第5話

 目が覚めた。瞬間、強い刺激が自分の目を襲う。痛みではないそれは、久々の晴れ晴れとした日中の空だった。


「あら、起きた?」


 彼女は焚火の火を確認しつつ、私に声を掛けてきた。

 吊り下げられたポットの中には、ぐつぐつといい匂いが漂ってくる。何かを作っているようだ。


「本当は朝ごはんとして作ったんだけど、貴方よっぽど疲れてたのか。お昼まで寝てたのよ?」

「ま、無理はないだろうけどね。あれだけのマナに侵されてたんだもの」


 もうそんな時刻なのか。と、思いつつも、私は寝床から起き、彼女の隣に座る。

 散らかった瓦礫の山の上ではごつごつとして痛いが、そんな大層な事も言ってられない。


「……ねぇ、私を連れてってよ」

「良いわよ」

「そうだよねー。無理だよね―――って、今なんて?」

「だから、連れていくって。貴方一人にしておくのも嫌だし」


 今は誰か傍に居てくれるだけでも心強い。彼女の目的は何なのかは分からないが、少なくとも敵では無いのも事実。仲間は多い事に越した事はない。最悪、囮にして逃げる事だって――


「アカリ、今物騒な事考えてない?」


 ――しないでおこう。彼女は心が読める。彼女は仲間なのだから。

 怪訝そうな顔でエイヴは、朝ごはんで作っていたというスープを皿によそい、渡してくる。良い匂いだ。食欲がそそられるという事は、生きてる証拠でもある。

 

 自分の荷物の中から、保存用の箱の中にあった二切れのパンを取り出して、一切れ渡す。

 受け取った途端、彼女も私も匂いでお腹を鳴らした。


「いただきます」


 二人はそう声を揃え、食べ物を口へと運んでいった。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「さて、と。行きますか」


 片づけを終え、荷物の整理を行いながらそう言った。とはいったものの、果たしてどこにいけばいいのか。

 考えても、考えても思う浮かぶ事は彼に会いたいという気持ち。


 だが、手掛かりはない。情報も無い。さて、どうしたものかと考えていると、


「そういえば、前ここに通りかかる時に近くで水が噴き出してたわね」

「情報も手掛かりも無いのなら、少しでも生きている人間が居る可能性がある場所に行った方が良いんじゃないの?」


 エイヴの言う通りだが、この周辺で水らしきものといえば、心当たりがあった。

 というか、多分それは、あの時戦闘した時の跡だろう。

 やはり、近くに居るとは考えにくい。


「後は、そうね。ここから結構歩く事になるけれども」

「マナが濃縮されすぎて、私ですら立ち入る事が出来なかった森があったわね」


「仮に、マナの分解を…そうね魔性?だっけ?を無くすことを考えているのなら、そういう場所に居るんじゃないかしら?」


 根元から絶たない限り、少なくとも止める事なんて出来ないわよ。

 そう、エイヴは言った。


 彼女が言う森、私は余り気が進まなかった。あの場所には、魔性で侵された動物達が多く生息している。踏み入れば、濃度の高い魔性に耐えつつ、狂暴化しているオオカミやクマと戦わなくてはならない。

 彼もそのことは知っているから、入りに行くとは考えられないと思っていたが、オーロラを止めるとしても、濃度の高い場所に何かをするというのは合理的ではあった。

 勿論、その何か。食い止める方法が分かれば、彼が居る場所の特定にもつながるのだけれども。そんな悠長に考えてる暇はない。

 考えだけでは、見つかる訳が無いのだ。オーロラは侵食し続けている。


 私は、エイヴの言っていた森へと向かう事にした。もしかすれば入る前に何かしらの痕跡があるかもしれない。

 一粒でも良いから痕跡を見つけさえすれば、その周辺に居る可能性が高まる。

 そんな奇跡的な物でもない限り、彼を見つける事なんて到底叶わないのだから。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 歩いて数時間、エイヴがタダをこねた。グチグチと歩きたくないー。なんて、何処のお嬢様だ。


「はぁ」


 魔法使いなんて過去に、憧れた事はあった。でも今はその憧れも無くなった。ローブは明らかに動きにくいし、敵に襲われたら、咄嗟の反応も出来ないからだ。

 ただでさえ、エイヴが歩きが遅い事もあってか、全然歩みを進められていなかったのも相まって、一緒に連れてきた事を今になって後悔へと変わっていた。


「ねー、つかれたの休もうよ――」


 突然、茂みからエイヴへと襲い掛かってきた一匹のオオカミ。私はすぐさま気付いて、行動を移す。だが、エイヴは気づいてない。

 仮に、魔性に侵されたオオカミなら、耐性が無い物は噛まれたら、死ぬしかない。


 私は、突き飛ばし、すぐ様、エイヴの代わりにオオカミの攻撃を受け止めた。尻餅を付くエイヴは何すんの!と言った顔で、見上げると、すぐに顔色を変える。

 肩に食い込む牙、噴き出す血がエイヴを汚す。


 なんて、情けない顔だろうか。エイヴは、真っ青になりながら唖然としている。

 これぐらいなら、痛くもかゆくも無いのに。私は、食い込んだ牙を地面へと叩き付けた。


「キャイン!」


 間髪入れず、左手で腰に構えていた小型のナイフで突き刺す。噴き出す鮮血、暴れるオオカミにとどめの一撃を刺そうとする。


「ちょ、そこまでしなく―――」


 エイヴが何を思ったのか。立ち上がろうとした。敵に情けなど要らないのに、と思ったのも束の間


「伏せて!」


 私は、そういい放った。


「えっ――」


 遅かった。後ろから襲い掛かってきたのは、のオオカミだ。


chapter5

【奈落へと、転がる。そう、まるで"落石"みたいに、ゴロゴロと】


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