3.ちゃんと魔法要素もあるのよ

 それから魔法科の教室に移動して、授業開始の時間となった。


「さーて。今日は、『多属性魔法の連続詠唱』の特訓を行うよ~」


 一時限目の科目は、「魔法詠唱実習」。

 黒いローブを着た女教師が、どこかのんびりした口調で、生徒たちに授業内容を説明していた。


 教師の名は、ネクロ・クマスキード。

 見た目は二十代半ばくらいだが、ボザボサの長髪と、目の下の不健康そうなクマが、いかにも研究者らしい雰囲気をかもし出している。


「実習に先立ち、まずは魔法の基礎についておさらいしておこうか~。皆も知っての通り、魔法とは、自然界に存在するエネルギー『霊素エレス』を、体内の『魔法回路まほうかいろ』で魔力に変換することで発動できるものだね~。ではその基本属性は、全部でいくつに分けられるかな~?」


「『火』、『水』、『雷』、『風』、『地』の五つです」

 ネクロの問いかけに、生徒の一人が答えた。


「その通り。他にも派生する属性は色々あるけど、基本はこの五つだね~。また、霊素とは異なるエネルギーを魔力に変換する『聖魔法せいまほう』や『闇魔法やみまほう』なんかもあるけど、これらは、通常の魔法とは区別されているよ~」


 それは、魔法科の生徒なら誰もが初等学校で習う基本事項だった。


「そして、この五属性魔法。基礎とはいえ、個々の適性や先祖代々受け継いできた魔法回路の関係で、人ごとに属性に得手不得手えてふえてがあったりするわけだね~」


 ネクロは手に持った教鞭きょうべんをクルクル回して、どこか楽しそうだった。


「でも一流の魔法使いほど、どの属性魔法もオールマイティーに扱えるものだ。そこで今日の実習では、皆が各自、最も得意としている属性魔法と、逆に最も苦手な属性魔法を交互に素早く発動できるよう、詠唱速度高速化の訓練をしていくよ~」


 ネクロの言葉に、生徒たちはやや苦い表情を作った。

 得意な属性だけならまだしも、苦手な属性魔法と交互での高速詠唱というのは、魔法使いの卵である彼らにとって、中々厄介な課題だった。


「では、初めに例として……ロッシュ、頼めるかい?」

「はい」


 突然の指名を、ロッシュはあっさり了承した。

 現在魔法科の首席であるロッシュは、実習の場でこうしたお手本を頼まれることが多く、本人も慣れたものだった。


「君は特に苦手な属性も無いだろうけど、まあ、好きなようにやってみてちょうだい」

「分かりました。では…………ヲクフ水の衣ゲーヌ野蛮なるラーゼ火を抱きンフォー顕現せよ……」


 ロッシュはてのひらを軽く合わせて、短い呪文を詠唱した。


 すると、パッと離した両手の間から、直径十センチほどの、丸い球体が現れた。

 ふわふわと宙に浮かぶ球体は、シャボン玉のような見た目で透明色に近く、その内部では、なにやらぶりの炎が、メラメラと揺らめいていた。


「ロッシュ……これは、なんだい?」

 見たことのない珍妙な物体を前に、ネクロ女史は首をかしげた。


「火属性と水属性の魔法を、同時詠唱してみました。炎の外側をおおっているのは、水魔法で形成した薄膜うすまくです」

「同時詠唱⁉ 連続の詠唱じゃないのかい⁉」

「ええ、同時に唱えました。それぞれ順番に発動するより、そっちの方が手っ取り早かったので……」

「おお……凄いよ、ロッシュ~‼ 異なる属性魔法を完全同時に発動させるのは、王国直属の魔導士でも簡単にできることじゃない! しかも対極属性の火と水で、あっさりやってのけるなんて! さすがはツヴァイネイト家の跡取あととりだね~‼」


 ロッシュの魔法レベルの高さを即座に理解したネクロは、その技能を手放しで称賛した。


 他の生徒たちも、「さすが、うちの首席は違うな……」「ロッシュ君、カッコいい……」などと、感嘆の声を漏らしていた。


 変態だけど、やっぱり魔法の才能は凄いのよね……。


 アイナも幼馴染の天賦てんぶの才に感心しつつ、「これで、性癖さえイカれていなければ……」と、つい思わずにはいられなかった。

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