第15話 革命する者たち


 「ちょっとグランツにソーン、こっちこっち……」


 エデン3の基地施設内の一室からフェイが顔を出し、辺りを伺った後グランツとソーンに手招きをする。


「何だフェイ?」


 グランツ達が部屋に入ったのを確認し扉を閉め、フェイは一息つくと共にゆっくりと語りだす。


「レント隊長の言ってた事だけど、あんたたちはどうするつもりなの?」




 約二時間前……。


「どうです我がハイペリオンが誇る強襲戦艦セインツは? 立派な物でしょう?」


 大型モニターに映る戦艦の映像の前で実に誇らしげな笑みを浮かべ満足げなレントール。

 ガンマ小隊を率いていた時には見せたことがない表情だ。


「隊長、一つ聞いていいか?」


「何ですグランツ?」


「あんたたちハイペリオンはいつからスペシオンの内部に入り込んでいたんだ?

 俺が思うにほんの数年ではコロニー内にこれだけのシンパを浸透させることは出来ないはずだよな?」


 ファウザー指令を抑え込んだ兵士たちもそうだ、一朝一夕に軍の内部にまでハイペリオンの息の掛かった人間を潜入させるのは無理がある。


「うん、実にいい質問ですグランツ、けど君はとても大きな勘違いをしているよ」


「どういう事だ?」


「我々ハイペリオンがスペシオンに入り込んだのではなく、スペシオンの創立にはハイペリオンが関わっているのですよ……謂わばスペシオンはハイペリオンの思想実現の為に興されたと言っても過言ではありませんね」


「はっ? 何だって?」


 衝撃の事実を何の覚悟も無しに聞かされたグランツ達はレントールの言った事を理解するのに数秒を要した。


「ショックですか?」 


「当たり前じゃない!!」


 まるで他人事のように首を捻るレントールに対してフェイが声を荒げる。


「元々惑星ガイアにおいてスペシオンもリガイアも袂を分かつまでは一つだった、それを表に出ることなく支え続けたのは我々なんですよ? 切っ掛けは制御不能の未知のウイルスが原因でしたが、人類は生まれ育った惑星ガイアに縛られる事無く宇宙へ居住先を求めて旅立つ……これも人類進化には必要な行程の一つでしたから」


「じゃあ私たちは何も知らずにハイペリオンの目的達成の為に戦っていたって事!?」


「ある意味そういう言い方もできますよね」


「私はご免だわ!! こんなよく分からない組織に協力する気にはなれない!!」


 こちらの熱い激情に対し飄々と受け答えするレントールに段々腹が立ってきたフェイ……とうとう堪忍袋の緒が切れた。


「おやおや、これは困りましたねぇ……他の皆さんもそうなんですか?」


「………」


 グランツもソーンも一様に口を紡いだ。

 

「そうですか、いや、これは私にも非がありますね……ではこうしましょう、二時間だけ時間をあげますから私達ハイペリオンに協力するか否か考えてみてください」


「でも……それって僕たちに選択の余地はあるの?」


 ぼそぼそしたしゃべり方ながらソーンの的を射た質問が飛ぶ。


「安心してください、仮に君たちが協力しない選択を取ってたとしても我々は君たちに手を出すことは絶対にしません、それはお約束しましょう……ですがそれ以上は待てません、スペシオン軍がこちらに押し寄せてきますからね」


「おい、さっきと言ってることが違うぞ、スペシオンを裏から掌握してたんじゃないのか?」


 グランツのいう事も一理ある。


「それが残念な事に我々も一枚岩では無くて同調しない輩も少なからずいるのですよ、先ほどご退場頂いたファウザー殿もその一人ですね」


「分かった……じゃあ僕らもよく考える事にするよ……」


 レントールから言質を取って今に至る。




「あの場では言わなかったが俺はあいつらに付いていこうと思うんだ」


「グランツ正気!? あんたは絶対『てめえらの言いなりにはならねぇ!!』って言うと思ったのに!!」


 フェイが噛み付かん勢いでグランツに詰め寄る。


「落ち着けよフェイ、忘れたのかモニカがリガイアに捕まっている事を」


「わっ、忘れてないわよ……」


 フェイとてモニカの事を忘れていた訳ではない、ただどうしてもレントールの、ハイペリオンのやり口が気に入らなかったのだ。


「うん……モニカを救出したいならこの話し、乗ってみるのも悪くない……」


「ソーンまで……」


「なあ、考えても見ろ、仮にハイペリオンへの協力を拒んだとしてスペシオンに残っても特に俺たちに得をする事は無いと思わないか?」


「うっ……」


 今度はグランツがフェイに詰め寄る。


「寧ろ奴らを味方に付けた方がこれからの俺たちの為になると思うんだ、その一つがモニカの救出って訳よ」


「うーーーん、確かに……」


 フェイの心は揺らぐ。


「要は考え方だよフェイ……奴らに協力でなく奴らを利用してやると考えればいいと思うんだ……」


「ソーンあんた……変わったわね」


「まあね……」


 ソーンはぎこちなく笑う。

 二人の意見を聞き、フェイは一度深い深呼吸をした。


「分かったわよ、私もあんた達と一緒に行くわ、こうなりゃとことんやってやろうじゃない!!」


 途端に威勢が良くなるフェイ、しかしそれは壁を隔てた廊下にも漏れていた。


(そうそう、それでいいんですよ……恐らくここに残る選択をした場合、あなた方は駆け付けたスペシオン軍に証拠隠滅と称して消されていた事でしょうから)


