18.ぼくらの愉快な生徒会

「しかし、今日はどうした? わざわざ別件をよそおって呼び出すなんて珍しいじゃないか。俺たちの『露出王国計画ヌーディストキングダムプロジェクト』に、なにか進展があったのか?」


 裸封法衣ヌグナリオを破り全裸になったロッシュが、ソファーに堂々と腰掛けて尋ねた。


「いや、そうではないんだが……。キミと二人きりで、話しておきたいことがあってね」

「ほう?」


 同じく全裸で向かいのソファーに腰掛けたジークは、ふとその表情を改めた。


「実は……何者かが、僕の命を狙っているようなんだ」

「なんだと⁉」

 ジークの予期せぬ発言に、ロッシュは目をいた。


「ここ最近、学内で怪しい視線を感じたり、不審な出来事が多くてね。一昨日など、いきなり吹き矢が飛んできて、危うく身体に刺さるところだった。後で矢を調べてみたら、強力な毒物が検出されたよ」

「……そのことを、国王陛下には?」

「無論、話してある。城内で信頼できる側近たちにもね」

「それなら、王城から学内に護衛を派遣すればいいだろう。お前は学園の中では、ボディーガードを付けていないからな」

「あまり警備を物々しくして、生徒たちの不安をあおりたくないんだ。この学園では僕も、他の学生と同じ、一生徒のつもりだからね」


 その言葉通り、ジークは普段の学園生活で王族の威光を振りかざすこと無く、生徒会長として極めて公正な自治を行っており、生徒からの評判もすこぶる高かった。


「事を荒立てたくないが、僕を狙っているのが何者なのかは知りたい。その正体を暴くため、キミの力を貸してほしいんだ」

「……分かった。他でもない、友の頼みだ」

 ロッシュが承諾すると、ジークはニコリと笑みを浮かべた。


「すまない、恩に着るよ」

「なに。俺たちの悲願を達成するためにも、ここでお前に倒れられるわけにはいかないからな」

「そうだね。僕が国王になったあかつきには、ローヴガルド国内の『外出時の服装に関する法規制』を段階的に緩和して、国民の露出への抵抗感を徐々に薄めていく。そして最終的には、公共の場で露出しても罰を与えること無く、むしろ全裸で外出した者への福利厚生や報奨金制度を充実させて、露出と共に生活することをスタンダードにしていく手はずだ。キミと練り上げた露出王国計画は完璧だよ、ロッシュ」

