10.傾くな、前を向け

 ズドオオオンッという衝撃に続き、メキメキと折れていく森の木々。


 数秒前までロッシュが立っていた場所には今、墜落したエンペラースライムが鎮座ちんざしており、ロッシュ自身の姿は、跡形も無くなっていた。


 巨大なプルプルボディに押し潰されたか、はたまたドロドロの体液に飲み込まれて、溶かされてしまったか……。

 いずれにせよ、その生存は絶望的だった。


「ロッシュ……そんな……」

 アイナは身体の力を失い、その場にへたり込んでしまった。


 私が、封印術式の解除を躊躇ためらったから?

 そのせいで、ロッシュが……。


「アイナ、しっかり‼ とにかく、生徒たちを避難させないと~‼」

 ネクロが促したが、アイナは虚脱状態で茫然としていた。


 一方、生徒たちの多くは、未だにダークスライムを引き剥がせておらず、着ていた服をほとんど溶かされてしまった女子たちは、身動きも取れず泣き叫んでいた。


「いやあ~‼ 見ないでっ‼ 見ないでええっ‼」


 そんな女子たちをガン見して、ボタボタと鼻血を垂れ流す男子たち。


「くっ、ダメだ。一歩も動けん……!」

「さっきから、身体がおかしいぞ……。ダークスライムめ、なにか毒でも盛りやがったか……?」

「確かにこの光景は健全な男子にとって、とんでもない猛毒です……(キリッ)」


 なぜか揃って前屈まえかがみになってしまった男子たちも、その場を一歩も動くことができず、一同は完全な機能不全におちいっていた。


「あ~、困ったよ~‼ こうなったら急いで、学園に救助要請の連絡をしないと……って、ん?」


 緊急連絡用の使い魔を放とうとしたネクロは、そこで眉をしかめた。


 ボコン……ボコンッ。


 なぜなら、眼前に鎮座していたエンペラースライムが、不意に音を立てて震え始め、その巨体のあちこちに、目まぐるしく凹凸が生じていたのだった。


「な、なんだ~?」


 ネクロが間の抜けた声を発すると、一際ひときわ大きな凸部が巨体の地際じぎわから突き出してきて、そのままパアンッと、スライムの体に大きな穴を穿うがった。


 穴の開いた箇所からドバドバと、体液を滝のように垂れ流すエンペラースライム。


 やがてその滝の中からユラリと、一つの影が現れた。


「ふぅ、どうにか脱出できたか……」


「……ロ、ロッシュ⁉」

 放心状態だったアイナは、聞きなれた幼馴染の声に、思わず腰を浮かせた。


「無事だったのね⁉ よかっ、た………」


 喜びのあまり駆け出したアイナだったが、近づいてきたロッシュの姿を見て、言葉を途切れさせた。


 エンペラースライムの空中落下をまともに受けたにも関わらず、再び五体満足で姿を現した、魔法科首席のイケメン優等生。


 そのイケメン優等生は今、身に着けていた衣服の大部分を溶かされて、ほとんど全裸に近い格好になっていた。


「「「「「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ♡♡♡」」」」」


 ロッシュの裸を目の当たりにした女子たちが、熱烈な嬌声きょうせいを放った。


「なんで裸なのよっ⁉」

 アイナも現れた幼馴染の痴態ちたいに、驚声きょうせいを放った。


「エンペラースライムが墜落してきた拍子に、奴の体内に飲み込まれて、溶解液で服を溶かされてしまってな。飲み込まれる寸前、水魔法の障壁バリアを展開したから、どうにか身体は溶かされずに済んだんだ」

「だったら、服も一緒にまもりなさいよ‼」


 股間周辺にだけわずかな布切れを張り付かせたロッシュに、アイナがもっともな感想を叫んだ。


裸封法衣ヌグナリオの封印が思った以上に強力で、股間周りの布だけがどうしても溶けてくれなくてな。じいさんの魔法の執念、恐るべしだ……」

「なに感心してるの‼ 女子たちが目のやり場に困るから、早く服を着てっ‼」


 アイナはそう訴えたが、当の魔法科女子たちは、ロッシュの身体を凝視して、夢見心地で陶然とうぜんとしていた。


「ふぁあ、ロッシュ君のヌード姿……」

「すごい……。魔法科なのに、なんて引き締まった筋肉……」

「どこかで見たことある裸体な気もするけど、きっと気のせいよね……」

「おお、ロッシュ君……。あまりの神々しさにぼくは、新しい性癖の扉を開いてしまいそうです……(キリッ)」


「……困っているのか? むしろ皆、喜んでいるじゃないか」

「ああ、もうっ‼ どいつもこいつも変態か‼」

 そう吐き捨てたアイナだったが、ふと、一つの疑問が浮かんできた。


「って、身体を溶かされなかったのが水魔法のおかげっていうのは分かったけど……スライムの体を破って出てきたのは、どうやったの? さっき炎魔法をあいつにぶつけた時は、全然効いてなかったじゃない」


「私も、それが気になっていたよ~」

 ネクロ女史がそう言って、ロッシュたちの元にやって来た。


「確かに、奴は炎魔法に耐性を有していたから、外から魔法を当ててもダメージは与えられなかった。だが、奴に取り込まれた内側からなら、同じ魔法でも効果があるのでは、と思ってな。水魔法で自分の身体を守りつつ、同時に炎魔法を唱えて、奴の巨体を突き破ったんだ」

「あ、そうか~。君がこの前授業でやってた、多属性魔法の同時詠唱だね~」

「ええ。スライムの中はプルプルヒンヤリしていて気持ちよかったんですが、いつまでものんびりしているわけにはいかなかったので、急いで出てきました」

「スライムの体内で変な快感を覚えないでよ……ってロッシュ、後ろ‼」

「ん?」


 アイナの声にロッシュが身をひるがえすと、魔法でダメージを負ったエンペラースライムが、その傷口から溶解液を大量に撃ち出してきた。


 だが、ロッシュは動じること無く、周囲に魔法障壁を張り巡らして、これを防いでみせた。


「随分とご立腹のようだな。だがこの状況なら、もう魔法を同時詠唱する必要も無い……」


 ロッシュは軽やかに言うと、腰を軽快にフリフリさせながら、エンペラースライムの方へ進んでいった。


 その美麗な尻のフォルムを目にした女子生徒や一部の男子生徒からは、再び歓声がキャーッと湧き上がった。

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