20.イケメン王子を狙う影

「(ボソリ)どうにか誤魔化せたか……。しかし、今の攻撃は一体……」

「すまないロッシュ、助かった」

「いや、ギリギリで間に合ってよかった。窓にも魔法で結界を張ったから、ひとまず大丈夫だろう」


 言いながらロッシュが身体を起こすと、先にココロの介抱を終えたフィーリが会長用デスクに歩み寄り、机上に突き刺さったアサシンナイフを躊躇ためらいがちに抜き取っていた。


「これ、本物のナイフ……ですよね? こんな物を外から投げてくるなんて、悪戯いたずらにしては度が過ぎてるんじゃ……」

「フィーリ。そんな物騒な凶器、女子が持っていない方がいい。俺が預かっておこう」

 そう言って、ロッシュはフィーリの手からナイフを受け取った。


「ロッシュ、キミにはそれを投げた人物の姿は見えなかったのか?」

「ああ。気付いた時には、もうナイフが飛び込んでくる寸前だった」


 と、そこで、生徒会室のドアがバアンッと大きな音を立てて開かれた。


 それを警戒したロッシュは、再びジークをかばうようにして、彼を壁際へと押しやった。


「ちょっと! 今凄い音がしたけど、大丈夫⁉」

 生徒会室に駆け込んできたのは、数人の教師を引き連れたアイナ・アーヴィングだった。


「……なんだ、アイナか」

「ロッシュ? そっか、王子に呼び出されてたんだっけ……って、キャアアアア‼ あなた、王子となにやってるの⁉」


 窓の割れる音を聞きつけてやって来たアイナは、そこでロッシュがジークを壁際に追い込み、おもいきり密着型の「壁ドン」姿勢を取っている姿を目撃して、驚愕した。


「アイナ! 何者かが今、生徒会室に凶器を投げ込んできた! おそらく犯人は、まだ遠くには行っていないはずだ。至急、学園の警備員たちに、近辺を捜索するよう伝えてきてくれ!」

「つ、伝えてきてくれって……私を追い払って、二人でナニするつもりよ⁉」

「お前、なにか変な誤解をしていないか⁉」

「……んん~。……あ、あれぇ……?」


 アイナとロッシュが騒いでいると、そこで気絶していたココロが、意識を取り戻した。


「ココロ、気が付いた?」

「フィーちゃん……? そうか、私……なにか凄い幻を見て、鼻血を流して……って、ぬおわあああ‼ 幻じゃなかったああああ‼ 会長とロッシュ先輩が、壁ドンでねっとり濃厚に絡み合ってるうううブシャアアアアアアアアアアアアアアッ‼」

