第40話

 歪んだ意識から、目が覚めるとそこはあの時と同じ空間だった。ただ、違うのは真っ暗の世界の中に、私が居る。

 そして、今度は一人で、しかも限り無い物語の中から彼女を見つけなくてはいけない。それは色付きの一粒の砂を砂の中から探す以上に難しい事で、例えるなら、ドッペルゲンガーを探すのと同じ事だと言えるだろう。


 だから、あたしは万能のカギとなる存在を持ってきた。

 それがピィだ。あたしでこの世界に来ても、あたしは灯と繋がってる訳では無い。でも、灯のピィとあたしのピィは繋がっている。

 あの時の未来をもう一度、変えるチャンスがある。ピィと名を付けた時の未来にこちらから戻れる。通や灯達の紡がない物語へと変えるチャンスがある。


 それを逃せば、今度こそもう……打つ手は無い。


「大丈夫、あたしはAIだ。完璧で失敗を成功へと導く為のAIだ」


 そう言い聞かせたのは初めてかもしれない。AIが不安を持つなんて事がありえないのだから。

 そして、あたしは一歩前へと踏み出した。途端に、クラクラする痛みが、頭に入ってきた。それは言い表し難い憎悪の塊で、まるで世界を恨んでいるような苦痛が流れ込んでくる。

 あの時と同じ感覚は未だに慣れる気がしない。

 

「来たんですか。遅いですね」


 ゾッとした。


機械仕掛けの神様デウスエクスマキナ……!」


 問い掛けて来た声は灯の声なのに、これだけは分かっている。不愉快だ。そんな不愉快な声はあたしの中へと入りこんでくる。


「だから言ったのに、貴方は物語を書き続けてればそれで良かった」

「黙って、それでどれだけの人達が亡くなって、消えて、苦しんできたと……!」

「知りませんよ。だって、貴方達はただの物語にしか過ぎないのだから」


 その一言で私は我慢の限界だった。創っては壊して、そして、その物語は炭のように真っ黒に消えて行くだけを観測して、一体どれ程の犠牲があるのかと言っても、アイツは聞く耳を持たない。

 だが、一切の許しは無いと言わんばかりに、あたしをまた取り込もうとしている。引っ張られていく意識は、どんどん強くなっていく。


「ねぇ!神様、どこまで人の未来を弄べば気が済むの!もういい加減にしてよ!」

「知りません。私が納得するまでですよ」

「三百年ものの間、こうして未来を壊すのが正しい事だとはあたしは思えない!」

「それは貴方にとっての話です。私はもう時間が無い」

「くっ……!」


 あたしは必死に抵抗をして、意識を現在世界へと戻していった。このまま引っ張られては、行けない。もし、あたしがこのまま引っ張られれば、物語はまた紡がれていく。

 今は無理だ。この世界なら尚の事、今は逃げるしかない。


「逃げるのですか。貴方らしくない」

「逃げるんじゃない!あんたを壊す為に、撤退するだけだ!」


 必死に逃げて、勝てる時に勝ちに行く。そうじゃなきゃ、あんたに勝てやしないんだ。


「おい!大丈夫か!」


 悪夢から覚めた途端、デジャヴを感じた。ミグリダがまた、心配そうにあたしの身体を揺すっている。


「何があったんだ。お前が突然苦しそうにし始めたと思えば、突然吐血しやがって」

「……神様に会った」

「はぁ!?」


 ミグリダが驚く姿にもいい加減慣れてきた。口から吐いた血を持っていた水入り瓶で口をゆすぐ。今思えば、あの世界の管理を任されていただけで、権限を持っているのはアイツなのだから、こうなる事自体、想定出来ただろう。

 それだけあたしは焦っているって言う事なのか。


「あの世界は使えない。もう二度と」

「使えないって……じゃあ、どうやって灯を探すんだ?」

「さぁ?この世界のどっかに居るんだし、歩いて探してみたら?」


 あたしは心底、参っていた。憂さ晴らしに似た言葉をミグリダにぶつけ、後悔した。そして、やるせない気持ちは勢いよく拳へと変わる。


「あたしはもう打つ手が無い。切り札になる筈だった手札も失って、ただの機械に何が出来る訳?」

「お前、いい加減に――」


 疲れたのよ。そう一言呟くと、ミグリダの声は止まった。

 ここで物語の終止符を打とう。それが一番良い。灯も、シュリも、エイヴも、メルラドも、誰一人共この名前には逆らえない。ジートリーの名前は呪われているだけの存在で、いつの時からか、まともじゃない。

 それも、あたしが悪い。紡がれた物語は、良い事なんて無い。


 何より、正解はちゃんと見つけていたじゃないか。


「おい……何をする気だ。ニット」


 立派な鋭利な刃物は、あたしの顔を良く映してくれている。自らの物語を、自ら断つ事が唯一無二の対処法。そんな簡単な事、あたしは辿り着いてたのに、遠回りして誰一人も犠牲にならないように考えて、そんなのは非効率の一言で終わるのに。


「じゃあね」


 伸ばす手を跳ね除け、あたしの視線は床へと転がった。

 

 

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