第16話 追う者、追われる者の事情
ドッグケージ格納庫内。
「ご苦労、鹵獲機体の分析は進んでいるか?」
「これは大佐」
技術士たちが訪れたヴァイデスに敬礼をする。
彼は調査の進行状況をケイオスと共に現場に確認しに来たのであった。
モニカの乗機であったアヴァンガード・ストライカーは装甲が全て剥がされ各部ごとに分解されて格納庫内に並べられていた。
「装甲は高熱で歪んでいてやっとの事でフレームから分離出来ました、しかし分からないのが機体全身の装甲が一律に溶解している所ですね
我が軍の、ギル大尉の小隊がナパーム弾を使用したとの報告は受けていません
それから内部の分析ですが、エネルギー切れを起こしていたので補給しましたが機体を制御するためのシステムが起動しません、見たところ破損してはいない筈なのですが、もしかしたら何か起動の条件があるのかもしれません」
「なるほどな、ダメ元とは思うがお嬢ちゃんに聞いてみるか? なあケイオス」
「どうでしょう、彼女はこの艦に来てから五日、まともに言葉を発していないですからね」
「中々強情なお嬢ちゃん、いや一端の軍人という訳だな」
ヴァイデスとケイオスはお互いの顔を見ながら首をすくめた。
「なんにせよ上からの命令にあった機体の鹵獲は果たしているしパイロットも捕虜にしている……まあ焦る事もあるまい」
「おやおや、あの猛将と呼ばれたヴァイデス大佐も随分と温厚になりましたねぇ」
格納庫内に似つかわしくないおどけた台詞が聞こえてくる。
「お前は、シュテル」
「お久しぶりですねぇヴァイデス」
シュテルと呼ばれた痩せすぎの骨ばった顔にぎょろりとした鋭い目つきの軍服の男が数人の部下を引く連れてヴァイデスの前に現れた。
階級は大佐、ヴァイデスと同じ。
二人は兵学校で同期であった。
「お前が来るのは聞いていないぞ」
「ええ、連絡していませんでしたからねぇ、事前に知らせるとあなたの事だ、私を拒絶しかねないですから」
睨みあう二人。
シュテルに至っては口元に笑みを浮かべている。
「任務は完了している、お引き取り願おうか?」
あからさまに不機嫌な表情のヴァイデス。
「それがそう言う訳にはいかないのですよ、これをどうぞ、新しい任務の指令書です」
「何?」
シュテルから渡された指令書に目を通したヴァイデスの手が震える。
「全ての情報を開示した後、貴様に全て引き継ぐだと!?」
「まあそういう事です、あなたが私を良く思わないのは勝手ですがまさか軍の命令には逆らわないですよね?」
「グヌヌヌ……」
ヴァイデスは怒りのあまり命令書を握り潰していた。
「分かった、好きにするといい……」
ヴァイデスはすぐさま平常心に戻ると踵を返し格納庫から出て行った。
「大佐、宜しいのですかあの者に任せて?」
後ろに付き従うケイオスが小声で囁く。
自分より上の階級の者をあの者呼ばわりだ。
しかしそれには理由があった。
シュテルは主に口を割らない捕虜の尋問を得意としている。
その成功率は100パーセント。
だがその手段は両勢力間で締結された捕虜の扱いを定めた条約を無視した非道な手段を用いているのではともっぱらの噂だ。
「仕方があるまい、奴が手柄を横取りするために上に掛け合ったとしても命令は命令だ、従うしかあるまい」
「ですが」
「分かっている、俺は奴に好きにしていいとは言ったが好き勝手にしろとは言わなかった、手柄を掻っ攫われて黙っている気は無いんでね」
「流石です大佐」
ケイオスは表情を晴れやかにしヴァイデスに付き従った。
強襲戦艦セインツ艦内。
レントールはグランツ、フェイ、ソーンを連れだって艦橋の扉の前までやって来た。
「何だい隊長、俺たちをこんな所へ連れて来て」
「あなた達に紹介したい人物がいます、さあブリッジの中へどうぞ」
