第二章 ドキッ! 王子様は生徒会長⁉

14.ツヴァイネイト家の愉快な日常

「いけない‼ 若様わかさまが風呂場から脱走したわ‼」

「このまま玄関を正面突破する気よ‼ 早く捕まえて‼」

「ふははは、そう簡単に捕まるものか‼」

「キャー、丸出しよーっ‼」


 ここは、ローヴガルド王国にある魔法使いの名門、ツヴァイネイト家のお屋敷。

 その立派な邸宅内では今、メイドたちの喧騒が、雨あられのように響いていた。


 そしてその喧騒の中を、生まれたままの姿で全力疾走する青年、ロッシュ・ツヴァイネイト。


 ツヴァイネイト家の次期当主と目される彼は、風呂場で衣服を脱いだ開放感に酔いしれるあまり、今日も無防備な姿で、屋敷からの大脱走を試みている真っ最中だった。


「待ちなさい、ロッシュ‼ この変態露出魔ー‼」


 そう叫んでメイドたちと共に彼を追っているのは、幼馴染の赤髪眼鏡少女、アイナ・アーヴィング。


 だがロッシュはその声に耳を貸さず、野生の狼のように俊敏な動きで、屋敷内を縦横無尽に逃げ回っていた。


「ロ、ロッシュ様! もう止まってくださいーっ‼」


 ツヴァイネイト家に雇われたばかりの新米メイド少女、シンリィ・フクツキュールが、護身用のさすまた棒を構えながら、若き雇用主に嘆願した。


「甘いぞ、シンリィ‼ 誰一人として、俺の露出を止めることは許されない‼ さあ、キミも俺の身体を熟視して、裸の素晴らしさに目覚めるんだ‼」

「んぎゃあああああああああああああっ‼」


 豪語して迫りくる次期当主の裸体を前に、シンリィは絶叫した。

 成人男性の裸を見慣れていないうぶな彼女は、思わず顔を両手でおおって、その場にうずくまってしまった。


「ははは、まだ新人には刺激が強かったか‼ だがこれで、出口までの道をさえぎる者はいなくなった‼」


 自らの勝利を確信し、ロッシュが外世界へと繋がる玄関まであと数歩と迫った、その時。


「そうはさせません」


 冷ややかな声に続き、ナチュラルヌードのロッシュの身体が、物凄い力で床に叩きつけられた。


「ぐおっ⁉」

 あまりの衝撃に、苦鳴くめいを発するロッシュ。


 その美しい裸体は今、一人のメイドによって、完璧に抑え込まれていた。


「若様。おたわむれはここまでです」

「くっ……エリーゼ。ここでお前が来たか……!」

 肘関節を綺麗にキメられ、動きを封じられたロッシュが、悔しそうに言った。


 彼を取り押さえたのは、ツヴァイネイト家の筆頭ひっとうメイド、エリーゼ・キャメルクラッチ。

 黒髪ロングヘアーの怜悧れいりな顔立ちの女性で、年齢は二十七歳。


 厚手のメイド服を着用しているため分かりにくいが、女性ながら凄まじく鍛えられた肉体を有しており、そこらの男性や魔物なら、素手で仕留められるほどの戦闘力を誇っている女傑。


 彼女はツヴァイネイト家で十年近くメイドを務めており、いざという時に天然露出狂のロッシュを力づくで押さえつける役目を、当主のカディルより直々におおせつかっているのだった。


「いくら露出の血が騒いだからといって、新人メイドをからかうのは感心しません。レディの前では、大事な部分はきちんと隠してください」


 そう言うと、エリーゼは素早くタオルを取り出し、ロッシュのき出しの腰回りにきつく結びつけた。


「相変わらず見事な手際だ……。だが、別にからかったつもりは無いぞ。俺はただ善意で、異性への免疫が少ない少女に、精神的成長の機会を提供していただけなんだあ痛たたああああっ!」


