第22話

 消え去っていく。見えなくなっていく。


 ぃや、やめ、やめて…っ!


「…君が僕を助けられなかったのは、君の傲慢だ」


 薄暗い部屋で、彼はそう言ってきた。


「違う、違う違う違う…っ!」


 酷く唸る頭痛を、両手で押さえながら、私は否定した。

 私が悪い訳じゃない、助けられなかったのは私が―――


「君が、僕を助けなかったのは、僕が要らなかったからだろう?」


 邪魔、だったんだろう?消えてほしかったんだろう?

 僕はこんなにも君を愛していたのに、酷いね。


 君は―――僕を殺したんだ。


「違う…違う!!そうじゃない。私は、私は―――っ!」


 そっと頭をあげ、彼を見る。

 血まみれになっている姿に、睨むような瞳が冷たく私を刺す。


「いや、…やめて、来ないで…っ!」


 どさりと尻餅をつく、私に向かって近づいてくる彼


「僕だよ?――なんで、離れるのさ」


 そっと、触れようとしてくる手がひんやりと感じ取れ、私は必死に払いのけた。



             "君が僕を殺したんだ"



 ぁあ…っああぁぁあああぁあ!!!


「姉さん!?」

「いや、いやぁ…っ!」


 僕が帰ってくると、姉さんは何かに怯えたように叫んでいた。

 身体を震わせ、大粒の涙を流しながら、ブランケットに包まり、むせび泣いている姿は酷く無残な姿と言える。

 最近、ずっとこうだ。彼を亡くしてからというものの、徐々にやつれていく姉さんを僕はずっと見ている。


 既に、、相も変わらず、この調子だ。

 出掛ける事もない、怯えた子犬みたいに泣き叫ぶ日々。

 時々調子が良い時は、ボーっと教会の方を見つめては、お祈りをしながら「ごめんなさい、ごめんなさい」と、しか言わない。


 まるで出来の悪いカラクリ人形みたいだった。

 そんな姉さんを抱きしめ、僕はこういった。


「姉さんは悪くないよ、姉さんは頑張ったんだ。――だから、いい加減


 姉さんを励ます事しか出来ない僕は一体、どうしたらいいのでしょうか?


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 姉さんがこうなったのは、真偽病しんぎびょうという病が原因だ。

 真偽病は、真実と虚偽の狭間に陥ってしまってしまう精神病らしい。

 姉さんの場合、彼を殺したのは姉さんであるという虚偽と、本当はただの事故であるという真実が重なってしまい、起こってしまった。

 アレは僕が見てもただの不運な事故でしかない。

 

 瞬間技術の応用によって、A地点とB地点を繋ぐ境目の研究をしていた姉さんの彼氏は、被検体として自分を使った。

 これで出来る事は、今まで人類が無しえなかった瞬間移動の技術。

 勿論、結果は失敗に終わった。

 移動した先には、焼け焦げた肉体の腐臭に合わせ、見るも形もない人として仮の原型しか留めてないその状況は正に、非常としか言えなかった。

 誰がどう見ても、姉さんは悪くない。姉さんは、止めていた。責めて、動物を使ってからにしようと。

 でも、彼氏は結果を早くに求めすぎた。

 その結果がこれなのだ。


「あぅあ…あぁ…ぅぁぁ…」


 まともに喋れない姉さんを、僕はまた撫でた。


「姉さん…」


 泣きたいのは、僕だってそうだ。

 大事な一人の家族を、こんな風になってしまったのに、僕はただただ見守る事しか出来ない。

 一体、僕は何をしてきたというんだ。

 医者として、勉学に励んできた実績があるのに、家族の一人も救えやしない。

 

 救えなくて、何が医者だ。名医だ。

 持て囃される為に、この三年間を勉強に注いだ訳じゃないんだ。


「ぅう…」


 唸る姉さんを他所に、僕は内心気が狂いそうだった。

 どんなに良い薬草があっても、調合薬が出来ても、姉さんは救えていない。

 その事実だけがただ目の前であって、そして事実として残っている。


「――ごはん、食べよっか」


 目を逸らして、僕は台所へと向かった。

 

chapter2

【兄弟愛にとって、最も大事なのは支え合う事。支点が無くなれば、重みに耐えかねた愛は潰れていく】

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