第37話 別離


 「ほうほう、バイパーとSy・o・Reシ・オ・リを組み合わせたことで想定外の面白い結果が出たのう、これは実に興味深い」


 スペシオンの高速宇宙巡洋艦チェイサーの格納庫にあるコンソールのモニターから戦況を観測しながらダビデ博士は感嘆の声を上げ顎髭を撫でる。


「しかし僅かにあ奴のAIには及ばなかったか、まあ良いデータのバックアップは取ったからの」


 縺れながら惑星ガイアへと落下していくレヴォリューダーとオロチを尻目にコンソールからメモリースティックを抜き取り白衣のポケットにしまい込む。

 だがその直後、艦が激しく揺れた。


「おっと、何事じゃ?」


 揺れに対して足を踏ん張る。

 そして遠くから複数人の靴音が微かに響いてくる。

 明らかに走っていると思われる靴音はこちらへと向かっており、遂にダビデの元に辿り着く。


「ダビデ博士、あなたを破壊行為と反逆の罪で拘束する」


 複数人の武装兵士を伴なって現れたのはケルン中尉だった。

 兵士たちは銃口をダビデに集中する。


「おやおや、さっきの振動はあの扉の爆弾を爆破したものじゃったか……無茶をするのう」


「ああそうとも、だがまさかあの人物がここで役に立ってくれるとは……人助けはしておくものだな」




 数分前。


「何だこれは? 何故ブリッジに入るこのドアが開かない?」


 艦橋への出入り口、無理に取り外すと爆破するようダビデ博士に細工されたドアの外側からファウザーの声がする。


「ファウザー殿か!? 危険です、その扉から離れてください!!」


 ハイデル艦長が慌ててファウザーへ声を掛ける。


「何故だ?」


「ダビデ博士が造反しました、そして我々を艦橋内に閉じ込めたのです、ドアの中心に爆弾が付いているでしょう? 無理にドアを開けようとしたり爆弾を取り出そうとすると爆発するようなのです」


「爆弾? これの事か?」


 ファウザーが目線を落とすとドアの中心に何やらラグビーボール型の透明なカプセルが取り付けられており、中には何やらよく分からない回路と配線が張り巡っていた。


「これで分かったでしょう!? 危ないのでそこを離れてください!!」


「いいや嘘だな、あんたらは儂を中に入れたくないからこんな仕掛けまでして儂を追い払おうという魂胆なんだろう!!」


「はっ?」


 ハイデルは一瞬ファウザーが何を言っているのか理解できなかったのだが、傍で聞いていたケルンには彼が何を言わんとしているのか何となく分かった。


「ハイデル艦長、もしや彼はあの事を根に持っているのでは?」


「何だあれとは?」


「ほら、あの男が艦内で騒いでいたのを注意したことがあったでしょう? きっとそれですよ、それで自分を艦橋内に入れない様に我々が嘘を吐いていると勘違いしているにでは……」


