第32話 ウロボロス
「何という事です!! イルとアルが撃墜されるなんて!!」
双子兵士の死亡の報に巡洋艦チェイサーの艦橋でシュテルが癇癪を起こし両の拳でコンソールを叩く。
「シュテル特務大佐、これから如何いたしますか? 追撃を行いますか?」
「いくらダビデ博士には世話になっているとはいえそこまでしてやる事は無いでしょう、撤退を……」
部下に撤退の指示を出そうとしたその時だった、艦内に警戒音が響き渡る。
「何事です!?」
「はっはい!! 当艦に向かって高速で接近する物体があります!! そんな……早すぎる!! まもなく接触します!!」
「何ですって!?」
「うおおおおおおおっ!!」
ヴァルキリアンのコックピット内……顔をひきつらせたヴァイデスの姿があった。
「あの整備士、いい物があるからとか言って持って来た物がこれとはっ……!!」
ヴァルキリアンの腰部から臀部に掛けてまるで中世の貴族階級の女性が着るような大袈裟に広がったスカートのような物が装着されている。
それは無数の推進器が束ねられた緊急増設用のブースターパックであった。
若い整備士が言うには「これを装着すれば予備の燃料タンクなど携行しなくてもよくなりますし、高速で移動できるしで時間の短縮になりますよ」との事だった。
「それはいいが限度と言う物がある……」
ヴァイデスの頬の皮膚が激しく波打ちながら後方へと引っ張られている。
強烈な圧力に気を抜くと気絶してしまいそうだ。
「むっ、あれに見えるは懐かしのドッグケージではないか、もう着いたのか」
ヴァイデスが操縦桿の横のレバーを引くとブースターパックはパージされ、ヴァルキリアンだけが慣性で進んでいく。
そしてそのまま戦艦ドッグケージの艦橋の真正面へと取り付いた。
「ひっ!!」
その時の衝撃に驚き思わずコンソールの下へと潜り込むシュテル。
『あーーー聞こえるか? こちらヴァイデス』
接触しているので共通回線を使わなくても普通に通信が入って来る。
「なっ!? ヴァイデスですって!? 何ですかそのふざけた人型機動兵器は!!」
『うるせぇよ、この前はよくも俺たちを無実の罪で陥れてくれたな、折角お前さんが近くに来ている様だからお礼参りに来てやったぜ、逝っちまったケイオスの為にもな!!』
「ななな、何を言っているのですか!! ええい皆さん何をしているのです!! 早くあの造反者を何とかしなさい!!」
シュテルが怒鳴り散らすも誰も動こうとはしない、格納庫に連絡すら入れる素振りも無い。
「何故です!? 何故私の命令を聞かないのです!? ……はっ!?」
自分の周りを見てシュテルは言葉に詰まった、何と兵士たちがシュテルに向けて小銃の銃口を向けていたのだ。
「どういうことです!? こんな事をしてタダで済むと思っているのですか!?」
高圧的なセリフに反して既に両腕を上にあげているシュテル。
兵士が二人背後に回り、彼を腕を後ろ手に回し手錠を掛けた。
「元々我々はお前のいう事を信じちゃいなかったのさ、いつか隙を見せるその時を伺いながら従う振りをしていただけだ」
リーダー格の兵士が合図をするとシュテルの配下の兵士が数人、ヴァイデス配下の兵士に連れられ艦橋に現れる。
彼らも手錠を掛けられており、その場に座らせられた。
「これでお前を助けるものはもういない」
「ぐぬぬぬ……」
シュテルは茹蛸の様に顔を真っ赤にして悔しがった。
『ご苦労だったなジェイド』
「いえ、お帰りなさいヴァイデス大佐、さあ艦の指揮をお願いします」
ジェイドと呼ばれたリーダー格の兵士はヴァイデスに向けて敬礼をする。
『その事なんだが俺はリガイア軍を抜けようと思う』
「そんな、何故です!? 大佐の無実は我々が証明しますよ!!」
『そう言う事ではないんだ、少しばかり事情が変わってね、やらなければならないことが出来た……シュテルにお礼参りというのは本当だがお前たちにも別れを告げに来た』
「待ってください!! それは、そのやらなければならない事とは何ですか!? そのお手伝いは私達には出来ないのですか!?」
