4.告白は、青春の象徴さ

「ねえアイナ、聞いた? 先週の放課後、学園の近くに変質者が現れたんだってー‼」

「え? う、うん……」


 昼休み。アイナは屋上で一緒に昼食を食べていたクラスメイトの言葉に、頬をひきつらせた。


「なんでも、帰宅しようとしてたうちの女子生徒の前にいきなり、覆面かぶったマント姿の男が現れて、マントをバッとまくり上げてきたんだって‼ その男、マントの下にはなにも着てなくて、素っ裸だったって話よ‼」

「え、マジー⁉ それ、超変態じゃん‼」

「きっと、噂の蛇魔人へびまじんだよー‼」

「そんなの見たら、お嫁に行けなくなっちゃうー‼」

「…………」


 キャーキャーと冗談めかした悲鳴を上げる友人たちをよそに、アイナは一人、内心で冷たい汗をかいていた。


 なぜなら、その変質者の正体が幼馴染のロッシュ・ツヴァイネイトであることを、この場でただ一人、知っていたからだった。


「で、素っ裸を見た女子生徒は慌てて叫んだんだけど、その悲鳴を聞いて学園の警備員が駆けつけた時には、覆面男は颯爽さっそうと姿を消しちゃってたんだって。怖いわよねー」

「そ、そうだね……」


 颯爽と姿を消したロッシュが、その後すぐに祖父のカディルに捕縛されて、屋敷で懲罰ちょうばつを受けたという顛末てんまつまで知っていたアイナだったが、師匠やツヴァイネイト家の名誉のためにも、それを口外するわけにはいかなかった。


「被害に遭った女の子も、気の毒にねー。黄昏たそがれの蛇魔人って、日が沈んでくると何の前触れも無く、王都のあちこちに現れるんでしょ?」

「やだー! 私も襲われたりしたらどうしよー‼」


 口ではそう言いつつも、実際に被害に遭っていないクラスメイトたちは、どこか無邪気にはしゃいでいた。


「でも、アイナはいいわよねー。万が一変質者が現れても、ロッシュ君がいるもんねー」

「なにかあっても頼りになる幼馴染が守ってくれるなんて、羨まし~!」


 ……その頼りになる幼馴染が、変質者の正体なの‼


 思わずツッコミそうになったアイナだったが、どうにかそれを抑えて、「べ、別にロッシュとは、ただの腐れ縁だし……」と誤魔化した。


 と、その時。


「アイナ、ここにいたのか。見つかってよかった」


 掛けられた声に顔を向けると、そこに、当のロッシュが立っていた。


「ロッシュ……どうしたの?」

「きゃー、噂をすればロッシュ君!」

「『見つかってよかった』って、もしかしてずっと、アイナのこと探してたの?」


 アイナの友人たちは興味津々といった様子で、目を輝かせていた。


「? ああ、そうだが」

「わざわざ昼休みに、なんの用?」

 ロッシュの返答に色めき立つ友人たちと対照的に、アイナの口調はなかった。


「いや……ここではちょっと、話せない。どうしても大事な用があって、お前を探していたんだ。悪いが、一緒に来てくれ」

 そう言うと、ロッシュはアイナの腕を掴み、そこから彼女を引っ張るようにして歩き出した。


「ち、ちょっと⁉」


 驚くアイナの背後では、友人たちが「きゃー、昼間から大胆ー‼」と騒いでいた。



■□■□■□



「……で、人のこと強引に連れ出して、どういうつもり?」


 ロッシュに引っ張られて廊下の一角までやって来たアイナは、眉をひそめ、恨みがましい視線を向けた。


「どういうつもり、と言われてもな。お前なら分かっているだろう? 今の俺の気持ちが……」

 言いながら、ロッシュはズイッと、アイナとの距離を詰めてきた。


「え? お、俺の気持ちって……」


 急に間近に迫った幼馴染の真剣な表情に、アイナは目を見開いた。


「ずっと我慢してきたが、もう限界なんだ。胸の内からあふれてくるこの想いを、どうしても抑えることができない……」


 そう言ってロッシュがさらに接近してきたことで、いつの間にかアイナは、壁際へと追いつめられていた。


「ちょっ……なに言ってるの、ロッシュ⁉ 近い! 近いってば‼」

 互いの息がかかりそうな距離まで顔が近づいてきて、アイナはボッと頬を染めた。


 な、なにこれ?

 なんで私、こんな……こ、告白みたいなことされそうになってるの⁉


「アイナ、俺は……」

「ロ、ロッシュ……」


 吸い込まれそうなほどに深いロッシュの瞳と見つめ合い、戸惑うアイナの心臓は、どんどん鼓動を早めていった。


 そしてロッシュは数秒の沈黙の後、その端正な唇を開いた。


「……トイレに行きたいんだ」

「………………」


 アイナは、一瞬で能面のうめんのような無表情になっていた。


「午前中から我慢してきたが、もう限界なんだ。裸封法衣ヌグナリオのせいで、俺は自力でズボンのファスナーを下げることもままならない。一刻も早くトイレで用を足したいから、臨時措置で封印魔法を一時解除してほしいんだが……って、どうした? なんだか随分、顔が赤いが……」

「……うるさいっ‼ 紛らわしいコトしないでよ、バカッ‼」

 アイナの怒りに満ちた声が、廊下に響き渡った。


 ロッシュは祖父の意向で強制的に裸封法衣を着せられているため、基本的に、自分の意志で服を脱ぐことができない。


 だが学園生活を送る中で、着替えをしたり、トイレで用を足したりと、どうしても上着やズボンを脱ぐ必要がある場面は出てくる。


 そういった時、アイナが一時的に裸封法衣の術式を解除することで、ロッシュはようやく一般の人々と同じように、公共の場での脱衣を許されているのだった。


 事情を知らない人からすれば、自分の意志で用を足すこともできない服の強制着用など、あまりに非人道的で、酷烈こくれつな仕打ちに映ることだろう。


 しかし、ロッシュに自由な脱衣を許すということは、血に飢えた獣を市井しせいに解き放つことと同義であり、カディルは最凶最悪の変態を封じ込めるため、あえて自らの孫に、この奴隷のような拘束を与えているのだった。

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