「ココローッ‼」


 両目に巨大なハートマークを浮かべたココロは、再び噴水のように鼻血を暴発させて、そのまま失神してしまった。



■□■□■□



 その後、大勢の警備兵によって学園周辺の捜索が行われたが、生徒会室にナイフを投げ込んだ犯人を発見することはできなかった。


 ロッシュたちはジークが城からの護衛に守られ馬車で帰るのを見送った後、それぞれ家路いえじにつくため、日も沈み暗くなった学内を歩いていた。


「ほらココロ、しっかりして」

「うぅ、血が、血が足りないよぉ……」

 両鼻に止血用の布切れを突っ込んだココロが、フィーリの肩を借りながらうめいた。


「フィーリ、一人でココロを家まで連れて行くのは大変じゃないか? なんなら、俺も手伝うが」

「大丈夫です、ロッシュ先輩。ココロの家の馬車が校門まで迎えに来ているみたいなので、私もそれで一緒に帰ります」


 やがて正門に到着すると、確かにそこに、一台の馬車が停まっていた。


「あれですね。ココロ、行くよ」

「うぬおぉ……馬車の密室で、男たちの壁ドン・ギシギシランデヴーが……」


 未だ錯乱状態らしきココロが、謎の言葉を呟きながら馬車へと運ばれていった。


「……なんだか、とんでもないことになっちゃったわね。犯人、ちゃんと捕まるのかしら……」

「ん? ああ、そう……だな」


 アイナの言葉に答えたロッシュは、どこか上の空といった様子で、その目はじっと前方を見据みすえていた。


 その視線の先には、馬車に乗せられようとしているココロと、彼女に肩を貸して歩くフィーリの姿があった。


「……なんで後輩女子の後ろ姿を、ジッと見つめてるの」

「別に、大したことじゃないさ。ただ、あの馬車に並走しながら俺が裸コートをオープンしてみせたら、きっと彼女たちも喜ぶだろうと想像していただけだ」

「気色の悪い想像しないでよ‼」


 アイナは怒ったが、それに対するロッシュの反応は、なぜか鈍かった。



■□■□■□



「なんじゃと⁉ 学園でそんなことが……」


 家に帰ったロッシュは、祖父母に生徒会室の事件の内容を話していた。


「ああ。結局犯人は判明せず、怪しい人物を見つけることもできなかった」

「あらまあ……それで、王子に怪我は無かったの?」

「大丈夫だよ、おばあ様。間一髪で俺がかばったから、無事だった。……だが、投げ込まれたナイフは、素人が易々と手に入れられるような代物ではなかった。おそらく初めからジークを標的にした、プロの犯行だろう」

「むぅ……」

 ロッシュの分析に、カディルは苦々しい表情を浮かべた。


「ジーク自身、最近は何者かに狙われていると勘付いていたようだし……。もしかして、じいさんはなにか心当たりがあるんじゃないか? ジークの命を狙うような輩に……」


 ロッシュが問うと、カディルは数秒の沈黙の後、重々しく首肯した。


「まだ確定してはおらんが……暗殺者の仕業となれば、おそらくは『ダスカコン帝国』の差し金じゃろう」

「帝国だと? それはまた、どうして……」

 ローヴガルドの東方に位置する大国の名が出て、ロッシュは意外に思った。


「ダスカコン帝国とローヴガルドは数年前から、互いの国境付近にある『カネディール鉱山』で採掘される天然クリスタルの利権を巡って、ゴタゴタが続いておってな。莫大な国益を期待できる資源に目がくらみ、遅々たる外交ではらちが明かんと業を煮やした帝国側が、強硬手段に出てきた可能性が高い」


「……だがそれで、なぜわざわざ王子のジークを狙う?」

「城で大勢の護衛に守られている国王より狙いやすく、なにより次期国王の最有力候補であるジーク王子が身罷みまかるようなことがあれば、王位継承の問題を巡って国内が慌ただしくなる。そうしてローヴガルドの内政が混乱したタイミングを見計らって、カネディール鉱山の交渉を強引に推し進め、利権を手中に収めようという魂胆なのじゃろう」

「なるほど。ずいぶん回りくどいことをしてくれるな……」


 ロッシュがうんざりしたように言うと、カディルは眉間に、深刻そうな皺を浮かべていた。


「……ちなみに王子は、学園に通うのを止めるつもりは無いのか?」

「ああ。俺も説得してみたが、無駄だった。あいつが一度決めたら譲らない性格なのは、じいさんも知っているだろう? 犯人を突き止めるまでは、国王の反対を押し切ってでも学園に通い続ける覚悟のようだ」


「……ならばロッシュ。ひとまずお前は、学園内で王子をお守りしろ。まだ犯人の正体が判明していない以上、いたずらに学園に護衛を増やすのは逆効果かもしれんからな」

「それは事件の後、ジークからも改めて頼まれた。任せてくれ。俺の大事な友人を、むざむざ暗殺などされてたまるものか」

「うむ」


「それとついでに一つ、確かめておきたい物もあるしな……」

 そう呟くロッシュの手元には、ジークを狙って投げ込まれてきた、黒光りするアサシンナイフが握られていた。

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