第38話 AI(愛)してる。


 少年の姿のミズキと女子高生の姿になったモニカが光り渦巻くトンネル状の電脳空間を通過していく。

 もちろん目的は機動兵器オロチのAI、Sy・O・Reのメモリへのアクセスだ。


「うん、幸いまだこの起動兵器のネットワークは生きているみたいだね……きっと栞も無事なはずだよ」


「栞……」


「………」


 心配そうな面持ちで俯くモニカを横目にミズキは複雑な心境であった。

 それは何故か、先ほどの戦闘で相対した時の栞の様子が尋常ではなかったからだ。

 憎悪と復讐心に囚われた彼女は前世で友達以上の存在であったモニカすら手に掛けようとしたのだ。

 今また会いに行って普通に会話が出来るのだろうかと心配だったのだ。

 そして暫く電脳空間を彷徨った末にたどり着いたのは、立方体のオブジェクトが無数に転がる殺風景な空間だった。


「何だここは……まるで一昔前のテレビゲームのポリゴンみたいだ」


「見て!! あっちに栞がいるわ!!:」


 確かにモニカの指さす方向に誰かがいる。

 よく見ると女子高のブレザーを着た少女が膝を抱えて座っているではないか。

 顔を膝に埋めているのではっきりと誰だかは分からないが、髪の毛の感じから栞であると推測できる。


「栞!!」


 モニカが栞の所へと駆けだす。

 ミズキは自分が栞に遭うのは余計なトラブルになるだろうとその場に立ち尽くしたのだが、どこか違和感を感じずにはいられなかった。

 そうしている内にモニカが体制を低くし栞に抱き付くとしたその時、顔を上げたその人物は栞では無かったのだ。

 長い髪がズルリと滑り落ち現れたのは恐ろしく目つきの悪い男、ギルだった。


「きゃああっ!!」


「ハハハッ!! 引っ掛かったな!!」


 立ち上がり今にもモニカに襲い掛からんとするギル。


「モニカ!!」


 慌ててミズキも駆け出すが僅かばかり間に合わない。


「こうなったら!! コンバート!!」


 ミズキがそう唱えると瞬時にミズキとモニカのいた場所が入れ替わった。

 既にモニカを掴もうとしていた手はミズキの首を捉えていた。


「何!? どうなっていやがる!!」


 ミズキはここが電脳空間出る事を利用しAIの能力で自分とモニカの位置を入れ替えたのだった。


「まあいいや、二人とも始末するつもりだがどちらかと言えば色々厄介なお前からやっちまった方が楽だからな」


 ギルの身体が筋骨隆々の男のものに変わり、服装がブレザーからカーキ色のタンクトップとズボンに変わっていく。


「ぐぐっ……」


 首を掴まれうめき声をあげるミズキ。


「おっと、前みたいに姿を変えて逃げようたってそうはいかねぇ、今俺はお前の存在そのものをホールドしているからな」


「ミズキ!!」


「いいからモニカは先に行け!! 本物の栞を見つけ出すんだ!!」


「でも……!!」


「いいから行けーーーーーーー!!!」


「ゴメン!!」


 始めは躊躇していたモニカはミズキのあまりの迫力にその場から駆けだした。


「おうおう、こんなひ弱な姿をしていてもやっぱり男の子だねぇ、惚れた女の前ではいい恰好したいよなぁ」


「そうとも……お前みたいに女装して騙し打ちなんてカッコ悪い真似はしないさ……」


「言うじゃねぇか、今の自分の状況が分かってねぇのか?」


 ギルの手に力が籠められる。


「ぐはっ……」


 ミズキの口元に泡が溜まっていく。


「しかしラッキーだったぜ、栞に飲み込まれて取り込まれた時は肝を冷やしたが完全に取り込まれる前に逃れられたからな、それもこれもお前たちが栞にダメージを与えてくれたお陰って訳だ」


