第22話
消え去っていく。見えなくなっていく。
ぃや、やめ、やめて…っ!
「…君が僕を助けられなかったのは、君の傲慢だ」
薄暗い部屋で、彼はそう言ってきた。
「違う、違う違う違う…っ!」
酷く唸る頭痛を、両手で押さえながら、私は否定した。
私が悪い訳じゃない、助けられなかったのは私が―――
「君が、僕を助けなかったのは、僕が要らなかったからだろう?」
邪魔、だったんだろう?消えてほしかったんだろう?
僕はこんなにも君を愛していたのに、酷いね。
君は―――僕を殺したんだ。
「違う…違う!!そうじゃない。私は、私は―――っ!」
そっと頭をあげ、彼を見る。
血まみれになっている姿に、睨むような瞳が冷たく私を刺す。
「いや、…やめて、来ないで…っ!」
どさりと尻餅をつく、私に向かって近づいてくる彼
「僕だよ?――なんで、離れるのさ」
そっと、触れようとしてくる手がひんやりと感じ取れ、私は必死に払いのけた。
"君が僕を殺したんだ"
ぁあ…っああぁぁあああぁあ!!!
「姉さん!?」
「いや、いやぁ…っ!」
僕が帰ってくると、姉さんは何かに怯えたように叫んでいた。
身体を震わせ、大粒の涙を流しながら、ブランケットに包まり、むせび泣いている姿は酷く無残な姿と言える。
最近、ずっとこうだ。彼を亡くしてからというものの、徐々にやつれていく姉さんを僕はずっと見ている。
既に、3年は立っているのに、相も変わらず、この調子だ。
出掛ける事もない、怯えた子犬みたいに泣き叫ぶ日々。
時々調子が良い時は、ボーっと教会の方を見つめては、お祈りをしながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と、しか言わない。
まるで出来の悪いカラクリ人形みたいだった。
そんな姉さんを抱きしめ、僕はこういった。
「姉さんは悪くないよ、姉さんは頑張ったんだ。――だから、いい加減戻っておいで」
姉さんを励ます事しか出来ない僕は一体、どうしたらいいのでしょうか?
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
姉さんがこうなったのは、
真偽病は、真実と虚偽の狭間に陥ってしまってしまう精神病らしい。
姉さんの場合、彼を殺したのは姉さんであるという虚偽と、本当はただの事故であるという真実が重なってしまい、起こってしまった。
アレは僕が見てもただの不運な事故でしかない。
瞬間技術の応用によって、A地点とB地点を繋ぐ境目の研究をしていた姉さんの彼氏は、被検体として自分を使った。
これで出来る事は、今まで人類が無しえなかった瞬間移動の技術。
勿論、結果は失敗に終わった。
移動した先には、焼け焦げた肉体の腐臭に合わせ、見るも形もない人として仮の原型しか留めてないその状況は正に、非常としか言えなかった。
誰がどう見ても、姉さんは悪くない。姉さんは、止めていた。責めて、動物を使ってからにしようと。
でも、彼氏は結果を早くに求めすぎた。
その結果がこれなのだ。
「あぅあ…あぁ…ぅぁぁ…」
まともに喋れない姉さんを、僕はまた撫でた。
「姉さん…」
泣きたいのは、僕だってそうだ。
大事な一人の家族を、こんな風になってしまったのに、僕はただただ見守る事しか出来ない。
一体、僕は何をしてきたというんだ。
医者として、勉学に励んできた実績があるのに、家族の一人も救えやしない。
救えなくて、何が医者だ。名医だ。
持て囃される為に、この三年間を勉強に注いだ訳じゃないんだ。
「ぅう…」
唸る姉さんを他所に、僕は内心気が狂いそうだった。
どんなに良い薬草があっても、調合薬が出来ても、姉さんは救えていない。
その事実だけがただ目の前であって、そして事実として残っている。
「――ごはん、食べよっか」
目を逸らして、僕は台所へと向かった。
chapter2
【兄弟愛にとって、最も大事なのは支え合う事。支点が無くなれば、重みに耐えかねた愛は潰れていく】
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