「何故そう言った発想になる?」


「分かりません……」


「ええい、こんな物、外してやる!!」


 そんなことを二人で議論している内にファウザーがカプセルに手を掛け引っぺがそうとし始めたではないか。


「あっ、ちょっ!! ちょっと待て!!」


「みんな何かの影に隠れろ!!」


 ハイデルの命令で艦橋内のクルーは艦の構造物に身を隠し伏せた。

 直後、大爆発が起こり爆風が艦橋内に渦巻いた。

 ドアの破片も飛び込んできてそこら中に当たったり刺さったりしていた。


「がはっ……」


 体中黒焦げになったファウザーがばたりと床に倒れ込む。

 彼は大火傷を負っておりこのままでは命も危ない。


「誰かファウザー殿の介抱を!! 急げ!!」


「はっ、はい!!」


 ハイデルの部下が駆け寄る。


「ケルンついて来い、ダビデ博士を拘束する!!」


「はい!!」


 被害の後始末を部下に任せハイデルとケルンは通路へと駆けだした。




「という事です、ファウザー殿には気の毒な事をしました」


 ケルンの影から徐にハイデルが現れた。


「まったく、あの宇宙病に罹った者の行動は読めんのう」


「あなたにファウザー殿を罵る資格はありませんよ、大人しくお縄につきなさい!!」


「それはご免被るぞい」


 ダビデが懐に手を突っ込んだ瞬間、武装兵士が一斉に銃の引き金を引いた。

 文字通りハチの巣になるダビデ。

 しかしどういう訳か彼の身体からは一滴の血も流れなかったし倒れもしなかったのだ。


「なっ、あなた、その身体は……?」


 ハイデルにケルン、その場にいた兵士たちは目を疑った。

 銃撃により破れた白衣から覗いたダビデの身体は黒鉄に光る金属製であったのだ。


「残念だったのう、儂はとうに人間を捨てているのじゃよ……そしてこれさえ無事ならどうとでもなる」


 手には先ほどのメモリースティックがあり、それを自らの胸にあるスロットへと差し込んだ。

 そして有り得ない程のスピードで走り出し格納庫の方へと逃走したのだ。


「あれが老人のフィジカルなのか!?」


「アンドロイドに年齢は関係ないだろう、顔の見た目に騙されるな、追うぞケルン!!」


「はい!!」


 ハイデルたちが後を追うもすでに遅し、ダビデは既に脱出ポッドに乗り込み発射態勢に入っていた。


『世話になったなハイデル殿、お陰で大変有意義な研究が出来たよ』


 艦内のスピーカーからダビデの声がする、艦のシステムを一部乗っ取ったらしい。


「貴様!! 逃げるのか!!」


『ケルン殿も達者でな、縁があったらまた会おうじゃないか』


 そう言い残し脱出ポッドは艦外に勢いよく射出されていった。


「くそっ!! 逃がしたか!!」


 悔しさの余りケルンが手近にある手すりに拳を打ち付ける。


「これは私が招いた事態だ、ダビデの口車に乗って彼に協力さえしなければ……」


「ハイデル艦長……」


 ダビデの乗った脱出ポッドが惑星ガイアへと降下していくのを見届けながら、ハイデルは自分の欲に負けてダビデに与したことを激しく後悔した。




 一方、オロチに絡め捕られたミズキ達のレヴォリューダーは完全に大気圏に突入してしまっていた。


『このままではまずい、機体内の温度が急激に上昇中だ』


『機体の応急処置をする、何もしないよりはマシだからね』


 ティエンレンの報告を受けミズキは装甲の一部をナノマシン化させ左脇腹部分の損傷を塞ぎ始めた。


『モニカは大丈夫かしら……酷い汗よ?』


 呼吸を荒げ汗だくのモニカを心配するナナ。

 モニカは憔悴しきっておりまともに受け答えできない状況までになっていた。


『これは単に気温が高いからってだけじゃないわね、傷を受けた事が影響しているのかも』


 ルミナはモニカの症状がただの熱中症ではない事を指摘した。


『そんな、モニカ!! おい、しっかりしろ!!』


「ミズキ……」


 薄目を開けか細い声で何とか返事をするモニカ。


『モニカ!! 大丈夫か!?』


「お願いがあるの……」


『何だ!? 言ってくれ!!』


「私を栞の所へ連れて行って……」


『なっ……まさか君は……』


 ミズキは直感した、いま会話をしている彼女は吉川モニカであると。


「最後のお願いよ……」


『………』


 ミズキも悟っていた、このまま大気圏を落下していては機体が持たない事に。

 いくら彼がナノマシンを操ろうともこの状況を好転させることは不可能だという事を。


『分かった、行こう』


「……ありがとう」


 モニカが力なく微笑に涙を流す。


『ティエン、ルミナ、ナナ、こんな事に巻き込んでしまって悪かったな……君らにもパートナーがいるってのに』


『まあ仕方がない事さ、俺たちは良くやったよ』


『私が自ら決断してここへ来たのよ、謝られる筋合いは無いわね、私にとってはソーンさえ無事ならそれでいいもの』


『ううん、あなたのお陰で人格を得てグランツとお話しできたんですもの、感謝してるわ』


『お前たち……』


 ミズキは既に無いはずの胸が締め付けられる思いだった。

 だがその時。


「おいミズキ、聞こえるか? こちらヴァイデス」


『ヴァイデス大佐!? どうしたんです!?』


 突然のヴァイデスからの通信。

 根インカメラをズームすると何と大気圏の遥か上空にヴァルキリアンの機影があるではないか。


「俺はギリギリ重力に囚われない宙域に留まっているが何か俺に出来る事は無いか?」


 折角のヴァイデスの申し出だが既に手詰まりの状況であり、今から何をどうこうしてももはや手遅れであった。

 だがミズキは有る事を思いつく。


『AIのみんな、今からヴァルキリアンのコンピューターへメモリーを飛ばすんだ、そうすればみんなはロストせずに済む』


『そうか、その手があったか!! だがミズキとモニカはどうするんだ?』


『僕はモニカとここに残る』


『なっ……』


 ティエンレンは驚愕し言葉が出てこない。


『ええっ!? ちょっと待ってよ!! あなたモニカと心中するつもり!?』


 ナナは心配そうに声を張り上げる。


『モニカだけ残して僕が脱出するわけにはいかないよ、僕らはパートナーだからね……ほら早くいかないとヴァルキリアンとの距離が離れすぎてメモリーの転送ができなくなるぞ』


『あなた見上げたものね、尊敬するわ』


 ルミナが感嘆の声を漏らす。


『そんな御大層なもんじゃないよ、ちょっとやる事が残ってるんだ、さあ行った行った』


『済まない、さっきは覚悟したようなことを言っておきながら……やはりフェイの所に戻れるならそうするよ』


 ティエンレンが申し訳なさそうにしている。


『それでいい、僕だってこのまま座して死を待つつもりはないからね、最期まであがいてやるさ』


『信じてるから!! また会いましょう!?』


 ナナの悲痛な叫び。


『ああ、じゃあまたな』


『私はあなたのこと忘れない』


 ルミナの言葉を最後にティエレン、ナナ、ルミナはメモリーをヴァルキリアンへと転送させ、レヴォリューダーにはミズキとモニカだけが残った。


『ワタシモイマスヨ』


 ミズキの複製であるミズキ2号も残っていた。


『ああ、そうだったな、君は機体の操縦を任せる』


『オマカセクダサイ』


『お待たせモニカ、それじゃあ行こうか……栞の元へ』


「うん……お願い……」


 ミズキはモニカの脳にアクセスし、お互い人間の姿のイメージに変化……再び栞のAIへとダイブを開始するのだった。

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