 ギリギリとサブミッションで痛めつけられたロッシュの言葉尻が、悲痛な声に変わっていった。


「嫌がる人に無理やり裸を見せつけることを善意とは言わないと、いつも忠告しているでしょう」

「エリーゼさん、捕まえてくれましたか!」


 そこへ、他のメイドたちと共にロッシュを追っていたアイナが駆けつけてきた。


「はい、アイナ様。この通りバッチリです。早く服の方をお願いします」

「分かりました! ヌ・グーナ聖なる衣よレコキーロ卑しき愚者へイジョーダヴ正当なるコクワ秩序をナイーヨ与えたまえ…………オートヘビーロック法衣自動強制着用‼」


 アイナが詠唱を終えると、彼女が手元に抱えていた裸封法衣ヌグナリオが、ひとりでに動き出した。

 そして、まるで意志を持った生き物のようにロッシュの身体へと近づくと、そのままシュルシュルと自動的に装着されて、その裸体を完全に覆い隠してしまった。


「くっ! オートメーション着衣とは、また厄介な魔法を。それに屋敷の方も、ますます監視が厳しくなってきたな。まさか、外に抜け出すことすら叶わぬとは……」

「自業自得でしょ‼ ……大丈夫だった、シンリィ? あんな変態が襲いかかってきて、怖かったよね?」

「ううっ……ぐすっ、すびません……。ロッシュ様を止めようとしたんですけど、あまりの勢いと裸姿に、びっくりしちゃって……」


 アイナに慰められた新人メイドが、涙をポロポロこぼしながら謝罪した。


「謝る必要なんて無いのよ! 誰がどう見ても、悪いのはこの変態モロ出し男なんだから‼」


 そう断言したアイナの横では、屋敷の主人であるカディル・ツヴァイネイトが、どんより暗い表情で落ち込んでいた。


「ああ……なぜうちの孫は、こんなどうしようもない異常者になってしまったんじゃ……。すまん、娘よ……。ワシはロッシュの育て方を、完璧に間違えてしまった……」


 生まれた時に母を亡くし、それ以前に父も亡くしていたロッシュは、これまで祖父母の手で育てられてきたが、成長と共にハイスペックな変態となってしまった孫の醜態を見るにつけて、カディルは自らの教育の責任を感じずにいられなかった。


 実際には、ロッシュは前世の露出狂としての記憶を持ったまま転生していたため、成長して変態になることは百パーセント確定していたのだが、その事実を知らないカディルにとって、孫の暴走は常に、頭痛の種なのだった。


「あらあらカディル、そんなに落ち込まなくてもいいじゃないですか。裸で駆け回るなんて、元気な証拠ですよ」


 呑気に言ったのは、ロッシュの祖母であるマーサ・ツヴァイネイトだった。


 全身からほんわかオーラを放ち、穏やかに微笑む様子は、まさに「癒し系」の呼び名がふさわしい、可愛らしい銀髪のおばあちゃんだった。


「十七歳にもなって全裸で走り回るなんて異常者の所業じゃろう、マーサ‼ しかもこの阿呆あほうは、ワシらの目を盗んで街中でも露出をしとるんじゃ‼」

「あらあら。ロッシュは昔から、やんちゃでしたからねえ」

「マーサ先生、そんな呑気な……」


 髪を振り乱して苦悶くもんする幼馴染の祖父と、のんびりニコニコしている祖母。

 その対極的なリアクションに、アイナはガクリと脱力してしまった。


 マーサはカディルと同じく、かつて世界を救った「剣姫けんき」の仲間として魔王と戦った神官で、アイナにとっては光属性の「聖魔法せいまほう」の師でもあった。


 世界でも屈指の聖魔法の使い手ながら、いつも穏やかで優しい彼女のことを尊敬してやまないアイナだったが、孫のロッシュに対しても底抜けに優しい……と言うより、底抜けに甘い様子を見るにつけて、「もっと厳しくすればいいのに……」と思わずにいられなかった。


「でも子供の頃と比べれば、ロッシュも大きく立派になりましたよ。ねぇ、アイナ?」

「変な所で私に同意を求めないでくださいっ!」

 ニコニコととんでもないことを言い出すマーサに、アイナは叫んだ。


「なにを恥ずかしがっているんだ、アイナ。お前には昔から、俺が直々に露出の英才教育をほどこしてきたんだ。この裸体も、もう見慣れたモノだろう?」

「黙ってて、この露出魔人‼」


 なぜか偉そうなロッシュの脳天に、アイナは魔法詠唱用のロッドでフルスイングをお見舞いした。

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