7.ちゃんとファンタジー要素もあるのよ

「まったく、この前は死ぬかと思ったな……」


 男子トイレ脱走事件から一週間後、燦々さんさんと爽やかな日差しの下で、草原を歩くロッシュが呟いた。


「光球くらった後に、『そもそも女子たちだって、悲鳴をあげつつも、俺の股間を満更でもなさそうにチラ見していたんだ。褒められこそすれ、非難される筋合いなど無いだろう』とか言い出すからでしょ。ブチ切れた師匠の爆撃魔法で、危うく屋敷が全焼する所だったじゃない……」


 横を歩くアイナは、りない幼馴染に呆れていた。


 本日は、ヌーダストリア学園魔法科の課外授業が行われる日で、ロッシュたち二年生は、学園からやや離れた場所にある「ドロリーンチョ湿原」に向かっている最中だった。


「なぜ、あんなに怒る必要があるのか……。どうもじいさんには、露出の素晴らしさを理解しようという心意気が欠けているようだ。嘆かわしいことだな……」

「そんな心意気を持ってる人間、変態以外にいないわよ!」

 周囲に会話が聞こえないよう小声で話していたアイナは、思わず声を荒くした。


「まあ、その話はさておき……。今回の課外授業では、俺たちが湿原の魔物を倒しても構わないんだったな、委員長?」


 アイナとの会話を中断してロッシュが問うと、クラス委員長を務める七三しちさん眼鏡の男子生徒が、キリッと眼鏡のテンプルに片手を添えた。


「ええ、その通りですロッシュ君。近年、各地で魔物たちの活動が活発になっており、ドロリーンチョ湿原も例外ではありません。湿原の状況を偵察しつつ、魔物が現れた際には、学園から魔法による討伐が許可されています(キリッ)」


「うおー! 現地で魔法攻撃OKとか、燃えるよなー!」

「普段の授業だと、王国周辺のザコ魔物しか相手にできないもんな!」

「鍛えに鍛えた俺の必殺魔法が、ついに炸裂する時が来たぜ‼」

「ちょっと男子ー! バカなこと言って、油断しないでよー?」


 委員長の説明を受けて、クラスの生徒たちがワイワイと賑わい始めた。


「確かに近頃、魔物があちこちで増えてるって話は、よく聞くもんね。また『魔王まおう』が現れるんじゃないか、なんて噂もあるみたいだし……」

 アイナが、ぽつりと漏らした。

 

 かつてこの世界ゼン・ラーディスは、闇の領域「魔界まかい」より襲来した、とある「魔族まぞく」によって、大きな危機に瀕していた。


 その魔族の名は、「魔王ダークハドリー」。


 魔界の上位存在として強大な闇の力を誇り、猛悪な魔物の大軍を従えたダークハドリーの侵攻によって、世界各国はまたたく間に蹂躙じゅうりんされ、大地は多くの人間の血で染まっていった。


 人々はささやかな抵抗を続けながらも魔王の恐怖におびえ、もはや滅びの時を待つしかないのかと、深い絶望に沈んでいた。


 だが、五十年前に勃発した「剣姫戦争けんきせんそう」によって、状況は大きく変わることとなる。


 ロッシュたちが住まうローヴガルド王国の北方に位置し、現在はローヴガルドの同盟国でもある聖なる国家、「ラスタリア神聖国しんせいこく」。


 当時この国の王女で、若干十九歳だった「マリナベル・ラスタリア」が、精霊の加護を受けし「聖剣せいけん」を手にして、魔王の軍勢に戦いを挑んだのだった。


 マリナベルは、燦然さんぜんと輝く金色の長髪と端麗な顔立ちを有した美貌の女性だったが、その美しさとは裏腹に、凄まじい剣の腕をも有する、超武闘派の姫君だった。


 この、王族にあるまじき戦闘力を持った人類最強の王女が、二人の仲間と共に魔王ダークハドリーと死闘を繰り広げ、ついにこれを討滅とうめつすることに成功。


 人々は偉大なる王女を「剣姫」と呼び称え、その仲間だった魔法使いと神官も、英雄として称賛した。


 そして、この「魔法使い」と「神官」というのが、ロッシュの祖父カディル・ツヴァイネイトと、祖母のマーサ・ツヴァイネイトなのだった。


 さらにカディルは戦争終結後、ダークハドリーがゼン・ラーディスと魔界との間に開いた次元の裂け目に、「封印門ゲート」と呼ばれる、強力な封印を刻んだ巨門を建造した。


 これにより、魔界からの魔族の侵攻は完全に防がれ、以後五十年間、この封印がゼン・ラーディスを闇の脅威から守り続けてきたのだった。


 だがここ数年、世界各地で地上の魔物の数は増加傾向にあり、ちまたでは「封印門が破られ、再び魔界から魔族が攻めてくるのではないか」「剣姫に倒された魔王が復活するのではないか」などといった噂が、まことしやかに囁かれていた。


「師匠からあまり話を聞いたことはないけど、五十年前は凄い戦いだったみたいだし……。またそんな戦争が起こったりしたら、大変よね」

「アイナ、そんな仮定の話を心配してもしょうがないだろう」

「そうかもしれないけど……」

「今は封印門より、俺のズボンに仕掛けられた『社会の窓ソサエティ・ウィンドウ』の封印を解く方が重要だ。今回の術式はファスナーが一層強固に封じられていて、どうあがいてもオープンできないからな……」

「そのまま、永遠にクローズしてなさい‼」


 心の底から口惜しそうなロッシュに、アイナはストレートな罵声を浴びせた。

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