17.その出会いは、突然に

 ジークが露出という行為に目覚めたのは、ほんの数年前。


 ローヴガルドの第一王子として、幼い頃から厳しい帝王学の教育を受けてきた彼は、成長するにつれて、自分自身の生き方に強い疑問を抱くようになっていた。


 ただひたすら、次代の王となるため勉強を続け、王族として公務をこなしていくだけの日々。


 自分の人生は、本当にこれでいいのだろうか?

 なにかもっと他に、本気でやりたいことはないのか?

 そもそもこんなことで悩んでいる自分が、将来立派な王となって、国民を導いていくことなどできるのだろうか?


 そんな風に鬱々としていたある日、ジークは王城で、ロッシュ・ツヴァイネイトと出会った。


 国王の特別顧問であるカディルと共に城を訪れていたロッシュは、祖父が王に謁見えっけんしているのを待つ間、たまたまジークと顔を合わせたのだった。


「キミが……カディル様のご令孫れいそんか?」

「そうだが。そう言うあなたは、もしかして王子か?」

「ああ、第一王子のジークハルトだ。カディル様には、いつも父が大変お世話になっている」


 握手のため手を差し出したジークだったが、彼はそこで、目の前に立つ青年が、一枚のローブ以外なにも身に着けていないことに気付いて驚愕した。


「なっ⁉ どうしてキミは、ローブの下に服を着ていないんだ⁉」

「ああ、これか。城内をこの格好で歩いていると、適度なスリルを味わえてゾクゾクするからな。今日はじいさんを待っている間、ローブの下は真っ裸でいようと決めていたんだ」


 ロッシュは晴れ晴れとした口調で説明したが、ジークにはその思考回路が、全く理解できなかった。


「す、すまない。キミがなにを言っているのか、分からないのだが……」

「そうか、分からないか……。だったらあなたも、一緒に服を脱いでみたらどうだ?」

「僕も一緒に脱ぐだって⁉」

 さらに理解不能な提案に、ジークは仰天した。


「ああ。どうもあなたは、なにやら大きな重圧や疑問を感じて、日々を窮屈に過ごしているように見受けられる」

「‼」

 裸ローブ男に自らの心中を言い当てられて、ジークは息を呑んだ。


「人は、服を着ることで文明を発展させ、社会を複雑化させてきた。だが、纏綿てんめんした人間社会は、やがて多くの苦衷くちゅう煩悶はんもんをも、人々の心に生み落としていった。すなわち『衣服』とは、この社会で我々にのしかかる重責じゅうせきを具現化した存在と言える。常に服を着ている人間がその重みに耐えられなくなるのは、ある意味当然の摂理せつりだ。そのがたい重責を、服を脱ぐことで全て捨て去ってみてはどうだ?」

「服を脱ぐことで、重責を捨て去る……?」


 ロッシュの発言は変態の妄言そのものだったが、なぜかその言葉は、ジークの胸にスッと染み入ってきた。


 それから、ロッシュと人目につかない場所へと移動したジークは、周囲に誰もいないことを確認すると、深紅のマントの下に着ていた服のボタンを、恐る恐る外し始めた。


 高級な絹製のシャツを脱ぎ、続いて躊躇ためらいがちにズボンや下着も脱いだ彼は、やがて全裸に紅マントという、他の王族が見たら卒倒するような姿に変身を遂げていた。


「こ、これは……‼」


 その瞬間、ジークの全身に衝撃の雷鳴が轟いた。


 吹きつける風を己の裸体で真っ向から受け止める爽快感と、素肌にマントがこすれることで生じる、心地よい刺激。


 この時彼は確かに、自らが背負っている王族としての重責を、完全に忘れ去ることができていた。


「こんな……こんな素晴らしい行為が、この世に存在していたのか……」

 感動に打ち震えるジークの言葉に、ロッシュは相好そうごうを崩した。


「その反応……予想以上だ。どうやらあなたは、ずば抜けた露出の才を有しておいでらしい。……どうだろう。その才能を活かして、俺と共に『露出の理想郷』を作り上げてみないか?」


「露出の……理想郷?」


「ああ。俺が幼少の折から抱いている、果てなき夢だ。老若男女が昼夜を問わず露出にふけり、それが人間のあるべき姿として受け入れられる、優しい世界。そんな世界を実現するため、将来国を背負って立つであろうあなたに、ぜひ助力を願いたいのだ」

「老若男女が露出にふける、優しい世界……」


 なかば夢心地で呟いたジークだったが、全裸の快感を知ってしまった時点で、彼の心はすでに決まっていた。


 こうして、ジークは見事、変態の仲間入りを果たしたのだった。


 それから二人が竹馬ちくばの友となるまで、長い時間はかからなかった。


 彼らは事あるごとに二人きりで密会を開き、自分たちの理想を成就じょうじゅすべく、生まれたままの姿で真剣に討議を重ね、互いの情熱をぶつけ合ってきた。


 ロッシュの変態性については、嫌というほど熟知しているアイナやカディルも、まさか自国の王子までがその毒牙にかかっていたとは、想像もしていなかった。

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