レントールに促され三人は自動扉の先へと進む。
中には数人のブリッジクルーがこちらに背を向けた状態で着席してコンソールを操作しており、彼らに気付いた二人の人物がこちらへと歩み寄る。
「あらいらっしゃい、あなた方が噂の敏腕パイロットね?」
まず話しかけてきたのは身の丈が180センチはありそうな長身の女性、軍服に身を包んでいるが美しい顔立ちにスレンダーなボディに長い脚、ファッションモデルと見紛う程だ。
そして彼女は嵌めていた手袋を取りグランツと握手をする。
その瞬間グランツの顔が見る見る赤く染まっていく。
「ははは……初めまして!! 俺はグランチュって言います!!」
緊張のあまり自分の名前を噛んでしまった。
「私はこのセインツの船長、エリザベスです、よろしくね」
「船長!?」
一同は思わず声を張り上げる。
まさかこんな可憐で美しい女性が軍艦の責任者だとは驚きだ。
「……何で軍艦なのに船長?」
ソーンが素朴な疑問をエリザベスにぶつける。
「う~~~ん、これは私なりの拘りかなぁ……何だか艦長より船長の方が箔が付く気がしない?」
「………」
ソーンが何とも言えない困った表情で彼女を見つめる。
「ああ……そんな目で見ないで!! よく言われるのよ何その中二病って!!」
エリザベスは左手で顔を覆い、右手を口出す。
「……何も言ってないんだけど」
エリザベスは見た目に反してかなりおかしな人物らしい。
「やれやれ、船長は今日も通常営業だわい」
彼女の後ろに控えているのは白衣を着た腰の折れ曲がった白髪の老人で牛乳瓶の底の様な眼鏡をかけている。
「こんな老いぼれには興味ないじゃろうが一応名乗っておこう、儂はダンテというしがない学者じゃ」
「しがないだなんて謙遜し過ぎですよダンテ、いいですか皆さん、君たちの機体に搭載されているAIを開発したのは他ならぬ彼なんですよ」
「へぇ~~~そうなんですね!!」
フェイは感嘆の声を上げる。
「……なるほど、それでレント隊長はリガイアにAIの情報をリークできた訳だ、合点がいったよ」
「さすがソーン、察しがいいですねその通りです」
「実を言うとの、成長するAIという触れ込みで開発したあ奴らじゃが正直どう育てればいいかは悩みの種だったのじゃが、レントールがいきなり実戦に投入しようと言い出した時はどうなる事かと思ったが……ウム、結果オーライじゃな」
「そんな、行き当たりばったりかよ……」
グランツが呆れかえる。
「おう!! レヴォリューダー三機、AIの載せ替えおわったぜ!!」
艦橋の大型モニターにガロンの仏頂面のドアップが映し出された。
「流石はおやっさんですね、ものの一時間で三機の作業を終わらせるなんて」
「もう一機はこれから取り掛かるぜ、これはモニカ用だよな大将」
「はい、そちらはそんなに慌てることはありませんので」
「舐めてもらっちゃーーー困るな、俺に掛かればこんなの朝飯前だぜ、ミズキの野郎が戻ってきたらすぐに載せ替え出来るようにしておくぜ!!」
「では引き続きよろしくお願いしますね」
「おう!! 任せな!!」
その直後、モニターは切れた。
「では皆さんは格納庫へ行ってください、これからあなた方にはやってもらう事があります」
「うん? 何だいそりゃあ?」
グラントの疑問はすぐに分かる事になる。
セインツ格納庫。
「さあ皆さん、自分のレヴォリューダーに乗り込んでください、これから操縦訓練を始めてもらいます」
「へぇ、こりゃあいい、実機がシミュレーターになってるんだな」
「そうですよ、今の内にレヴォリューダーの操作に慣れてもらわなければなりませんからね」
「隊長、この機体はアヴァンガードタイプとほぼ同じなんですよね?」
「その通りですフェイ、しかしレスポンスなどに結構違いがあるのでその辺に気を付けてやってみてください」
