振そぶりも無く、賑やかにおしゃべりを楽しんでいた。


「いくらなんでも、無防備すぎじゃない? どこに刺客が紛れているかもわからないのに……」

「大丈夫だ。学園の人間なら、あいつは警備兵や用務員も含めて、全員の顔と名前を記憶しているからな」

「全員覚えているの⁉」

「ああ。『いずれ王となる人間なら、それくらい当然さ』と言っていた。それにあいつは、観察眼も凄まじい。見慣れないやからや怪しい動きをする者が紛れていれば、すぐ気が付くさ。その時は、こちらに合図が来る」

「どんな記憶力よ……。信じられない……」

 ジークのとんでもない能力に、アイナは唖然とした。


「昨日のナイフのような飛び道具を警戒して、ジークの身にはあらかじめ、防御の障壁魔法もかけておいたしな。……まあ、それでもまだ懸念があるから、こうして俺も目を光らせているわけだが……」

「懸念って?」

「ああ、それは……」


 ロッシュが言いかけた、その時。


「王子いいいいいいいいいいいいいいっ‼」

「「⁉」」


 庭園内に突如、けたたましい声が鳴り渡った。


 ジークや取り巻きの生徒たち、そしてロッシュとアイナが一斉に視線を移すと、そこには薄汚れた服を着た肥満体型の男と、細長体型の男が二人、立っていた。


「おおおお、お前が、ジーク王子だなぁあ? 顔で分かるぞ、分かっちゃうぞおお? おでには、おでには、全部分かっちゃうんだぞぉおおっ⁉」

「そうだねぇ、にいちゃん! おうぃらにもすぐ、分かったどおお!」


 男たちは顔中に無精髭を生え散らかしたボサボサ頭で、その目はどこかうつろだった。

 口からよだれを大量にまき散らしヒステリックにわめく姿は異常そのもので、誰がどう見ても、まともな人間とは思えなかった。


「ちょっと……なに、あれ?」

「不審者? 警備の人呼んでこないと、マズいんじゃ……」


 周囲の生徒たちは困惑し、おびえた様子を見せていたが、ジークは冷静だった。


「キミたちは学園の人間ではないな。何者だ?」


「何者? なにもの? なにものぉ? 見て分からんのか、ボケェ‼」

「おうぃらたち『ワリィコ兄弟ブラザース』を知らないなんて、あいつクソだどぉ、にいちゃあん!」

「そうだぁ、クソだあぁ‼ おぃい、クソ王子ぃい‼ これを見ても、まだそんな呑気なことが言えんのかぁ? ああん⁉」


 男二人は耳障りな声で叫びながら自身のふところに手を突っ込むと、それぞれ一本のダガーを取り出した。

 そして、不可思議な紋様が光るその刃を、ジークにピンッと向けてきた。


「お前ぇ、おでたちに殺されるのが嫌だからって、身体に防御の魔法を張ってるだろぉ? そんなのお見通しなんじゃ、ボケがあっ‼」

「でもねぇ、でもねぇ、このダガーにはねぇ、切った物の魔法効果を打ち消す『破魔の印ブレイク・ルーン』が刻まれてるんだどぉ‼ お前の身体にかかったショボい魔法なんざ、あっという間に無効化できちまうんだどおぉっ‼」

「…………‼」


 その言葉に眉をピクリとさせたジークの動揺を察し、男たちはニチャアアッと、汚らしい歯を見せて笑った。


「さあ‼ おでたちの素敵な一刺しで、ポックリ天に召されろやぁあああっ‼」

「ひぃやっほおおおおおおおおおっ‼」


 肥満男と細長男は支離滅裂な咆哮を放つと、刃光りするダガーを手に、ジーク目がけて突進してきた。

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