 壁に寄り掛かっていた背中を起こし、レントールはその場を離れた。




「二時間経ちました、フェイ、決断は出来ましたか?」


 再びブリーフィングルームに一同は集う。


「ええ、私も付いていく事にしたわ、特にスペシオンに忠誠を誓っている訳でもないし、それにモニカを助けるためならこの艦に乗っていた方が手っ取り早いしね」


「そうですかそれは良かった、ではそちらの二人は?」


「俺も異存はない」


「同じく……」


「分かりました、ではさっそくセインツに乗り込みましょう、すぐに出発です」


「はい!!」


 それからエデン3と宇宙艦船を繋ぎ人と物資を運搬するための巨大なトンネル状のタラップを経由しレントールとガンマ小隊の面々、そしてハイペリオンシンパの兵士たち、ガロンを含む整備士たちは強襲戦艦セインツへと移動した。


「おやっさんも来たのかよ」


「おうよ、俺はこいつらをいじれれば特に陣営に拘らねぇよ、それにお前らはこいつらの扱いが悪いからな、俺がいなけりゃ始まんねぇだろう」


「言ってろ」


 軽口を叩くグランツとガロンの視線の先、タラップから出てすぐは人型機動兵器の格納庫になっており、そこには既に数機の見慣れない人型機動兵器がハンガーに搭載されていた。


「おおっ!! 俺たちのアヴァンガードはみんな大破しちまったからどうするのかと思ったら新型か!?」


 ピカピカに磨き上げられたその機体はどこかアヴァンガードタイプにデザインが似ていた。


「気に入りましたか? これは【レヴォリューダータイプ】、あなた方ガンマ小隊がアヴァンガードの戦闘で得たデータを元に開発した新型ですよ……単純なカタログスペックではアヴァンガードタイプの二倍の性能を誇ります、因みに名前には革命の意味を込めました」


「へぇ!! こいつはスゲェ!!」


 レントールの解説にグランツの目の色が変わる。


「……でもAIはどうするの? まさかAIを一から育てなきゃならないの?」


「ご心配なくソーン、これからおやっさんたちに君らのアバンガードからレヴォリューダーにAIを換装してもらいますから」


「ふーーーん……ねぇルミナちゃん、君はそれでもいいのかい?」


 ソーンが手首の通信機に話しかける。

 ルミナは以前、機体からAIを降ろされたくないあまり反乱まで起こした前科がある、ソーンとてその事を忘れた訳では無い。


『しっ、仕方ないじゃない、このままでは私はソーンと一緒に戦場に出られないもの……背に腹は代えられないわ』


「フフッ……君には背も腹も無いけどね」


『あっ、笑ったわね!? 失礼しちゃう!!』


「ゴメンゴメン……」


 ソーンの様子を見てグランツは有る事を思いだす。


「そう言えばおやっさん、俺のAIはどうなってる? 俺はすぐに医務室に運ばれたからあれからどうなったのか知らないんだが……」


『私ならここよグランツ』


 ガロンが何か言う前にグランツの通信機から女の声がする。


「お前……何でいきなり他のAIみたいに進化したんだ!? 特に何かした訳でもないのに!!」


『私に言われても知らないわよ』


「知らないのかよ……おやっさんどう思う?」


「あーーー、もしかしたらこれのせいか?」


 ガロンが専用のタブレットをグランツに見せた。


「これがどうかしたのか?」


「これでミズキのデータを抜こうとした事があったんだがデータがあまりにも未知のものだったんでフリーズしたことがあったんだよ、そのあと復旧してから他の機体のメンテナンスにこのタブレットを使っていたんだがもしかしたらその時こっからお前さんのAIに何かしらの影響を与えちまったのかもなぁ」


「そんな無責任な!! 俺はこんなの望んでねぇ!!」


『何よ、不服?』


「ああ、不服だね!! 俺は昔からAIの補助を切って操縦してたんだ!! お前さんは邪魔なんだよ!!」


『お言葉ね!! あの時私のサポートがあったから勝てたのを忘れたのかしら!?』


「うるせえ!! お前の手助けが無くたって勝てたんだよ!!」


「あ~~~あ、まるで痴話げんかね」


「違う!!」

『違うわ!!』


 フェイの言い分に揃って反論するグランツとAI。


「ねえグランツ、その子の名前は?」


『名前なんてねえよ』


「あなたは? 名前に心当たりは無いの?」


 フェイは自分のAIが自らティエンレンを名乗っていたためグランツのAIももしかしたら自分で名乗るかもしれないと思った。


『そう言えば私に名前は無いわね……』


「名前くらい付けてあげなよ、可哀そうでしょう?」


「何が可哀そうなもんか、こんな奴、名無しでいいよ」


『何ですって!?』


 また言い争いが始まりそうな感じだ。

 すかさずフェイが提案する。


「まあまあ、それじゃあ私が代わりに名前を付けてあげる……そうねぇ名無しっていうんだから【ナナ】でどう?」


『ナナ……いいわね、気に入ったわ……グランツも次からは私の事ナナって呼んで頂戴』


「調子に乗るな「おい」とか「お前」とかで十分だ」


 そんな他愛のないやり取りの中、強襲戦艦セインツはエデン3から出航する。

 これからどんな困難が待ち受けているかも知らずに。

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