第6話

 ダメ、間に合わない。

 襲ってきたオオカミは、エイヴに向かって牙を剥き出して、馬乗りの状態へと持ち込む。


「ちょ、こら、やめっ!」


 必死に、もがき暴れるエイヴだが、非力な彼女が抜け出せる訳もなく、そのまま

 首へと牙を立て、噛み付かれる。苦悶の声は、潜んでいた動物達を驚かせた。


 魔性が体内へと入ると、急速に活発化してしまう為に起きる痛みは想像を絶している。精神が焼き切れ、精神と肉体を剥がされていくような感覚は、まるで花びらを一枚一枚千切っていく様と同じだ。なのに――


「なーんてね」


 エイヴはオオカミを突き飛ばし、起き上がったのだ。


「咄嗟に書いて良かったわ。危なかった」


 息を荒くしながらも、何とか立ち上がるエイヴ。

 私は一匹目の処分を終え、おそるおそる近づいていく。


 暴れた形跡と同時に小さく書かれた異文化の文字が地面に書かれていた。それは光を増していき、書かれている所から何故か音が聞こえ始める。


 終末を迎えかけている世界とは思えない程のリズミカルな音は更に大きくなっていった。場の神聖な雰囲気に、飲み込まれていきそうになる中、エイヴが言葉を発した。


「ごめんなさい。でも、詩術士として、出来る限り苦しめずに――」


 捻りだすような小さな声で彼女は言う。

 息を大きく吸い、頬を伝う一滴の涙を流している彼女は詠い出した。


 古き森で生きる民よ 踏み入ったのは私達だ

 許せとは言わない 彼方達も生きる為に必要だからだ。

 民達は、群れを成した。殺意を刃に、獲物を屠るだろう。

 

 けれど、私達も黙って命を失う訳は行かない。

 貴方方、民を想い、この敬意を払う。

 ろうよ。この道、譲らなくとも

 この場を押し通り、貴方の命を大地へと返す事、許してくれ


 一通りの事が終わった。

 光に包まれていたオオカミは、消えており、オオカミが倒れていた傍には、芽を出したばかりの植物だった。


「一体、どういう事なの」


 不思議に思っていると後ろから倒れる音がする。


「偉く読み解くのに時間が掛かったわね」


 エイヴは余程、力を消耗したのか。動く気配もなく、その場に倒れていた。地面に寝っ転がったまま微動だにしないエイヴからは、深い溜息が零れ出た。


「大丈夫?」

「大丈夫な訳無いじゃない。理から魂を解き放つのに、どれだけの契約手順と―――」


 怒った様子で、喋るエイヴの口を手で抑える。

 


 こちらを見ている多数のオオカミたちが睨みつけてくる。

 状況は芳しくない中、もがくエイヴが手を退けろと、必死に抑えている手を剥がそうとしてくる。


「黙って、お願いだから」


 こんな時まで暴れられたら、困る。足手まといになりかねない彼女を置いていく事も可能だが、それはしたくない。


「ぷはっ、もう大丈夫だから、言わなかった私も悪いけれどね」


 抑えていた手を何とかどかしたエイヴは苦笑いしながら、言った。


「どういう事よ?」


 エイヴが、胸元に掛けていたであろう笛を口でくわえ、吹き鳴らした。

 木々が音のリズムで揺れ動くようざわめいた。

 それは共鳴するかのように、そして、オオカミ達が一斉に飛び出してきた。


「ちょ、バカじゃないの!」


 咄嗟に、背負っていた鎌を構えようとする私をエイヴは止める。


「大丈夫だから、もうあの子たちは襲ってこないわ」


 エイヴがそういうと、オオカミ達は確かに襲ってくる気配が無かった。


「何なのよこれ」

「詩術士はね、マナに―――じゃなかった。魔性に、穢れた獣や人達を浄化するのが役目なの」


「だから、彼らはもう既に侵されてなど居ないのよ。今はこの森に住むだけの民にしか過ぎないわ」


 私は驚きを隠せなかった。

 今まで、敵として立ち塞がった者達を、たった数分で鎮め、使役したのだ。


「ただ、アレほどの数となると、器が欲しかったから一匹依り代にしてしまったのは申し訳ないけどね」


 先程のオオカミの事だろう。そして、荒むこの世界において、彼女の能力は計り知れない程の力を、持っている。

 私は、改めて彼女の凄さを実感した。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 その日の移動は止めた。エイヴの力が戻るまでは、進めない方が良いと考えたからだ。夜更けが、来て、夜空にはまたあのおぞましくも、美しいオーロラが天を覆う。


 燃えている焚火で、暖を取る私やエイヴの傍には、オオカミの群れ。彼らは、ただじっとエイヴを護るように周りを警戒してくれていた。


「ふぅ、ごめんなさいね。アカリ。私が油断しなければ、こうもならなかったでしょう?」

「良いのよ、説明しても実戦でどうなるかなんて、分かりやしないもの」


 それより、エイヴの能力が私にとっては宝だった。勿論、エイヴも大きく疲弊してしまう以上、デメリットがあるとは言ったものの

 それを鑑みても、この世界を救う救世主になりかねない。


 彼女の能力を覚える事が出来れば、オーロラを止める事が出来なくとも、襲ってくる獣や魔機を抑える事が出来るかもしれない。


「エイヴ、ねぇ――」


 私が、彼女にその能力を私でも使えないか?と言いかけた所に対して、エイヴは横に振る。


「言いたいことは分かるわ。私の能力を教えてほしいんでしょ?――でも、それは無理な相談ね」


 エイヴは見透かした顔で、苦笑する。


「何か特別な血筋が必要とか、そういうのじゃないの。この能力はね」


 なの

 彼女の瞳は、ゾッとするほど冷たい物だった。


 chapter6

【師弟関係とは、常に表裏一体。故に、残酷、非道、"無責任"】

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