8.少年たちの夢、スライム

「まったく……って、あら?」

「どうした、アイナ?」

「あれ……」


 アイナが指さした方向を一同が見やると、やや離れた茂みの中から、ガサガサとなにかが飛び出してきた。


 現れたのは全長四十センチほどの、青緑のゼリーのような体をした生き物だった。

 球体に近いシルエットの表面には、小さく赤い眼が二つ付いており、その柔らかそうな全身を、プルプルと律動的に揺らしている。


「……スライム?」

「なんだ、スライムかよー。せっかくの課外授業だから、もっと倒しがいのある魔物が出てくるかと思ったのに……」

 男子生徒の一人が、ブーブーと不満を漏らした。


 スライムはローヴガルド近辺でもよく目撃され、全魔物の中でも最弱と言われるザコ魔物だった。


 その最弱のスライムがさらに数匹、草陰からプニョプニョと現れた。


「一匹ではなく、群れのようだな」

「何匹いても、スライムじゃ弱すぎて、実戦魔法の練習にならねーよ……」

 悪態をつきながら、男子生徒はスライムの方へと近づいていった。


「あまり不用意に近づいてはいけません。後方で他のクラスを誘導しているネクロ先生がいらっしゃるまで、待っていた方が……(キリッ)」

 真面目キャラの委員長がそう言ったが、男子生徒は聞く耳を持たなかった。

「たかがスライム、そんなに警戒する必要ねーだろ。見てろ、俺の風魔法でスパッと切り裂いてやるから……」


 余裕の態度で男子生徒が魔法を詠唱し始めた、その時。


 スライムの群れの最奥から、漆黒の塊のようなモノが勢いよくね飛んできて、男子生徒の身体に激突した。


「うぶぉっ‼ な、なんだ⁉」


 驚いた男子生徒が声を上げると、その胸から腹の辺りにかけて、黒色のゼリー状の物体が、プルプルとまとわりついていた。


「またスライムかよ⁉」

「……ダークスライムだ‼」

 その黒いスライムを視認したロッシュが、大声を発した。


「いけない、早くそいつを引きがせ‼」

「えっ⁉ く、くそっ、ヌルヌルして気持ち悪い……。ダメだ、剥がれねえ‼」


 いきなりの奇襲に慌てる男子生徒をよそに、ダークスライムは赤い両眼から、カッと怪しい光を放った。


 そして、次の瞬間……男子生徒の着ていた服が、ドロリと綺麗に溶かされてしまった。


 溶かされた服の隙間からは、やや貧相な男子生徒の裸体が、あちこちポロリとはみ出していた。


「キャアアアアアアアアアアアアアッ⁉」

「うおおっ⁉ な、なんだあっ⁉」


 突然の事態に吃驚きっきょうした女子たちと、自らのポロリを衆目にさらされた男子生徒の叫びが、ほとんど同時に放たれた。


「ダークスライムは普通のスライムと違って、体内から強力な溶解液を発する‼ 油断していると全身にまとわりついてきて、溶解液で装備を溶かされるぞ‼ そして奴らはそのまま、無防備にした獲物から魔力を根こそぎ吸い上げるんだ‼」

「なに、そのとんでもない能力⁉ 早く助けないと‼」

「待て、アイナ‼」

「え?」


 そこで、茂みの奥からドドドドドッと、散弾銃のように黒い物体が次々おどり出してきた。


 それは、男子生徒に飛びついてきたのと同じダークスライムの大群で、動揺する他の生徒たちにも衝突して、べっちょり濃厚に絡みついていった。


「うぎゃああっ! 俺にもくっついてきたあああっ‼」

「キャーッ‼ 嫌、やめてえーっ‼」

 ダークスライムに襲われた生徒たちが、あちこちで悲鳴を発した。


 襲われたのはなぜか女子生徒が多く、溶解液で服を溶かされた少女たちの下着やつややかな柔肌が、続けざまに外気の元へお披露目されていった。


「「「いやああああああああああっ‼」」」


 赤、白、水玉、セクシーパープル……と、それぞれカラフルな下着と若々しいボディーをき出しにした女子たちの悲鳴は、一層甲高いものになっていった。


「お、おお‼ なんて素晴らしい光景だ‼」

「まさか女子のスライム攻めを、生でおがめる日が来るとは……」

「ありがてえ、ありがてえよぉ……」


 間一髪でダークスライムの襲撃をまぬがれた男子たちは、諸手もろてを合わせ感涙にむせんでいた。


「ちょっと、男子ー‼ 馬鹿なこと言ってないでコレ、どうにかしてよー‼」

 羞恥と怒りにまみれた女子たちの非難が、喜ぶ男子たちに浴びせられた。


「ど、『どうにでもして』だとっ⁉ スライムに襲われた状態で、なんてエロいことを言いやがるんだ‼」

「俺、なんか変な気分になってきたぜ……」


 煩悩に思考を支配された男子たちは、なぜか前傾気味の姿勢になって、一斉に動きを鈍らせてしまった。


「くっ……なぜ俺の元には、ダークスライムが襲いかかってこない⁉ 術式解除無しで、堂々と裸封法衣ヌグナリオを溶かすチャンスだというのに‼」

 

 同じくダークスライムの襲撃対象から外れていたロッシュが、ギリッと歯を噛みしめた。


「ロッシュ! あなたも馬鹿言ってないで、これ剥がして‼」

 そう叫んだアイナの身体にも、一匹のダークスライムが、ねっとりぐっちょりとまとわりついていた。


「アイナもやられていたのか⁉ くそっ、羨ましい……!」

「なんで悔しがってるの‼ 身体の自由が効かなくて、魔法も使えないの‼ 早くして‼」

「むぅ、仕方ないな……」


 ロッシュはどこか名残なごり惜しそうに言いながら、魔方陣を現出させた。

 そして発せられた炎魔法によって、アイナの身体を包んでいたダークスライムは、ジュワ~と縮んで地面にポトリと落下していった。


「助かった……」

「スライムは火属性の魔法に弱いからな。それはダークスライムも変わらないようだ」

 ロッシュはあっさり言ったが、人体にまとわりつくスライムだけをピンポイントで即座に狙い撃つ技量は、やはりさすがだった。


「ありがとう、ロッシュ……」

「ああ。……しかしアイナ、服がだいぶきわどいことになっているぞ?」

「み、見ないでよっ‼」

 慌てながら、アイナは素早く予備のローブを取り出して、スライムの溶解液であらわになってしまった下着や太ももの上に羽織った。

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