第39話 テセウスの船


 『………』


『ますたー、コノママデハコノ機体は高熱ニヨリ燃エ尽キテシマイマス、今スグ迅速ナ対処ヲ』


『………』


『ますたー?』


 ミズキ2号が何度呼び掛けてもミズキは返事をしなかった。

 いや、出来なかったのだ。

 Sy・O・Reが美咲栞ではないかと推測した時にモニカと彼女を救おうと約束しておきながら結局は救えなかった。

 それどころか掛け替えのないパートナーであるモニカまでもを失ってしまったのだ。

 ミズキが絶望するのにこれ以上の理由は無いだろう。


『もういいよ……僕もこのままここで朽ち果てるとしよう……』


 遂に自殺願望と思われる発言まで口を吐く始末。


『本当ニソレデ良イノデスカ?』


『……良いも何もこれ以上どうすればいいって言うんだ?』


 2号の問いに投げやりに答える。


『ますたーニハマダヤラナケレバナラナイ事ガアルノデハナイノデスカ?』


『……さっきから何が言いたいんだよ!? いい加減放っておいてくれないか!?』


 あまりにもしつこく呼び掛けて来る2号に対し声を荒げるミズキ。


『ますたーハ気付カナイノデスカ? もにかはマダ完全ニハ死亡シテイマセンヨ?』


『何!?』


 2号の指摘に慌ててモニカの脳内にダイブするミズキ。

 モニカの内部から彼女の身体の各機関のバイタルを確認すると、心臓や他の臓器が機能停止する中、脳だけはまだ機能していたのだった。

 要するにまだ脳死には至っていないという事。


『2号、お前の言いたいことは分かった、しかしこの状態で人間が生きていると言えるのか?』


『アルジャナイデスカますたー、アナタニシカ出来ナイ方法ガ、もにかヲ救ウ方法ガ……』


『……まさかお前、僕に神の領域に踏み込めと言うのか?』


 ミズキは背筋が冷えるような感覚を覚えた。

 無論今のミズキに背筋なんかない。

 しかし全身鳥肌が立ったかのような焦燥感に似た感覚が彼を支配したのは間違いない事実。


『コレ以上彼女ヲ放置シテハ手遅レニナリマスヨ……オ早イ決断ヲ推奨シマス』


『………』


 ミズキが口走った神の領域に踏み込むという事、すなわちモニカの身体全てを一から造り替えるという事。

 確かにミズキは薬によって死滅したモニカの脳細胞を自らのナノマシンで代用して機能を回復した事がある。

 実際この灼熱の過酷な状況でモニカの脳が機能停止せずに生き残っているのはそれが大きく作用していた。

 それが無ければとうに彼女は脳死し、ついては全身の死を迎えていただろう。

 ミズキが確認したところ幸い脳内に彼女の記憶が残っている、何らかの方法で身体が新造されさえすればもしかしたらという可能性が生まれるかもしれない。


『一か八かやってみるか……? モニカの再生……』


『私モ及バズナガラオ手伝イシマス』


『おう、頼んだぞ』


『よし、はああっ……!!』


 ミズキと2号はモニカの首にある接続端子から彼女の体内に侵入、彼女の細胞にアクセスを開始した。

 ミズキ達に近い所から順に細胞がナノマシンに置き換わっていく。

 しかし機械的に変化するのではなく生態的に変化しているのだ。

 機械と生物の両方の特性を持った未知の細胞が誕生しモニカの全身を再構築していく。

 

