第39話

 幼い時間が目の前に広がっている。シュリとエイヴは、あの時の様相のまま微笑ましく、佇んでいる。

 誰かに咎められている訳でも、醜い事をされて居る訳でも無い。二人はただ、笑顔で楽しそうに遊んでいた。


 「なんで……」


 あたしは、目の前に広がるその現状が嘘だと思いたかった。これは彼女達が望んだ美しい未来。今までの苦労は何だったのかと、憤りさえ覚える程の事が今正に目の前で起きている。


「ねぇ、何で助けてくれなかったの?」


 彼女達は息を合わせるように、そう言い放ってきた。微笑ましく笑って居る筈なのに、眼は鷹のようだった。あたしは動けなかった。


「ねぇ、何で壊したの?お姉ちゃんが壊したんだよね?」

「違う……」

「違わないよ。お姉ちゃんがお母さんを可笑しくさせたんだ」


 じりじりとにじり寄ってくる彼女達にあたしは酷く怯えた。正直、何を言ったかも覚えてない。ただただ、助けられなかった未来から強く脅迫されていたのかもしれない。

 あたしは自分勝手なんだとそう認識するのは遅くは無かった。


「……い!」


 今度は誰かが呼んでいる。


「おい、しっかりしろ!」


 少しずつ意識が戻っていくと、抱きかかえられてはミグリダから必死に起こされていた。


「あ、れ。シュリは?エイヴは……?」

「何、訳分かんねぇ事言ってんだ!この部屋に入った途端、倒れやがって!」

「ごめん、少し放っておいて」

「はぁ!?今度は何だってんだよ!いい加減に――」


 そう言いかけたミグリダは、あたしの顔を見て、ふと罵倒を辞めてしまった。罵倒するならしてしまえばいいのに、そんなにあたしの顔が可笑しかったのか。


「お前、泣いてんのかよ」

「悪いかしら?」


 他愛のない返事と共に、頬からツーっと涙が流れて行く。やっぱり、まだあの時未来を救えなかった事を後悔してる。幾ら、合理的にかつ心を持たないあたしだっていうのに、ここでの【後悔】を忘れようとは出来なかったようだ。


「ったく……何事かと思ったぞ。入った瞬間、倒れやがって……」

「ごめんなさい。あたしの嫌な過去を思い出しただけよ」

「お前にも嫌な過去あるんだな。正直、感情論の無いポンコツだと思ってたが、そうじゃないみたいで安心したぜ」


 一言、余計よ。そう言って、あたしは倒れた身体を起こす。あの時のまま、何ら変わらない場所。それはあの時自分が監視者としてここに居た事実を平然を語っていた。ここはただの地獄でしかないというのに。


「ま、落ち着くまで少し休んでいろよ」


 そんな言葉を他所に、あたしは、寄りかかっていたテーブルの上に、ピィを置いて早速、意識のピィの中へと集中する。


「……」

「おい、休んでろって」

「黙ってて」

 

 人が心配してるってのに……と戯言が聞こえてくるが、無視してあたしは全神経を使うような意識の元、ピィの中へと滑り込んでいく。戦闘していた時は時間が無かったから、まともに意識を溶け込ませることは出来なかったが、ここなら戦闘が起きる心配も無い。


「フゥ」

「ピィの中に入ってたのか。お前」

「ソウヨ」


 あたしはふよふよと、自分の身体にピッタリ収まる場所へと入る。ピィがやっていた事を今度はあたしがする番、あっちの世界がどんな風になってるかは分からないけれども、灯と繋げる事ぐらいはもしかしたら出来るかもしれない。


スコシノアイダ、タノムワヨ少しの間、頼むわよ

「何すんだ?つか、どのくらい待ってろってんだよ」

ワカラナイ、イチネンカモシレナイシ。分からない。一年かもしれないし。ソレイジョウカモシレナイそれ以上かもしれない

「はぁ!?」


 未来の世界へとあたしは飛び立つ。あの世界に、また行く事になるなんて思いもしなかったけれど、でも、今度は違う。灯を救う為、そして、機械仕掛けの神様に一撃でも報いる為。

 それが例え、無駄だと分かっていても尚、あたしは前を向いていくんだ。 


 遠退く意識と共に、あの男の声が少しずつ消えて行った。

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