第36話

「言いたい事は大体、分かったんだが、そのイレギュラーだったメルラドは既に死んでいるんだろ?」

「そうね、死んでるわ。既にもう、彼女の物語は幕を下ろしている」

「つか、メルラドは物語の幕を自らの手で下ろしたっても言ってたよな?なら、メルラドの物語は紡がれてない事になる。そしたら、この世界にイレギュラーは存在しないんじゃ無いのか?」


 あぁ……やっぱり、この男は堅いわね。頭でっかちにも程がある。


「なんだよ、大きく溜息なんて付きやがって、間違った事言ってんのかよ」

「言ってはいないわ。言ってないけれど、間違ってもいるのよ」

「はぁ?」


 あからさまに、不機嫌そうにするミグリダを見て、あたしは無視をして話を進める。


「良い?元々は、メルラドの一矢報い残酷な方法で、ジートリーの未来は止まったの」

「でも、灯って奴がロボットにピィって名付けたから、またジートリーの名が紡がれたんだろ?」

「正確には、あたしと紡がれてしまったんだけど……まぁ、良いわ。そこまで気づいていて、何で分からないかしらね」


 呆れて、正直何も言いたくは無かった。ここまで、答えを見せておいて、何故彼は分からないのだろうか。


「ったく、いい加減にしてくれ。教えるのか、教えないのか。はっきりしろよ」

「……ねぇ、貴方白紙の物語って知ってる?」

「突然、なんだよ」


 この世界には、紡がれた物語と白紙の物語がある。


 紡がれた物語は、雁字搦めの如く、交差された物語が紡がれていく。これがジートリーだ。白紙の物語は、正にその通り。何も描かれてないし、物語として存在はしていても、中身が無い。


「灯は、白紙の物語に該当するの」

「あのさぁ、頼むから俺にも分かるように説明してくれ」

「じゃあ、単刀直入に言うわね」


 物語として、描かれてない灯の物語に、ジートリーの名を継いだ者が出る必要があるのよ。

 何故、分からないのかしら?私はこうして口火を切った。


「それはエイヴであって――」

「違うわ。エイヴは、あの世界を壊す為に現れたただの異邦人、ジートリーの名の血族では無いわ」

「んじゃあ、また別に居るのかよ……」

「いいえ、あの世界には、エイヴ以外のジートリー本人は出て無いわ」

「もうさっぱりなんだが、お前が言っている事は余りに矛盾が多すぎる!」


 あたしがポンコツAIと言われる理由もわかった気がするわ。きっと、あたしは説明下手なのだろう。

 矛盾した要素なんて何処にあるのだろうか?仕方無く、あたしはもう一度説明を行う。


「灯の物語は、白紙の物語。存在していても、それは灯が創るべき未来であって、ジートリーは干渉出来ない」

「けれども、イレギュラーを起こしたのは事実よ。でも、そのイレギュラーはジートリーが居なければ、そもそも物語として成り立たないのよ」


 大分、小さくまとめたつもりだけれど、これでも分からないようなら――もう駄目ね。とことん、頭が回らないとしか思えない。

 ミグリダは必死に頭を回しているのか、苦悶の表情を浮かべる。だが、それも少しして青ざめていった。どうやら分かったようね。


「やっと、分かったの?本当に頭でっかちね」

「白紙の物語の中に、直接的に、ジートリーの名が受け継がれた。と?」

「そうよ。最初に、ピィと名付けるまでは、本来無かった物語」

「ピィと名付け、そしてジートリーの名が紡がれた結果、白紙の物語は上書きされた」


 今、この場で灯の血族――そう、物語として観察していた時に出ていたお姉さんがになったのよ。


「そして、あたしがこの世界で臨めば、彼女は生きている事になる」

「なんだそりゃ……屁理屈見たい事言いやがって」

「間違った事は言ってないわ。少なくとも、メルラドは灯のお姉さんでなくてはこの物語は成り立たない」



 正直、あり得ないとは思う。けれど、ジートリーの名は、彼女達が紡いできた物語。決して、他人が受け継いで良いお話ではない。

 最後のジートリーが、灯とあたしとなった現状。錆びた神様でさえも不干渉するしかない。

 何故ならば、あくまで干渉できるのは一つの物語だから、この世界は操られたジートリーの物語と自分で操る事の出来るあたししか居ないのだから。


「但し、灯がこの世界を救うただ唯一の存在よ。それは間違いないわ」

「待て、お前じゃないのか?つか、この世界についても未だ訳が分からないのに灯が世界を救う?ちゃんと教えろよ」

「ミグリダ、貴方、本当に他人任せね」

「うるせぇ!しゃーねぇだろうが!お前は全ての未来を見てきたんだろうが、俺はただの一般人なんだよ!」


 大きく溜息を漏らすと同時に、座っている椅子を揺らしながら、煙草を吸うミグリダ。確かに、巻き込んだのはあたしであることは間違いないとは思うが、幾ら何でも横暴すぎる。

 自分から付いてきたいと願ったのに、これではどっちが主導権を握ってるのかさえ、分かりもしない。


「……んで?その、肝心の灯って奴は何処に居んだよ」

「分からないわ。分かる訳無いじゃない」


 瞬時、椅子は空を舞い、奇声が宿屋一帯に広がった。

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