 そう言って、ジークはロッシュと裸姿のままうなずき合った。


 変態が国家権力を握ると、ロクなことが起こらない。

 これはその歴史的事実を証明する、極めて危険な実例だった。


「あー、もー。授業が長引いたせいで、遅れちゃったよー!」

「「‼」」


 その時、ドアの外から突然女生徒の声が聞こえてきて、ロッシュとジークは表情を一変させた。


 続いて生徒会室のドアノブが、ガチャガチャと音を立て始める。


「あれ? ドアが開かない。フィーちゃん、鍵持ってる?」

「持ってる」


 女子二人の会話に続き、ドアに鍵が差し込まれて、カチャリと解錠される音が響く。


 そのドアの中では現在、素っ裸の男二人が堂々ソファーに腰掛けており、ここに第三者が入室してくれば、騒ぎが巻き起こることは確実だった。


 が、しかし。


 この変態男たちは、決して諦めなかった。


「よし、開いたー! って、あれ? ジーク会長に、ロッシュ先輩?」


 やがて開かれたドアから、桃色ショートボブの髪をした小柄な女子が、勢いよく入室してきた。


「やあ、ココロ君」

「どうも、お邪魔しているよ」


 そしてそれを迎え入れる、ジークとロッシュの二人。


 彼らの恰好は、生まれたままのまっさらなヌード姿……ではなく、その身には、きちんと学園指定のシャツと制服ブレザーを着用していた。


 ドアが開けられる寸前、彼らは常人では有り得ない速度で床に散らかった衣類を掴み取り、瞬時に着衣を完了させていたのだった。


「なんだ会長、いらしてたんですかー? ドアに鍵が掛かってたから、誰もいないと思ったのに。ねえ、フィーちゃん?」

「うん、びっくりした」

 全くびっくりした様子も無くそう言ったのは、もう一人のクールな顔立ちをした、青髪セミロングの女子生徒だった。


「ああ、すまない。間違えて施錠していたみたいだ」

 ジークが白い歯を光らせ、流れるように嘘をついた。


 桃色髪の女子は、生徒会会計のココロ・フィジョース。

 青髪のクール女子は、同じく書記の、フィーリ・サクリード。


 彼女たちはヌーダストリア学園高等部の一年生で、今年の春から生徒会に加わった、新人の役員だった。


 二人とも背は低めで、ともすれば中等部にも間違われかねない外見だが、学業成績は非常に優れており、その優秀さを見込んで、生徒会長のジーク直々にスカウトした人材だった。


「会長、意外とうっかりしてますねー。でも、ロッシュ先輩まで生徒会室にいるなんて、珍しいんじゃないですか?」

「ああ。この前魔法科の課外授業で起こった騒動について、ジークに話していてね」

「課外授業というと、ドロリーンチョ湿原にエンペラースライムが現れた件ですか。ロッシュ先輩が撃退したと聞きましたが、さすがですね」

 クールなフィーリが、淡々と賛辞を述べた。


「えー、なんだー。てっきり会長とロッシュ先輩が二人で密室にこもって、濃厚で耽美たんびなナニの時間を過ごしてたのかと思ったのに……ぐふふ……」

「ココロ、口からヨダレ垂れてる。あと、鼻血も」


 呆れたように言いながら、フィーリが布切れを取り出し、ココロの口と鼻をぬぐい始めた。

 ぬぐわれながら、「ああ、いけないいけない。また思考が暴走しちゃった……」と呟くココロ。


 一見すると活発で溌溂はつらつとした印象のココロだが、実は彼女は、いわゆる「男性と男性がねっとりぐっちょり愛し合うジャンルの創作物」を鑑賞・蒐集しゅうしゅうすることに血道ちみちを上げている、生粋の腐女子なのだった。

 

 ファンタジーな世界のゼン・ラーディスにおいても、物語小説や同人作品といった文化は普通に発展しており、その創作物は多くの庶民にとって、重要な娯楽となっていた。


「ハハハ、キミたちは仲が良いな」

 そんなココロのリアクションは気にもせず、二人の様子を見たロッシュが笑った。


「はい、学園でも一番の親友ですから!」

「別に、そこまで仲良くはないです」


 二人の口から、正反対の回答が同時に告げられた。


「そんなっ⁉ 酷いよフィーちゃん‼」

「……嘘、冗談よ」

 そう言ってフィーリが、わずかに口元をほころばせた。


「もー。本気かと思って、びっくりしちゃったじゃん‼」

「ゴメン」


 どこか楽し気なそのやり取りから、性格は真逆ながらも、二人の関係がとても良好であることがうかがえた。


 と、そこで、ココロがなにかを思い出したように、ポンッと手を叩いた。


「そうだ会長! スライムもいいですけど、また学園の敷地内に、変質者が現れたんですよ! 生徒からの聞き取りで得られた情報によれば、王都を騒がせている謎の露出狂、『黄昏たそがれ蛇魔人へびまじん』に間違いありません‼」


 その言葉に、ロッシュは耳をピクリとさせたが、表面上は平静な態度を貫いていた。


「こうも簡単に学内への侵入を許している状況から推測すると、蛇魔人の正体は、学園の関係者なのかもしれません。あまり考えたくはありませんが……」


 このフィーリの推理は完璧にまとを射ており、当の変質者本人は、彼女たちの眼前にバッチリ立っていたのだが、ロッシュとジークは素知そしらぬポーカーフェイスで「ううむ、そうか……」「なんということだ……」と、白々しいリアクションを返していた。

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