第10話
空を飛ぶ。魔術においては、基礎的な事なのかもしれない。
当たり前のような事を言うエイヴに対して私はどんな間抜け面をしていたのだろうか。
「…アカリ…?大丈夫?」
「え、あぁ。大丈夫。それより、本当なのそれ?」
本当よ。と言いながら、彼女は地面に紋様を描き始める。
複雑に組み込まれた魔術の式は私にはわからないが、彼女は当たり前のように書いていく。
「ほら、出来たわよ。アカリ私に掴まって」
腰辺りに、しっかりと抱き着き、彼女は詠唱を始める。
異言語のせいなのか、意味は全く理解できない。が、それとなく神聖な雰囲気に取り込まれそうになっていると自分の足が宙に浮く感覚が現れ始める。
フワフワとした浮遊感に違和感を覚えつつも、彼女は平然としながら、上空へとゆっくり飛ぶ。
「アカリ、何処に下りればいいの?」
「そこに降りて」
分かったわ。と、一言告げると私が指をさした方向へと向かってゆっくりと進み始める。
凄いと思いつつも、一つ言えるのは、人類は空を飛んじゃ行けない。だって、こんなにも気持ち悪く感じるのだから。もし、私に羽が生えても飛びたくはない。
屋上へと降り立ち、まだ感じる違和感に酔いを覚えながらも私は屋上扉から下へと降りていく。そこに、居るはずの彼に会いに行きたい。
会いたい。誰だってそうだ。愛人、親友が音沙汰無くなれば心配になる。
急ぐ駆け足に私はエイヴを少し遠ざけるように移動していく。ただ、階段を下りていくだけなのに、エイヴは慣れないようだった。
一つ、一つ扉を見つけては回っていき、開けては探して、開けては探してを繰り返していく。
居ない。ここにも居ない。
警戒をすることすら怠り、ひたすらに、そして闇雲に扉を開けては部屋の中を探索していく。
そして、ついに
徹の死体だった。
いや、死体とは呼び難い。生きている死体なんだと、思った。
そして、私は思考が一瞬止まる。涙が出ない。それより、今ある目の前の光景が訳が分からない。
吐き気もしない。叫ぶ事も出来ない。一体、何がどうなっているのかも理解できない。頭がどうにかなりそうだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
私の記憶はそこまでだった。意識が飛んでいたのか。景色は夜。煌びやかなオーロラがこちらを見ていた。
死んだ……?いいや、死んでなんか居ない。
「いいえ、残念だけど、彼は…」
止めて、そんな顔しないで。エイヴ。
私は認めたくはない。認める以前の問題だ。
徹は生きている。
死んだなんて思う事も認める事も許さない。
許さない。
……
「アカリ……」
「ごめん、ちょっと今は、無理」
数秒のだんまりの後、エイヴは察したのか。分かったわ。と一言言ってくれた。
ありがとう
私は、ここで初めて泣いた。力強く泣いた。粒の涙を流し、大声で叫んだ。
理解なんて追いつく訳がない。追いついたら、それは認める事になる。
それだけはどうしても嫌だった。けれど、人間というのは残酷だ。
どうやってもそれを理解させようとしてくる。
徹は死んだのだ。
chapter10
【愛する者の死は考えたくはない。"現実逃避"をする】
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