第12話

「シュリ」


 おばばの声で私は不安を覚えながら、自分の身体を起こした。いつまでこうした生活を送ればいいのだろうか。


 彼女の名は、ジートリー・シュリ

 5歳で父親に死の紙が届き

 7歳には、母親が消え、目まぐるしい絶望が彼女の眼を汚した。

 10歳にして受け止めた魔族としての淫行は

 12歳ながらにして、強く抱きしめた運命に抗う事もせず、

 淫魔としての名を通したてた。


 サキュバス。聞いた事はあるだろう。淫行を重ね、相手の生命を吸い取り、永遠の若さと潤しさを永らえさせる魔の物。


 シュリは、12歳にしてサキュバスとしての名を轟かせた。それはきっと、不名誉な事だろう。紅く濁った色の髪に蒼く美しい蝶の髪留め。

 お尻には、小さく生えた悪魔のシンボルの尻尾。美しいとは言い難い、幼い童顔。そんな瞳は、誰かを待っている幼気な少女。

 そんな彼女も13歳の誕生日を迎えた。


「おめでとう」


 しがれた声で、微笑ましく彼女を祝うおばば。シュリも心なしか、嬉しそうにしている。目の前に広がる様々なごちそう、ケーキはごちそうに取り囲むように置かれて、賑わっている。

 そして、そのケーキに切れ目を入れようとするとおばばの手が止まった。


「シュリ、お前さんももう13歳だ」

「……そろそろ、見つけても良いのではないのかえ?」


 おばばのその一言でシュリの顔は曇る。


「シュリ。嫌な顔をせずに聞いておくれ」

「わしとて、もう歳も歳じゃ、このまま居てもシュリ、お前は――」

「聞きたくないよ。おばあちゃん」


「もう、あんな事したくない」

「さようか……」


 おばばの願い、それは淫魔としての相方を見つける事だ。シュリは精力を食っていかなければ、生きていく事はできない。

 だが、それはシュリ自身が拒んだ。


 仕方無い事ではある。10歳で乱交などされれば誰とて恐怖を覚える事だろう。

 けれど、いつまでおばばから精力を受け渡されても生き永らえるのは厳しいのも事実。


 シュリ自身が自ら誰かを食わなければ、何れ息絶えてしまう事だろう。


「おばあちゃん。私は……」

「分かっておる。辛いのは、じゃがな。そうして居ても何れはお前さんが死ぬだけじゃぞ」

「母親を探すのではなかったのか?――辛く当たるようじゃが、明日にはこの家を出ていきなさい」


「おばあちゃ――」

「分かったね?」


 キツイ目つきが、シュリを突き刺す。シュリは小さく頷く他無かった。

 楽しい筈の13歳の誕生日。

 シュリにとって、それは最悪の門出となった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「それじゃぁ、行ってくるね。おばあちゃん」

「あぁ、気をつけてな」


 ドアに手を掛けるシュリ。その手は震えており、まだ怖さを拭えてない様子だった。


「あぁ、そうだ。シュリ」

「もし、辛くなったら帰ってきても良いんじゃからな」


 背中から掛けられた最初で最後の優しい言葉。シュリは泣きそうになりながらも、こう言い放った。


。私は、おばばに追い出されるんだからっ」


 おばばの姿を見ずに、勢いよくドアを開け、強く閉めた。

 もう戻る場所がない。そんな事はシュリが一番知っていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 古びた模型品と呼ばれた街「シグナルウォート」


 シュリが旅立ってから数分、昔ながらの機械仕掛けで作られたその街へと足を運んでいた。

 賑わう街並みを他所に、人通りの少ない場所へとシュリは足を運んでいく。


【big to big】と書かれた看板を見つけると、中へと入る。

 すると、見知ったおじさんが声をかけてきた。


「おぉ、シュリちゃん今日はどうしたんだい?」

「追い出されたの。おじさん、宿空いてる?」


 宿屋のおじさんは、小さな女の子が臆せず当たり前のように追い出されたと言われた事に驚きを隠せず、数十秒の沈黙の時が流れた。

 それに対して、シュリは小さくため息をつき、こう続けた。


「おじさん、お金はあるよ。はい」


 ドサリと金貨が擦れ合う音と共に、置かれる袋。


「あ、あぁいや、違うんだ。とりあえず、部屋は開けとくよ」


 鍵を渡し、続ける宿屋の店主


「それと、代金は要らないよ。君のおばばにいつもお世話になってるからね」

「んーん、今はシュリだけだからちゃんと払うよ。もう、おばばから捨てられたから」

「捨てられたって、何したの?シュリちゃん」

「――今は答えたくないかな。とにかく、おじさん、当面、ここに泊まるから宜しくね」


「分かった。それならちゃんとお代も受け取るよ。それと、何か困ったことがあれば、言ってくれ。いつでも聞いてあげるから」


 ありがとう。とシュリはそう言って、鍵を手に部屋へと歩いて行った。


 ドアを開け、まず最初にシュリがしたのはベットへのダイブだった。

 ぼふんと暖かな陽気と優しい匂いがシュリを包んだ。

 数日はここで、止まって、獲物は何れ探せばいい。

 そんな風に考えながら、寝息へと誘われて行くのであった。


chapter1

【優しいサキュバスは死へと直走る。何故ならば、襲えないからだ】




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