大毒蜘蛛掃討作戦-6

 初めて人を切った。

 肉を裂き骨を削る感触が手に残る。


 ズルリと音を立てダガーナイフをガルテンさんから引き抜くと、然程大きくも無い傷口から止め処なく血が溢れてくる。


 ガルテンさんは脇腹の傷を抑えながらその場に膝をつく。


「俺の負けだな……」


「話して下さい、どうして……」


「女房がな……王都にいるのだ」


 ! まさか……


「今はシュレヒト殿下のお付きとして王城で働いている。

 お察しの通り、俺を手駒にする為の人質としてな」


 ガルテンさんは忌々しげな顔でそう吐き捨てるように言う。


 そんな……シュレヒトなんて汚い手を!


「リオン、君には済まない事をした。俺の勝手な都合で君を巻き込んでしまった」


「そんな……悪いのはシュレヒトです。ガルテンさんは悪く有りません」


 ガルテンさんは傷の痛みに顔をこわばらせながらもフッと笑みを零す。


「この場から逃げろ。君は毒蜘蛛にやられて死んだと報告しておく。

 偽名を使うも良し、他国へ行くも良し。君の人相までは伝えて居ないからどうとでもなる」


「そんな事をしたらガルテンさん自身や奥さんが危ないんじゃあ」


「自分で言うのも何だが、俺は奴の少ない手駒の中ではかなり強い方だ。そう易々と手放したくは無いだろう。

 それに……」


 言葉を切りニヤリと不適な笑みを浮かべる。


「あの腰抜けに人は簡単に殺せんよ。

 もし女房に危険が迫ったら奴を刃を向けてでも助け出すさ」


 ああ、この人ならホントにやるな。


 国や権力なんて関係無い。1番大切なのは自分の家族なんだ。

 同じ立場ならオレもそう考えると思う。


            ✳︎


「あれ? リオン君……」


「気が付いたか?」


 オレは気絶していたレイカをおぶって森の中を右往左往していた。

 死んだ事にして逃げるなら他の捜索小隊に見付かる訳には行かない。

 一応事前に各小隊の捜索場所を大雑把に覚えてはおいたけど、これがなかなか……


 隠れてやり過ごしたり大きく迂回したりで思った以上に大変だった。


 空でも飛べりゃ良いのに……いや余計目立つか。


「ガルテンさんは?」

 

 レイカが不安そうに聞いてくる。


「大丈夫、生きてるよ。オレ達は死んだけどな」


 唖然としているレイカに気を失っている間何が有ったかを掻い摘んで説明する。


「そう……これからどうするの?」


「取り敢えず家に戻ってから考える。

 今は無事この場から逃げる事を考えよう」


「あ、後、もう下ろしてくれて平気だよ?」


 忙しなく走り回るオレの背中から遠慮がちに声を掛けてくる。


「遠慮するな」


「いや、あのね? おんぶは胸が擦れてちょっと痛いな〜って」


「遠慮するな! オレは気持ち良いぞ!」


「もう! バカ……」


 だって本当に気持ち良いんですもの。

 まるで柔らかいクッションみたいで。


 レイカの豊満なバストの感触を充分に堪能しながら森の中を駆け抜ける。


「……リオン君、私リオン君の力になれた?

 足手纏いじゃ無かった?」


 気を失ってしまいガルテンさんとの戦闘を見届けられなかった事を気にしているのか、そんな事を聞いてくる。


「そんな事無いさ。さっきだってレイカのおかげで大蜘蛛を倒せたんだ。

 それに言ったろ? オレ達は2人で一つだって」


「ん〜聞いてない」


「そうだっけ?」


 言って無かったっけ?