『ふう……さてどうだ?』


 数10分後、モニカの全ての細胞が新細胞に置き換わった。

 これにより今現在の機体内の高温程度ではびくともしない身体を獲得したのである。

 熱だけではない、感覚器官や筋力も強化され最早通常の人間の身体能力を遥かに凌駕した存在……言うなれば新人類へと生まれ変わったのだ。

 恐らくどんな病原菌にも冒される事は無いだろう。

 しかし外見上には全く変化した様には見えない。

 これはそう意識してミズキが細胞を操作、構築したからに他ならない。

 が、しかし……。


『起きないじゃないか!!』


『ドウシテデショウカ、理論上ハコレデ目覚メルハズナノデスガ……』


 理由が分からず戸惑うAI達。

 だがここでミズキが有る事に思い当たった。


『待てよ、モニカの精神は栞と共に昇天していった……もしやモニカにはもう魂が残っていないのかもしれない』


『魂デスカ? 人間ガ自身ノ精神ノアリ所ヲ現ス言葉デスヨネ……ドンナ検査機器デモ観測デキナイソンナ非科学的ナ物ガ障害ニナッテイルト?』


『そうか、お前にはまだ理解できないか……いや仕方ないさ、お前は僕と違って生粋のAIだからな』


『私ニモ理解デキル日ハ訪レルデショウカ?』


『ああ、僕はそう思う』


 ミズキは何故か妙に清々しい気分になった。

 何故そうなったかは分からない、いやきっと次にやるべき事が彼には分かったからなのかもしれない。


『2号、これから君に僕の機能の全てを譲渡する』


『エッ? ソレハ何故デス?』


『僕にはもう要らない物だからね』


『分カリマセン、説明ヲ』


『……これから僕の魂をモニカに移植する』


『!?』


 2号はこの世に誕生して以来、一番の衝撃を受けた。

 その言葉の意味することは2号には理解不能であったのだ。


『僕が思脳と記憶は無事、身体も新造されてモニカが目覚めてもいいはずだった……しかしその両方を繋ぐ魂が今のモニカにはもう無いんだ……そして転生者である僕にはAIでありながら魂がある、だからそれをモニカに移植すればきっと彼女は蘇る』


『シカシソレデハますたーノ魂ハ、アナタ自身ノ記憶ハドウナルノデスカ?』


『きっと消滅するだろうな……でもそれでいい、大好きなモニカの一部になれるならね』


『………』


 2号にはミズキに掛ける言葉が見つからなかった。

 ここまで覚悟が完了している彼を思い留まらせる言葉を掛けられる自信が2号には無かったのだ。


『今じゃあ始めるよ』


 ミズキが2号と接続し自身の機能とメモリーを2号へと受け渡す。

 シークバーが徐々に伸びて行き、遂に限界に達する。


『マスター……本気なんですね……』


『うん、それにこれまでの記憶はお前に移したんだから実質お前がお前がミズキだな』


『分かりました、これから僕は2号ではなくミズキを名乗るよそれでいいんだよね?』


『あははっ、その調子だ、僕はこれからモニカになるからこれからもよろしく頼むよ……じゃあ行って来る』


『今までありがとう』


 別れを済ませミズキはモニカの脳内へとダイブする。

 その際にモニカの首にある接続端子を塞いでしまった。

 もう必要がないから。

 これでモニカの身体は傷一つ無い美しい身体に戻ることが出来たのだ。

 そしてモニカの脳の記憶中枢に辿り着くミズキ。

 そこにはいくつものスクリーンが重なり合うように浮遊していた。

 そのスクリーン一つ一つにこれまでのモニカの人生の記憶が映画の様に映し出されている。

 当然ミズキと出会ってからのシーンも沢山あった。


「あははっ、こんな事もあったっけ」


 モニカがミズキのAIボックスにキスをしているシーンだ。

 それを見た少年の姿のミズキはそっと涙を流す。

 しかしここでずっとノスタルジーに浸っている訳にはいかない。


「さあおいで、これからこの記憶は僕が引き継ぐよ」


 その声に反応して数多のスクリーンが凝縮して球になると次々とミズキの胸に飛び込んでいく。

 全ての球がミズキに吸い込まれると、何とミズキの姿はモニカへと変貌していた。


「よし、これでいいわね、後は目を覚ますだけ……」


 先ほどまでミズキだったモニカを眩い光が包み込む。

 周りが見えない程の光に飲み込まれそこから意識が遠のいていった。

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