19.裸服は糾える縄の如し

「……て、あれ? そういえば会長とロッシュ先輩、なんでさっきから、机の後ろに立ちっぱなしなんですか?」

「「‼‼‼」」


 ココロの何気ない一言に、ポーカーフェイスを保っていた男二人は、ギクリと身を強張こわばらせた。


「私も気になっていました。しかも二人共、心なしか少し、背が低くなったような……」


 続くフィーリの指摘に、ロッシュたちは再びギクリとした。


 冷静をよそおってはいたが、二人は現在、非常にマズい状況に置かれていたのだった。


 ロッシュとジークがやや中腰姿勢で、生徒会長用デスクの奥側に立ちっぱなしになっている、最大の理由。


 それは現在二人が、下半身に穿ためだった。


 ココロとフィーリの不意打ちの来室に焦りつつ、どうにか凄まじい速度でシャツとブレザーを身に着けた、全裸男二人。


 だが、パンツやズボンまで装着するにはあまりに時間が短く、女子二人が入室してきてから今まで、彼らの下半身は、生まれたままの天然状態で外気にさらされていたのだった。


 不幸中の幸いか、彼らの正面にある会長用デスクには、足元まで隠れる幕板まくいたが張られていたため、二人のまっさらな下半身がただちに女子二人の目に入ることは無かった。


 しかし、長身で足も長い二人は、デスクの上から股間がチラ見えするのを避けるため、その高さに合わせて膝を折り曲げる必要があり、スクワットの途中経過のような姿勢を維持しなければならなかった。


 せめて、足元に落ちているズボンだけでも穿きたかったのだが、女子たちに不自然な姿を指摘されてしまった今、気付かれないようにズボンを拾い上げることは、極めて難易度が高かった。


「確かに言われてみると、二人の身長が縮んでいる気が……」

「ココロもそう思う? 私の見間違いじゃないよね」

「いや……実はキミたちが来る前に、二人で『立ち姿勢のままできるストレッチ』を実践していたんだ」

「そうそう。中腰になって身体をほぐせる、いいメニューがあってね」


 ロッシュたちのこの言い訳は、あまりにも苦しかった。


「……ほほう。『男二人で立ちながらできるストレッチ』ですか。中腰状態で、一体ナニを仲良くほぐしていたんですかねえ。ムフフフフ……」

「ココロ、またヨダレが……」


 あまりにも苦しい言い訳だったが、約一名の腐女子にとっては、妄想を膨らませる格好の材料のようだった。


 ……マズいな。

 一時的に誤魔化しはしたが、このままだと俺たちの下半身マッパがバレるのは、時間の問題。

 学園内にこの話が広がり、じいさんやアイナの耳に入ったりすれば、俺の露出禁止包囲網が、さらなる厳戒体制となってしまう。

 これは、どうしたものか……。


 ロッシュは危機的な現状を打開すべく、き出しの尻で円を描く運動をコッソリ行いながら、その天才的な脳細胞をフル回転させ始めた。


「ん?」


 と、そこで、脳細胞の活性化にともない視界がシマウマ並みに広がったロッシュは、背後の窓外でチカチカ乱反射する奇妙な光を、瞬時にその眼に捉えていた。


「…………危ない‼」

「「「⁉」」」


 ロッシュは、窓の前に立っていたジークに飛びかかり、共に床へと転がり落ちた。


 直後、ガラスが割れる音が響き、数瞬前までジークが立っていた場所めがけて、なにかが勢いよく飛び込んできた。


 飛び込んできた物体は空を切り、会長用デスクの上に一直線に突き刺さる。


 突き刺さったそれは、刃渡り十数センチにも達する、禍々まがまがしい形状のアサシンナイフだった。


「キャアアッ‼ な、なになに⁉」

「これは……⁉」

 突然外から飛来した凶器に、女子二人は驚きのリアクションを見せた。


「ナイフ⁉ 外からか⁉ ココロ、フィーリ‼ 窓から離れてその場に伏せろ‼ またなにか飛んでくるかもしれない‼」

「わ、分かりまし……ほぎゃあああっ⁉」

 言いかけたココロの口から、奇怪な声が漏れた。


 ジークを守るため、咄嗟とっさに彼に飛びかかり、共に床へと転がったロッシュ。


 勢い余ってデスクの陰からも飛び出した二人は、今、なにも穿いていないモロ出しの下半身を、女子たちの前にドドンと晒していたのだった。


 おまけに二人の体勢は、ロッシュを上、ジークを下にして、床に押し倒し、押し倒されたような形になっていた。


「ふぉもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん‼」


 盛大な奇声を発したココロの鼻から、大量の血飛沫がドシャアアッと放たれた。


「ココロッ⁉」

 あまりの出血量に、隣のフィーリが愕然として叫んだ。


 そして、その視線が自分たちかられた瞬間を、ロッシュとジークは見逃さなかった。

 

 ……今だ‼


「ああ……くんずほぐれつ絡み合うイケメンたちと、最高品質の美尻……。もはや我が生涯に、一片の悔い無しやで……グヌ、グフフフフ……」

「ココロ‼ しっかりして‼」

 フィーリは、鼻から赤い川をしたたらせてビクンビクンと痙攣するココロを介抱し、床に横たわらせた。


「フィーリ‼ まだ外は危ないから、窓から死角になるように身をかがめていろ‼」

「わ、分かりました……って、え? 会長とロッシュ先輩……ズボン穿いてる?」


 フィーリがロッシュたちを見やると、そこには、先ほどと同じ体勢で床に伏せる二人の姿があった……のだが、その下半身には、しっかり制服のズボンが装着されていた。


「こんな時になにを言っているんだ‼ ズボンなんて、最初から穿いていたぞ‼」

「え? あれ? さっき一瞬、二人のお尻が丸見えになってたような……あれ?」

「きっと、予想外の事態に混乱していたんだ! 無闇に動いてはいけないよ‼」

「え? え? でも、ココロが鼻血を吹いたのは……でも、そうよね。こんな状況で、下半身になにも穿いてないなんて、あるわけない、よね……」


 自らを納得させるようなフィーリの独語に、ロッシュたちは心中で胸を撫で下ろした。


 ココロがロッシュたちのあられもない下半身を目撃して、大量の鼻血を噴出した直後。


 それに気を取られたフィーリの隙をつき、ロッシュとジークは床に伏せた体勢から手を伸ばして、そばに落ちていたズボンを神速で掴み取っていた。


 そして、それをさらなる超神速でスササササッと身に着けて、何食わぬ顔でしらばっくれて見せたのだった。


 まさに、災いを転じて福と為す、変態たちの神業かみわざだった。

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