大毒蜘蛛掃討作戦-5
切り落とした脚の断面からドボドボと体液を滴らすが、巨大毒蜘蛛の動きは止まらない。
流石に脚一本じゃな!
続け様にもう一方の前脚目掛け剣を振るうが流石にそれは避けられてしまう。
簡単には行かないか……
何とかスキを作らないと。
両手剣を正眼に構えたまま巨大毒蜘蛛と暫し睨み合っていると、背後から「ぎゃっ!」と言う悲鳴が聞こえた。
思わずそちらを振り向くと名も知らない兵士がもう1人、大毒蜘蛛の犠牲になっていた。
嘘……だろ? 弱過ぎる。いや、戦い方を知らないのか?
対人戦ならまだしも害獣相手となると勝手が違うのは解る。
に、したって3対1で戦って勝てないって、もしかしてろくな訓練も受けていない新兵か?
見れば残ったもう1人の兵士も完全に怯え、腰が引けており今にも逃げ出しそうになっている。
シュレヒト殿下の一存で派遣出来るのは腰抜けの新兵がやっとって事か……
マジで人望無いんだな。
ガルテンさんも同じ事を思っているのか、諦めにも似た表情を浮かべている。
「リオン君危ない!」
やべっ! 後ろに気を取られ過ぎた。
直ぐ近くまで巨大毒蜘蛛の攻撃が迫る。
オレは咄嗟に剣を構え受け流し、勢い良く振り下ろされた前脚を紙一重で避けた。
危なかった、サンキューレイカ。
とにかくコイツを早く倒さないと……
ガルテンさん、もう少し保たせてくれ!
気ばかりが焦り、なかなか致命傷を与えられない。
切り込めば長い脚で防がれ、受け流される。
剣が当たっても硬い表皮と、その上に生える体毛で刃が滑りダメージが入っているのかさえ怪しい。
関節を狙おうにも、不規則に動く目標へ正確に当てるのは至難の技だ。
そのくせ巨大毒蜘蛛の攻撃は、残った7本の脚を巧みに使い、上下左右あらゆる所から仕掛けて来る。
全てを捌き切れる訳も無くオレの方は小さなダメージが累積していく。
このままじゃじり貧だな、つーかコイツでかいくせにスキが無い!
一本目を切り飛ばせたのは偶然かよ……
「リオン君!」
オレを呼ぶレイカを見ると何か考えが有るのか、オレを見てうなずく。
それに頷き返すと、レイカが何やら集中を始める。
もしかして魔法か? 母さんに習いには行っていたが使えるまでに上達してたのか!
とにかく魔法が完成するまで蜘蛛野郎の気を引かないと。
オレは巨大毒蜘蛛の注意がレイカに向かない様、ヒットアンドウェイに徹しながら必殺の一撃を打ち込む為、次の魔法を頭の中で練り上げる。
レイカの手に魔力が集まっていくのを感じられる。結構な量だけど大丈夫か?
下手すりゃ魔法放った後魔力枯渇でぶっ倒れるぞ。
レイカが両手を巨大毒蜘蛛に向けて突き出す。
今か!
それに合わせオレも巨大毒蜘蛛目掛け走り込む。
「パラライズ!」
レイカが絞り出すような叫びと共に魔法を発動させると、一瞬巨大毒蜘蛛の動きが止まる。
それは正にほんの一瞬だったが、勝負を分ける決定的な一瞬だった。
「食らいやがれ!」
練り上げた風魔法で跳躍力を増し、巨大毒蜘蛛の頭上高く飛び上がる。
落下の勢いに両手剣の重さを乗せ巨大毒蜘蛛の頭部目がけ思い切り兜割を叩き込んだ。
巨大毒蜘蛛は残った前脚で頭部を守ろうとしたようだが、剣の勢いは殺せず。
固い表皮を紙のように切り裂き、前脚諸共頭部から胸部にかけてを真っ二つにした。
体液をぶちまけながら崩れ落ちピクピク痙攣する巨大毒蜘蛛を尻目にオレはレイカの元へ駆け寄る。
「レイカ!」
レイカは魔法を放った後、案の定魔力枯渇でその場に倒れ伏していた。
「えへへ……ごめんねリオン君……あれが精一杯だったよ」
「いや、助かった。レイカのおかげでアレを倒せたよ」
「そっかー……良かった。あ、もう一匹は?」
オレは後ろで戦っていたはずのガルテンさんを見る。
「あっちも終わった見たいだ」
そこには血と体液に塗れたガルテンさんが倒した大毒蜘蛛の前で1人立っていた。
もう1人、残っていた兵士の姿は見えない。
やられたか……まさか逃げたか?
