13.そして、新たな伝説が生まれる

「ううむ……。まさかドロリーンチョ湿原に、エンペラースライムが現れるとは……」


 ロッシュたちが湿原から戻った夜、屋敷で課外授業の出来事を聞いたカディルが、信じられないといった様子でうなった。


「ロッシュがいなかったら生徒の被害はさらに拡大していたでしょうし、エンペラースライム討伐に関して、その功績は非常に大きいと思います。……討伐だけに関しては」

「……うむ」

 アイナの言葉にうなずいたカディルは、当のロッシュに視線を移した。


 ロッシュが超級の魔物エンペラースライムを倒したことは、確かに称賛すべき大成果だったのだが、それに伴い、戦場で裸になって狂喜乱舞していたことや、その事実をカディルに隠そうとしていたことまで、全てアイナによって暴露されていた。


 そのためロッシュは、祖父からお褒めの言葉と激しい怒声を両方浴びることとなり、今も新しい裸封法衣ヌグナリオを着用した状態で、地べたに反省の正座をさせられていた。


「じいさん。最近魔物が増えているとはいえ、あのレベルの魔物がローヴガルドからそう遠くない場所に現れるのは妙だ。今まではただの噂と聞き流していたが、これは魔界から、なんらかの影響がもたらされているんじゃないか?」

 カディルの鉄拳制裁をくらって頭部に巨大なたんこぶを作ったロッシュが、そう問いかけた。


「今の所、封印門ゲートの異変などは特に報告されておらんが……確かに、なんの影響も無いとは言い切れんな。念のためラスタリア神聖国に、報告の書状をしたためておくか……」

「ラスタリアへの書状って……もしかして、マリナベル・ラスタリア女王陛下にですか?」

「うむ。ラスタリアはローヴガルドの同盟国じゃし、なにかあった時には、彼女ほど頼りになる存在はおらんからな」


 現在、ラスタリア神聖国を統治している女王マリナベル・ラスタリアは、かつて「剣姫けんき」と呼ばれ、若き日のカディルらと共に魔王を倒した、人類の英雄だった。


「あのマリナベル陛下に直接書状を送ることができるなんて、さすが師匠……」

「いや。今のワシなど、一介の老人にすぎんよ。だが、今日のような事態が起こったとなると、のんびり隠居している場合ではないかもしれんな……」

「じいさんの言う通り、またいつどこで、強力な魔物が現れるかは分からない。そこで俺に、一つ提案があるんだが……」

「む?」

 生真面目な口調で言う孫に、カディルは顔を向けた。


「……やはり俺の服は、いつでもどこでも俺自身の意志でキャストオフすっぽんぽんできる仕様にしておくべきだと思うんだ。今回のような非常事態に露出ができないと、全力で魔法を使えないからな。ブランブラン」

「なにを血迷ったことを言っとるか‼ ……って、ちょっと待て。お前、いつの間に新しい裸封法衣の術式を解除した⁉」

「しかも、なんで下だけ脱いでるの⁉」


 いつの間にか裸封法衣のズボンを脱ぎ去り、堂々と下半身を揺らしているロッシュに、カディルとアイナは驚愕した。


「今日の戦いを経て、魔法術式の解読スキルが向上したようでな……。じいさん、これを機に、もう裸封法衣なんてナンセンスな物は廃止するべきだ。俺の全てを開放することが、やがては人類の平穏へと繋がっていくんだからな……」

「露出行為で国内の平穏をかき乱しとる元凶が、なにを言うか‼」

「嬉しそうに腰を振らないでよ‼」

「さあ、もう反省の時間はお終いだ。さらばだ、じいさん、アイナ‼」


 そう言い放つと、下半身を丸出しにしたロッシュは素早く部屋の窓際へと移動し、開いた窓から野外に向かって、一直線に飛び出していった。


「待ちなさいロッシュ‼ っていうかここ、三階‼」

「逃がすか、この馬鹿孫が‼」

「もう遅い‼ 新たに開発したこの魔法で、俺は漆黒の空から、夜の街へと降り立つのだ‼」


 空中に身を投げたロッシュは、地面に落下することは無く、なんと自らの魔力を使って、そのまま宙に浮かび上がっていた。


 そして浮遊状態の下半身裸ロッシュは、フワフワブラブラと屋敷の塀を飛び越え、多くの明かりが輝く夜の城下町に向かって、ムササビのごとく羽ばたいていった。


「ふはははは‼ 夜風が、俺の下半身にじんわりと染み込んでくるぞ‼ アイ・キャン・フラーーーイ‼」

「待たんかあああああああああああっ‼」

「まさかあれ、『浮遊魔法』⁉ 嘘でしょ……。こんなことのために、超難関と言われる応用魔法を、独学で習得したの……⁉」


 アイナは愕然としながら、夜の闇に消えていく幼馴染の変態浪漫飛行に、眩暈めまいを覚えていた。


 この夜、ローヴガルド王都の繁華街では、空から突如、下半身丸出しの覆面男が襲来したことで、年頃の娘たちが大混乱におちいり、しばらくの間「漆黒しっこくのムササビ帝王ていおう」の名が、人々の間で悪夢として語り継がれることとなった。


 ……ちなみにそのムササビ帝王は、襲来後一時間もしない内に、怒り狂って追いかけてきた祖父の極大憤激雷光魔法によって、しこたま叩きのめされてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る