「どうしてですか? その辺の制御はAIがやってくれるんじゃ?」
「一度自分自身で機体の性能を体感しておいて欲しいのです、戦闘中、AIにもしもの事がないとも限りませんのでね」
「分かりました!!」
フェイが元気よく返事を返す。
「隊長……レヴォリューダーは僕らのとモニカので四機しかないけど隊長は乗らないの?」
「はい、今回からは君ら四人で戦ってくださいね、私は船の中から皆さんをサポートしますから」
「そう……」
「では早速始めましょう」
三人がヘルメットを着用したのを確認後、レントールは格納庫にあるコンソールのスイッチを入れた。
「想定ロケーションは障害物の無い宇宙空間、まずはぶつかる心配のないこの場所で操縦に慣れてください、先ほども言いましたが始めはAI抜きでやってみてください」
「了解!!」
三人はこれまでアヴァンガードタイプを操縦してきた感覚でレヴォリューダーを操作した。
「うおおおおっ!? 思ったより移動スピードが速い!!」
「何これ!? 姿勢制御が繊細過ぎる!!」
「……反応が良すぎる……上手く操縦できない」
三者三様で操縦に苦戦している様だった。
「最初から上手くは行かないでしょう、しかしあまり時間は無いのでなるべく早くに感覚を身に着けてくださいね」
「ったく……隊長は簡単に言ってくれるぜ」
「はい、次はアステロイドを浮かべました、それぞれ対処してみてください」
三機の前に大小様々な隕石群が緩急を付けてこちらに迫って来る。
「もう次の段階!?」
「何だフェイ、もう音を上げてるのか?」
「そっ、そんな訳ないでしょう!? グランツこそ大丈夫なの?」
「あったり前だ!! そらよっ!!」
グランツの機体の新武装はハンマーだ、それも後方に推進器が付いており加速して相手を叩きのめすのだ。
今は目の前に迫る隕石に炸裂させると、機体の五倍はあると思われる隕石はいとも容易く粉々に粉砕されたのであった。
「こいつは凄いぜ!!」
「へぇ、これは負けてられないわね、
フェイの機体は背中から出ているサブアームに接続されている横長のミサイルコンテナが左右に一つずつ、両肩に一つずつ、両腕の前腕に小型のミサイルが一問ずつ、ハッチが開くようになっている胸に極小の炸裂弾コンテナが一つ、両脚の脹脛に一つずつと以前に増して弾薬庫と化している。
それをフェイは一斉に発射した。
勢いよく飛んだミサイルは前方に見える隕石群を悉く破壊していった。
「どうよ!! 私の方が沢山隕石を壊したわ!!」
「当たり前だろ!! そんなの勝負になるか!!」
グランツの突っ込みが入る。
一方、ソーンも自分の機体の性能を確かめようとしていた。
「……シールドアーム展開」
ソーンの機体にはフェイ機同様背中にあるサブアームにシールドを左右二枚、両腕に一枚づつ、そして両膝にもサブアームがありシールドは計六枚となっていた。
「……エネルギーシールド発生」
各々のシールドを角にした六角形を作り、その間をプラズマが結ぶとソーンの機体の前には巨大なエネルギーのシールドが完成した。
そのエネルギーシールドに隕石がぶつかるが全て破壊され、機体には何の損傷も見当たらない。
「……これは使える」
ソーンは密かにほくそ笑んだ。
「ではここからパートナーのAIと組んで戦ってみてください」
今度は前方にリガイアの人型機動兵器の量産型、ヘルハウンドが五機現れた。
「いいねいいね!! こうでなくっちゃな!!」
グランツは先陣を切ってヘルハウンドに向かっていく。
こうして彼らの訓練は続くのであった。
敵の魔の手が既に伸びているのも知らずに。
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