『分かってくれジェイド、皆もよく頑張ってくれた、だがこれでお別れだ、じゃあな』
ヴァイデスの乗るヴァルキリアンは軽くドッグケージの装甲を蹴って離れそこからブースターを点火、見る見る遠ざかっていった。
「ヴァイデス大佐ーーーーー!!」
ジェイドの叫びが虚しく響いていた。
『待て!!』
ミズキのコマンダーの攻撃をウミヘビの様に身体をくねらせ逃げ回るバイパー。
『くそっ!! 相変わらず予測不能の回避行動をとる……』
ミズキはバイパーの不規則な動きに照準を定められずにいた。
その気になれば撃墜は可能かもしれない、破壊するのだけが目的なら。
しかしバイパーに接続されている新型OSのシオリに接触するためには迂闊に攻撃出来ない。
バイパーがまだギルという人間だった時代に、直感で動く彼の機動兵器に苦戦させられたものだが生体コンピューターとなってからもその本能的な直感は健在であった。
『冗談じゃねぇ!! こんな所でやられてたまるかよ!!』
バイパーとて好んで逃げ回っている訳ではない、バイパーの本体には碌な武装が搭載されていなのだ。
余計な装備は遠隔操作でバイパーの各パーツを制御するための障害になる可能性があったため最低限の状態にせざるを得なかったのである。
今の彼に出来る事と言えば蛇を模した機体故の噛み付き攻撃くらいだが、この状況下では有効な攻撃手段とは到底言えない。
『奴の逃げている方角は……』
バイパーは明らかにある一定方向目指して逃避行を続けている。
『もしかしたらまたパーツが飛来するかもしれないな、警戒しなければ』
ミズキはコマンダーのセンサーを最大にしながらバイパーの本体を追う。
『おいダビデ博士聞こえるか!?』
「どうした、何かあったのか?」
『本体が見つかっちまった、周りにパーツもねぇ、何とかならないか!?』
「しょうがない奴じゃな、分かった、いま相転移移動で助け舟を出してやるわい」
バイパーの進行方向の僅か先、空間が歪んだ様に見えたかと思うとそこから何やら巨大な塊が姿を現す。
『何だあれは!?』
ミズキは危険を感知し機体を止めた。
現れたのは人型機動兵器だ。
それもアヴァンガードやレヴォリューダーの五倍はありそうなほど巨大な機動兵器。
一応人型をしているが身体の巨大さに対して腕と脚が不釣り合いなほどに短い異形な形をしている。
更に不気味なのは身体のほぼ全身に夥し数の赤いレンズが並んでいる事だ。
それはまるで無数の赤い目玉がこちらを見ているかのような錯覚を見る者に与えて来る。
「超重機動人型兵器【ウロボロス】、まだ80パーセントの出来じゃが十分実用に耐えるじゃろうて」
『ありがてぇ!!』
ウロボロスの胸部ハッチが開き、そこへバイパーの本体がそのまま収まった。
ハッチが閉じると目に当たる部分が赤く光りウロボロスは起動した。
『ハッハッハ!! 形勢逆転だな!!』
物凄い存在感、その巨体と異形の姿からは得も言われぬプレッシャーが発せられている。
『これはマズイな、コマンダーの武装では太刀打ちできないぞ……』
ミズキがコマンダーのセンサーを総動員して解析した結果、ただでさえ厚い装甲に加え表面にはビームを無効にする特殊コーティングが施されていることが分かったのだ。
『遊びは終わりだ!! 死ねーーー!!』
身体の各所に設置されたレンズからウロボロスを中心に全方位にビームを乱射する。
レンズはビームの発射装置だったのだ。
『くそっ!! 避け切れない!!』
アヴァンガードタイプにあって武装も機動力も平均以下のコマンダーではこのビームの網をかわし切るのは不可能であった。
右腕、左足はビームに切断され、頭部も打ち抜かれてしまった。
頭部にはメインカメラがあるためこれでは視界が確保できない。
『とどめだーーー!!』
『あっ……!!』
ウロボロスの発したビームは遂にコマンダーの胸部を貫通、機体は大爆発を起こすのであった。
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