異世界での、その後

 交通事故で死んだと思ったら赤ん坊になっていた露出狂は、病院とおぼしき場所で数日過ごした後、無事退院することとなった。


 自らの状況にただ困惑していた赤ん坊男だったが、連れ出された病院の外の光景を見て、さらに驚いた。


 そこには、どう見ても日本とは思えない、巨大な街が広がっていた。


 周辺を高い外壁に囲まれ、どことなく昔の西欧風の建物がつらなる街並みの中心には、世界遺産と見紛うほど年季の入った巨城がそびえ立っている。


 石畳が敷かれた街道には自動車の一台も見当たらず、代わりに多くの馬車が、せわしなく往来していた。


 行き交う人々も皆変わった服装をしており、西洋甲冑のような鎧に身を包んで腰に剣を下げている者や、魔女みたいな恰好をした女性がいたりと、まるでコスプレの見本市だった。


 口髭中年に抱かれて馬車に乗り、街の一角の大きな屋敷に辿り着いた赤ん坊男は、やがて周囲の人々の会話から、いくつかの情報を掴んでいった。


 その屋敷は、口髭中年「カディル・ツヴァイネイト」の邸宅で、カディルはなんと、赤ん坊男の祖父にあたる人物だというのだ。


 そして、外に広がる都市は「ローヴガルド王国」という名で、やはり日本とは違う国のようだった。


 それどころか、そもそもこの世界そのものが、男が暮らしていた地球上の世界とは、根本的に異なる場所らしいことが分かってきた。


 その決定的な違いは、この世界「ゼン・ラーディス」には、「魔物」や「魔法」といったものが、普通に存在しているということだった。


 魔物とは、街の外に生息している異形の生物で、事あるごとに人間を襲ってくるこれらの怪物を倒すため、人々は剣や槍などの武器を使って戦っていた。


 また魔法とは、ゼン・ラーディスでも一部の人間が使える特殊な力で、手から炎を出したり、他人の傷を癒したりと、不思議な現象を引き起こすことができた。


 ゼン・ラーディスには自動車やコンピュータといった高度な機械類は存在しておらず、一般的な文明レベルは、日本の現代社会より数段劣っているようだった。


 ……なるほど。

 つまり俺はあの交通事故で命を落とし、いわゆる「異世界転生」を果たしたわけか。


 やがて「ロッシュ」と名付けられた男は、ファンタジーRPGのような世界で突然赤ん坊になっていた自身の現状を、そう結論付けた。


 日本にいた頃、「異世界転生モノ」と呼ばれるエンタメジャンルが存在することは知っていたが、まさか自分がそれを実体験することになろうとは、夢にも思っていなかった。


 ローヴガルド王国は、この地方ではかなりの大国らしく、ロッシュが生まれたツヴァイネイト家も、ローヴガルドで代々優れた魔法使いを輩出しているという、名門の家柄いえがらだった。


 祖父のカディル・ツヴァイネイトも有能な魔法使いで、数十年前には「魔王まおう」と呼ばれる存在を倒した英雄の一人として、世界的にも有名な人物らしかった。


 ……日常の会話で「魔王」なんて単語を耳にするのは、奇妙な気分だな。


 だが、こんな世界に転生したのも、きっとなにか縁あってのこと。


 理由は分からないが、せっかく新たな命を授かったのだから、充実した二度目の人生を送ることにしよう。


 そんな風にして、ロッシュは実にあっさりと、自らの境遇を受け入れた。


 ロッシュの母「ユリ・ツヴァイネイト」は、昔から病弱だったらしく、ロッシュを出産して間もなく亡くなってしまった。

 そしてロッシュの父も、彼が生まれる前すでに、魔物との戦いで命を落としていた。


 そのため、ロッシュは生まれた時点で両親を持たぬ孤独の身となったが、祖父母や屋敷の使用人たちに愛情を注がれて、すくすくと育っていった。


 ただ、乳児用のベビー服を着せようとしてきたメイドに対しては断固拒否の姿勢を示し、全裸に毛布だけをかぶった状態で、ぬくぬくと過ごしていた。


 せっかく裸で生まれてきた赤子にわざわざ服を着せようとするなど、彼からすれば愚行でしかなかった。


 やがて、一歳の誕生日を迎えても、ロッシュはほとんどの日々を裸のままで過ごしていた。


 屋敷のメイドたちは、かたくなに服を着ようとしない赤子の健康をさすがに心配し始めたが、祖父のカディルは「なぁに、かえって身体が丈夫になっていいくらいだ!」と、太鼓判を押していた。


 三歳になった頃。

 一応服を着るようにはなったが、隙を見てはすぐスポポーンと脱ぎだし、近所に住む同年代の子供たちと裸の見せ合いっこを始めるロッシュに、カディルは「しょうがないわんぱく坊主だな……」と、苦笑いしていた。


 七歳になった頃。

 いわゆる「小学校」にあたる「王立初等学校」に入学しても、教室で堂々服を脱ぎ散らかし、おませな女子たちにキャーキャー騒がれているロッシュの話を担任教師から聞いて、カディルは「もう少し分別を持たせないといかんな……」と、しつけの必要性を感じ始めていた。


 十二歳になった頃。

 初等学校の最高学年になっても、校内を素っ裸で走り回り、「うちの子がロッシュ君の真似をして裸になりたがるから、どうにかしてほしい」といった苦情が他の生徒の親から多数寄せられるようになって、カディルは「もういい年なのに、このままではマズいな……」と、頭を痛め始めていた。


 十四歳になった頃。

 ツヴァイネイト家の体面を気にしてか、外では無闇に脱衣をしなくなったが、屋敷の中では相変わらずスポポーンと服を脱ぎ捨てて、若手の女性メイドたちに溌溂はつらつと裸体を見せびらかしているロッシュの姿を見て、カディルは「もしかしたらうちの孫は、なにか深刻な脳の病気なのかもしれん……」と、危機感を抱き始めていた。


 十六歳になった頃。

 危機感を抱いたカディルの説教と熱心な教育指導によって、ようやく屋敷でも露出を控えるようになったロッシュだったが、それからしばらくして、王都の各所で「夕闇に紛れて女性に裸体をさらす変態覆面男」の出没事件が多発し始めた。


 嫌な予感を覚えたカディルは極秘に調査を進め、数日後、その露出行為の現場を押さえることに成功。

 魔法を使って抵抗してくる覆面男に対して、カディルもありとあらゆる魔法を駆使し、夜の王国内で、壮絶な戦闘が繰り広げられた。


 死闘の末、勝利したカディルが変態男を捕縛してその覆面をいだところ、嫌な予感は的中し、その正体がロッシュだったことが判明。


 カディルの前でロッシュが露出を控えていたのは、「大勢の前で服を脱ぐのも良いが、隠れた場所で乙女に裸を晒すのも、やはり最高だな……」と趣向を変えただけのことで、カディルはついに、自分の孫が救いようの無い変態なのだという事実を、認めざるを得なくなってしまった。


 カディルはロッシュを猛烈に叱りつけ、その異常性癖をどうにか矯正しようと試みたが、結局その後も、ロッシュの王都における変態ゲリラ行為は止まることが無かった。


 度を越した孫の露出癖に懊悩おうのうした大魔法使いカディルは、数週間に渡る激しい葛藤の末、ついに、ロッシュに対してとある「強硬手段」を取ることを決意したのだった……。

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