第一章 転生者は天性の変質者

1.その名は、ロッシュ・ツヴァイネイト

 暖かな日差しが降り注ぐ、心地よい朝。

 ローヴガルド王国の一角にあるツヴァイネイト家の屋敷を、一人の少女が訪れていた。


 少女の名は、アイナ・アーヴィング。

 年齢は十七歳。


 赤い長髪を束ねてサイドに垂らし、青縁あおぶちの眼鏡を掛けた知的な外見で、この国でも指折りの名門校「ヌーダストリア学園」の制服に、学園指定のローブを羽織っている。


 門をくぐり屋敷に入ったアイナは、メイドたちと挨拶を交わし、階段を上がって、二階最奥部にある部屋の前にたどり着いた。


「ロッシュ? 入るよ」


 彼女はそう言って、部屋のドアを開いた。


 部屋の中では一人の青年が、なにやら険しい表情を浮かべて立っていた。


 青年の名は、ロッシュ・ツヴァイネイト。

 年齢は、アイナと同じ十七歳。


 身長は一八〇センチと高く、ヌーダストリア学園の男子制服を身につけており、やや癖毛っぽいシャープな黒髪に整った顔立ちをした、かなりの男前だった。


「なにしてるの? 早く準備しないと、遅刻するよ?」


 アイナが言うと、瞑目めいもくしていたロッシュが目を開き、彼女と視線を合わせた。


「ああ、おはようアイナ。もうそんな時間だったか」

「朝から難しい顔して、どうしたの?」

「いや、すまない。あと少しで『解除かいじょ』ができそうでな。ちょっと待っていてくれ」


 その涼しい声に、赤髪の少女はピクリと眉を動かした。


「ちょっ、解除って、まさか……」


 アイナが呟いた、次の瞬間。


 目の前の青年が身に着けていた制服が、ドパアンッと派手な音を立てて、はじけ飛んだ。


 無数の断片と化して、桜の花びらのように部屋に舞い散る、制服の布地。

 その布吹雪の中で、黒髪の青年ロッシュは、堂々たる直立姿勢を保っていた。


 身体を包む布地が全て失われた、素っ裸の姿で。


「きゃあああああああああああああっ⁉」

「よし、術式じゅつしき解除成功だ。今回は、だいぶ手間取ったな……」


 けたたましい叫びを上げる少女をよそに、裸姿のロッシュは、なぜか満足気だった。


「朝からなにやってるのかと思ったら、また服破り⁉ この変態‼」

「仕方ないだろう。服にり込まれたじいさんの『封印術式』の解除が、予想以上に難解だったんだ。年老いたとはいえ、さすが往年おうねんの大魔法使い。見事な手腕だな。ブオンブオン」

「股間で風を切るなっ‼」

「ぐふぉっ⁉」


 リズミカルに腰を振っていた全裸の青年に、アイナは火属性の魔法「ファイヤーボール」を叩き込んだ。



■□■□■□



「この馬鹿孫が‼ 性懲しょうこりもなく、また服を破きおって‼」

 白髪頭に口髭を生やした老人カディル・ツヴァイネイトが、大声で怒鳴った。


「じいさん、そんなに怒ると血圧が上がるぞ。もう若くないんだから、あまり大声を出さない方がいいんじゃないか?」

「怒らせとる張本人が、なにをぬかすか‼」

 ファイヤーボールで髪を焦がした裸のロッシュに、カディルは再び怒声を放った。


「師匠、気持ちは分かりますけど、早くロッシュに新しい服を着せないと……」

「う、うむ……すまんな、アイナ。この阿呆あほうの性犯罪を、よく未然に防いでくれた」


 自らの弟子である少女に礼を告げると、カディルは近くの棚から、新品の制服を一式取り出した。


 それは、デザインだけ見ればロッシュたちが通うヌーダストリア学園の制服だったが、通常の制服とは異なる、ほどこされていた。


「さあ。これを着て、早く学校に行ってこい」

「せっかく苦労して脱いだというのに……。実の孫に、一体なんの恨みがあるんだ……」

「お前がすぐ服を脱いで、露出しまくるせいじゃろうが!」


 異世界ゼン・ラーディスへの転生後、成長してローヴガルド王国の環境にもすっかり慣れたロッシュは、前世と同じく日没迫る街へと繰り出し、年若い乙女たちをターゲットにした「自称・正義の露出教育」に励むようになっていた。


 この神出鬼没の露出狂は、ちまたでは「黄昏たそがれ蛇魔人へびまじん」と呼ばれ、ローヴガルドの女性たちにとって、恐怖の代名詞となっていた。


 だが、そんな蛇魔人の栄耀えいようも長くは続かず、半年ほど前、孫の行動を疑っていた大魔法使いカディルによって、露出の現場を現行犯で取り押さえられてしまった。


 そして、孫の変態性に頭を痛めた祖父は、自らの卓越した魔法技能を活かし、ロッシュの露出行為を抑制する、とっておきの対策を編み出したのだった。


 それが、特殊な封印魔法を組み込んだ衣服、「裸封法衣ヌグナリオ」の発明だった。


 裸封法衣は、一見すると普通の服とそう変わらないが、その繊維の中には高度に暗号化された魔法術式が幾重いくえにも付与されており、装備者はその術式を完全解読して解除しない限り、服を脱げない仕組みとなっていた。


 さらに、強引に服を脱いだり破いたりしようとすれば、反射カウンター術式が反応して、全身に強烈な雷撃が襲いかかるというおまけ付き。


 ロッシュの凶悪テロとも言える露出行為を防ぐため、カディルは心を鬼にして、学校では制服タイプ、プライベートでは私服タイプと、この裸封法衣の装着を義務付けたのだった。


 これにより、乙女たちに対するロッシュの変態活動も一時的に鳴りを潜め、カディルは「これなら、うちの孫も真人間まにんげんになってくれるかもしれん……」と淡い期待を抱いたのだが、そう簡単にはいかなかった。


 かつて、その絶大な魔力で多くの魔物をほふり、大魔法使いと称えられてきた、カディル・ツヴァイネイト。


 その孫であるロッシュ・ツヴァイネイトもまた、偉大な祖父に劣らぬ、凄まじい魔法の才能を有していたのだった。


 そして天才の孫はその才能を、「自らの服を脱ぎ、なんとしても露出を行う」という歪んだ欲望を満たすためだけに、フルで活用し始めた。


 すなわち、祖父が裸封法衣に組み込んだ難解な封印魔法術式を、全力で解読しにかかったのである。

 そして、数日と時間をかけず、それを解除してしまった。


 予想以上のロッシュの才に驚愕したカディルだったが、変態の孫に負けじと、新たな魔法術式を組み込んだ裸封法衣を作って、再び強制着用させる。


 だが、またしても術式を解除し、すぽぽーんと脱ぎ去ってしまうロッシュ。

 怒り狂い、さらに難易度の高い魔法術式を開発するカディル。

 解除して、すぽぽぽーんと脱ぎ去ってしまうロッシュ。


 こうして、大魔法使いの祖父と天才の孫による、仁義なき不毛な魔法合戦が幕を開けたのであった。

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