「くっ……それは残念だったな……今俺たちは大気圏に突入していてこのままでは燃え尽きるだけだぜ」


「そんなの知ってるよ、ラッキーって言ったのはお前らに復讐出来るチャンスが巡って来たって事に対してなんだよ!! あのままおっちんじまったら心残りだからな!!」


「こいつ……」


 死の覚悟が完了している者ほど厄介なものはいない。

 恐らくこれからミズキの喉はギルに握りつぶされ頭と身体が離れ離れになり、そのままAIとしての機能が停止する事だろう。

 しかし今の姿は前世のひ弱な少年のそれであり、力では鍛え上げられた身体を持つ軍人のギルに敵う道理が無い。

 これまでかと思ったミズキであったが、ある光景に目を見開いた。


「えい!!」


「ぐわっ!!」


 何とそこらへんに転がっていた大き目なキューブを持ったモニカがギルの背後から後頭部に向けて殴りかかって来たではないか。


「あんたしつこいのよ!! いい加減消えてよーーー!!」


 地面に倒れたギルに向かって何度も何度もキューブで殴るモニカ。

 ミズキとのやり取りに気を取られ過ぎてモニカの行動を感知していなかったギルは完全に不意を突かれた形だ。

 しかも最初の後頭部への不意打ちが思いのほか効いていたらしくまともに反撃できずにいる。


「くそっ……このアマ……ふざけやがって……」


「あっ!!」


 モニカのキューブを払い除け、ギルが何とか立ち上がったその時だった。


「今だ!!」


 こんな状況とはいえミズキが殴り掛かったくらいで屈強なギルを倒す事は叶わないだろう。

 そこでミズキは念じる、するとミズキの右手が見る見る大きく太くなっていく。

 それはまさに彼らの乗機、レボリューダーの物だ。


「喰らえーーー!!」


 そのまま身体に不釣り合いなほど巨大なレヴォリューダーの腕をギル目掛け突き出す。


「なーーーーーーーっ!?」


 恐らく「何!?」と言いたかったのだろうが言葉にならず、巨大な拳を全身に叩きつけられたギルは派手に吹っ飛び、その身体は無数のブロックノイズと化し消失していった。


「やっ……やった……」


 前のめりに倒れ込むミズキ、右手は元の状態に戻っていた。


「大丈夫ミズキ?」


「ありがとう、助かったよ」


「歩ける?」


「何とかね」


 モニカはミズキに肩を貸し二人で歩きだす。


 さらに進んだその先に今度は空間の至る所にガラスが割れたような裂け目のある場所に出た。


「何なの個の場所は……」


「メモリーが破損し始めている……恐らくもう先が長くないんだ、栞の存在が維持できるのも」


「そんな……」


 動揺しているモニカに変わってミズキは辺りを見回す。

 ある一つの空間の裂け目に目をやるとその奥に一人の少女が這うように倒れているのが見える。


「モニカいたよ、栞だ」


「栞!!」


「……モニ……カ……?」


 モニカの呼び掛けに反応する栞。

 今度こそ本物の様だ。


「栞!!」


 モニカは栞を抱きよせ、力いっぱい抱きしめた。


「うわぁ……ごめんなさい……ごめんなさい……!!」


 栞もモニカを負けないだけ抱きしめ返す。

 顔を歪ませ止めどない涙を流しながら。

 

「………」


 ミズキは一人離れた位置でその様子を見守るしかなかった。


「私、どうしても納得がいかなかったのよ……一生懸命頑張って生きていたのに何も夢を叶える前に死んでしまった事に……どうして私がこんな目に遭わなければいけないのって全てに絶望して全てを憎んでしまった……そこをあの男に付け込まれ利用されてしまった……」