「休んでてくれ」
「うん……」
レイカを手近な木の根本に寄り掛からせガルテンさんに話しかける。
「ガルテンさん! 大丈夫ですか?」
ガルテンさんも無傷では済まなかったようで、金属鎧の左肩は吹き飛び、そこから血を流している。あの傷では左腕は動かせないだろう。
「全く情けない話だ。たかが大蜘蛛一匹にこれ程手こずるとはな」
吐き捨てるように言いガルテンさんがこちらに近づいてくる。
右手にはまだ剣が握られたままだ。
「リオン、話したい事が有る」
「オレもです」
ガルテンさんの言葉にオレは剣を握り直しそう答えた。
「単刀直入に言う。俺と一緒に王都へ来てもらう」
片手剣の切先をオレに向けながらそう言うガルテンさんに殺気は感じられない。
「何故ですか?何故ガルテンさんがシュレヒト殿下の手先なんかに……」
オレも両手剣を構えるとガルテンさんの歩みが止まる。剣と剣の先端同士が触れ合う距離。
つまりお互い必殺の間合いと言う事だ。
「やはり知っていたか。オイレから聞かされたか?」
苦渋の表情でそう問い掛けるガルテンさんにオレは頷いて肯定する。
「ならば話は早いな。大人しくしていれば痛い目に合わずに済むぞ?」
「オレの質問に答えて下さいください。
オレにはガルテンさんが何の理由も無くシュレヒト殿下に従うような人とは思えないんです!」
ガルテンさんが目をスゥっと細め、剣を持つ手に力を込める。
「ならば語らせてみろ、その剣を以てな!」
静から動へ一瞬で切り替え、ガルテンさんが切り込んでくる。
オレの持つ両手剣に軽く片手剣を当て逸らしたかと思うと一瞬で懐に入られた。
慌ててバックステップで距離を取るが追撃され、剣を振り下ろされる。
オレは両手剣を水平に構え受け止めるが、受け切れず右肩に片手剣の刃が食い込む。
くっ! 片手なのに何て重い一撃だ、しかも早い!
思わぬ一撃を食らい体勢を崩したオレの腹に今度は蹴りが飛んできた。
それをまともに受けたオレは後ろに飛ばされ尻餅を着く。
息が詰まり、一瞬焦点が合わなくなる。
ヤバイ! やられる!
オレは咄嗟に魔法を放つ。
事前に準備していたもう一つ、攻撃魔法の方だが、今はガルテンさんが少しでも怯んでくれれば良い!
魔法が発動し地面から先端の尖った岩がオレの前方に何本も突き出される。
「ぬう!」
ガルテンさんから次の攻撃は無い。
何とか体勢を立て直す暇が出来た。
目の焦点が合うと、突き出した岩の向こうに右脇腹の装甲が無くなり、そこから血を滲ませたガルテンさんが立っていた。
どうやら闇雲に放った魔法が掠ったようだ。
「まだそんな隠し球を持っていたか。やるじゃ無いか」
不敵に笑うガルテンさんだが、やや焦りの表情も見て取れる。
大毒蜘蛛との戦闘でも怪我を負っている上にオレの魔法攻撃も食らったのだ。
体力的には相当辛いはず。
オレは先ほど貰った右肩の傷を確認する、出血は有るが骨までは達していない。まだ剣は振れる。
「もう辞めましょう! これ以上は命に関わります!」
「ふっ、もう勝ったつもりか、舐めるな小僧!」
聞く耳持たずか……なら!
切先をオレに向け走り込んでくるガルテンさんに対し両手剣を大きく右後方へ引く構えを取る。
もう少し……今!
まだ剣の届く距離では無いにも関わらず、オレは勢いよく振り抜き正面で手を離す。
オレの手を離れた両手剣は真っ直ぐガルテンさに突き進む。それを追うように走りながら、右手で父さんから貰ったショートソードを引き抜く。
「甘いわ!」
両手剣は易々と叩き落とされ、ショートソードの一撃も片手剣で受け止められてしまう。
「どうした! そんなものか!
……なに?」
オレの左手にはレイカから貰った銀のダガーナイフが握られ、それはガルテンさんの無防備な右脇腹に突き立てられていた。
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