 言って無いかも……


 でも、これは確かに言ったな。


「オレはレイカを守る……」


 チラリと横を見ればオレの顔を覗き込むようにしていたレイカと視線が合う。


「私はリオン君を守る……」


 オレに掴まるレイカの腕にギュッと力が入る。


「そう言う事だ」


「……うん」


 森を抜けると上手いことオレ達の家の裏手に出て来れた。


 さすがオレ、狙った通り。

 いやゴメン嘘ついた。

 この辺りかな? ってのは有ったけどドンピシャとは思って無かった。


 家の裏に増築された完成したての風呂場を見ると少し寂しさがこみ上げてくる。


 折角風呂場も完成したのにもうお別れか〜


 冒険に出たとしても、いつでも帰って来れると思ってた。今の状況じゃ難しいだろうな……


 感慨にふけっているとレイカがオレの考えに気付いたようだ。


「リオン君。最後にお風呂、入ろっか」


「そうだな……よし、入るか!」


 慣れた手つきで風呂の準備を済ませレイカを伴って風呂に入る。


 もちろんレイカは定位置だ。


 気持ち良さそうに目を細めオレに身体を預けるレイカを後ろから抱きしめる。


 レイカが少し身体をよじり顔だけこちらに向けジッとオレを見て来る。


 オレもレイカを見つめ、どちらからともなくキスをした。


「幸せ?」


「ああ、レイカと一緒ならオレはいつでも幸せだよ」


「私も同じ、リオン君が居れば幸せ。だからそんな顔しないで」


 オレの頬にそっと手を当てて言うレイカの表情は慈しみに満ちた優しい笑顔だ。


 どうやらオレは自分でも気が付かない内に思い詰めた顔をしてたらしい。


「有難う。もう大丈夫」


「ホント?」


 レイカは完全にオレへ向き直り、首にしがみ付いたと思うと腰を押し付けて来た。


「大丈夫じゃ無いかも……」


「じゃあ癒してあげるね」


           ✳︎


 風呂から上がり旅支度の確認をしていると家の外に人の気配を感じた。


 まさか感づかれたか?


「リオン君どうし……」


 人差し指を口に当てレイカに沈黙の意を示すと、頷きで答えてくる。


 家の入り口、ドアの前に……2人だな。


 オレはショートソードを手にしようとして思い出す。


 そういやガルテンさんにオレが死んだ証として渡しちゃったんだっけ。

 

 子供の頃から使い込んで良く手に馴染んでたんだけどな〜


 さてどうする? 両手剣はここで振り回すには大きすぎる。

 仕方ない、やや心許ないがダガーナイフを使うか。


 銀のダガーナイフを抜き右手に構え息を殺しドアの横に立つ。


 ドアノブがガチャガチャ回されるが鍵が掛かっているので当然開かない。


 レイカに目で合図すると、スマホをスイタプし鍵が開く。


 ドアがゆっくりと開き訪問者の姿が見えた瞬間横から相手の首元目掛けてダガーナイフを! って父さん!


「おお、リオン。随分物騒な出迎えだな」


 父さんは両手を肩の高さまで上げ敵意がない事を示している。いや父さんにそんなもの有る訳無いけど。


 じゃあもう1人は……


「お義母様!」


 父さんの後ろからヒョッコリ顔を出した母さんが笑顔でヒラヒラと手を振って来る。


「2人ともどうしてここに?」


「ガルテンからお前達が死んだと聞かされてな。だがお前がそんなにやわじゃ無い事は鍛え上げた俺が1番良く知ってる。

 で、まだ村に居るとしたらここ位しか無いからな」


 そりゃそうだ。


「私達にまで内緒で村を出るつもりだったの?」


「母さん。ごめん……」


 ふわりとオレを優しく包むように抱き締める母さん。暖かくて、優しくて、良い匂いがして凄く安心する。


「あなたは子供の頃から手の掛からない子だったけど、こんな時位甘えなさい。

 私はあなたの母親ですよ」


「何が有ったかはあえて聞かん。どうせお前の事だ、俺達を巻き込みたく無いとかそう言った理由だろう」


 はは、すっかりお見通しだね。さすが父さん。

 

「まあ良い。いずれにせよ旅には出るつもりだったのだろう?

 お前の好きにやってみろ」


「寂しくなるけど仕方ないわね。

 でも良い? リオン。

 あなたの家はここなのだからいつでも帰って来なさい」


 父さん、母さん……

「お前達がいない間この家の管理は俺達でやっておく。心配するな」


 そりゃ有り難い。人の住まなくなった家は直ぐに朽ちるって言うからな。

 

 あ! じゃあ折角だ。


「父さん、母さん。風呂入ってみない?」

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