「もういい、もういいのよ栞……もう終わった事だわ、ねぇミズキ」


 栞がミズキの方へ視線を移す。


「本当に済まなかった、まさかこんな事になるとは思いもしなかったんだ……あわよくば君だけでも助かれば良かったと思ったんだけど」


 ミズキは深々と頭を下げた。


「ううん、こちらこそごめんなさい……普通は死んでからその後の事が分かるなんて無いんでしょうからね、あなたを責めるのは間違ってるよね」


「栞……」


 そう言ってほほ笑む栞の顔を見た途端、ミズキの頬に涙が伝う。


「私も許さないなんて言ってゴメン……はい、この事はこれで手打ちよ、これにて一件落着ね」


「ははっ……何だよそれ……」


「うふふっ……」


 三人は泣きながら笑い合った。

 三人の蟠りはここで完全に消え去ったのだ。

 しかし……。


「ああっ、栞!! あなたの身体……!!」


 栞の足先と手の先が粉状に崩れ始めた。


「ああ、胸のつかえが無くなったら急に力が抜けたわ……どうやら私はここまでみたい……」


「そんな!! 折角こうして再会できたのに……こんな事って……!!」


 モニカに抱きかかえられた栞の身体は尚も崩れ続ける。


「もういいの……こうしてミズキ君とも和解できたし、何よりモニカに再会できたのだから、思い残す事は無いわ」


「嫌よ!! どうして二度も私を置いて先に行ってしまうの!? バカ!!」


「あははっ……ゴメンね……」


 滝のような涙を流すモニカの頬を栞が優しく撫でる。

 直後、この電脳空間が激しい揺れに見舞われた。


「どうやらここも長くは持たない様ね……二人とも早く逃げた方がいいよ……」


「嫌よ!! あなたを置いてなんて!!」


 空間の振動は尚も続き、次は空間の裂け目がさらに大きくなり砕けた破片が降り注ぎ始めた。


「モニカ、戻ろう」


「………」


 モニカは栞を抱きしめたまま何も言わない。


「急がないと本当に間に合わないぞ!!」


「ゴメンミズキ……私も栞と一緒に行くわ……」


「えっ……それはどういう……」


 モニカの発言が理解できないミズキ。


「前世は事故で突然別れ別れになってしまったけど今度は一緒に居られる……ミズキ、どうかお願いを、私の最後の願いを聞いて……」


 仮にレヴォリューダーに戻ったところで大気圏内にいる以上燃え尽きるのは必至……モニカの身体も絶命する。

 それならここで最期を迎えさせてやるのがせめてもの優しさなのではないか。

 

「分かった、僕も付き合おう」


「ダメよ、それは」


 モニカから予期せぬ答えが返って来る。


「何故だ? どちらにせよ戻った所で打つ手なし、僕も結局は死ぬんだぞ? ならここに居てもいいじゃないか」


「あなたは生き残れるチャンスがあるじゃない……私のボディを使ってね……」


「栞まで……」


「栞の許可が出たんだからさっさと準備をする!! 「あたし」の事は隊のみんなによろしく言っておいてよ? 頼んだからね!!」


「ちょっ、ちょっと待て!!」


 直後、栞の力で強制的にミズキは電脳空間から弾き飛ばされてしまった。

 ミズキが最後に見た二人は幸せそうに唇を重ねていたのだった。


『オカエリナサイ、ますたー』


『………』


 ミズキ2号の出迎えに無言のミズキ。


『そうだ、モニカは!! モニカはどうしてる!?』


 すぐにモニカの様子を確認するが彼女の心臓は停止しており既に命が尽きていた。


『そんな……嘘だ……そんな筈はない……』


『ますたー、もにかハ既ニ死亡シテイマス……二人ガSy・O・Reニだいぶシテソウ時間ガ経タナイ内ニスグ』


 ミズキ2号に言われるまでも無くミズキには嫌な予感がしていたのだ。

 先ほどのモニカとの電脳空間でのやり取り……あの時モニカは既に自身の死を悟っていたのだと。


『わああああああああっ!!!』


 叫んでも仕方がない、仕方ないがミズキは叫ばずにはいられなかった。

 そうしないと心を保てなかったのだ、AIの心が。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る