原稿上での出来事

らなっそ

原稿上での出来事

 【プロローグ】


「おい!珠江!いるか?」

 暗闇のリビングで徳田町男はそう妻に呼びかける。


「いるわよここに」

「電気だ、電気を点けろ」

「あらなんでこんなに真っ暗なんでしょう」

「お前が一番スイッチに近いはずだ、お前から見て左だ」

「ああそうね」

 そう言うと部屋は一瞬にして明るみになった。

 部屋はリビングと言えど10畳もある広く高貴な部屋であった。

 部屋にあるのは一寸違わぬいつもの家具たちであったが、すぐに町男は異変に気付いた。


「おい、和久は?和久はどこにいる?」

「え?たしかそこのソファに座っていたはずでは?って、あらぁ」

 ソファには誰も座っていない。


「おかしい、ここに絶対に『座っている』はずなんだよ、本来は」

 動揺を隠せずあたりを意味もなく見回す町男。

「急に序盤を描き直したのかしら」

「いいやそんなはずはない。まず書き直されているなら我々は気づくことなく話が進んでいるはずだ」

「そうれもそうね。だって私たち、もう『存在しちゃってる』んだもの」

「もう誰かに見られてるってことだろ?」

「渡したのね、上の人」

「いいや、渡したという感じじゃないぞこれは」


 町男はリビンクから廊下へと歩き出した。

 廊下へ出る扉を開こうとするも、決してそのドアノブは回ることなく扉は開かれなかった。


「これは盗み見だ。しかもちゃんと読み込んでもいない。上はきっと誰かに原稿を勝手に盗み見されたんだ」

「ああ、なるほどじゃあ、これは勝手に書き換えられたってことね。正式な上じゃないんだ」

「そのようだ。全く…和久がいなくなっては話が進まないじゃないか。いったい誰だ?こんなことをしたやつは」

「上の話なんて私たちにはどうしようもないわ。まずは今ここで起きている状況を理解していく必要があるわ」


 町男は改めて今いるリビングを見回す。今度は落ち着いて。

「何か他に変わったことはないか?」

「いいえ。あそらく和久の項目だけが消去されたようね。彼の写真も、彼と私たちの写真も、すべて彼の存在だけが消えているわ」

「どうやら俺たちの和久についての記憶だけは残っているあたり、和久というワードだけを片っ端に消していったらしいな」

「これで消した上の人が外部の人間ってことが裏づけされるわね。あぁもう、だったら私の口調も書き換えてほしかったぁん!今時こんな古臭い口調の若奥様なんているぅ?やだやだぁん!もう、だいたい珠江って名前おばさん臭いしぃ!」

「口調とかどうこうは上の中でも重役じゃなきゃだめだろう、そいつはまだこの改編に気付いていない」

「あぁんもう、何この封建社会〜今どき亭主関白な旦那とそれに尽くす専業主婦だなんていつの時代なのよ〜時代設定が令和だなんて信じらんないわ!」


 こほん、と町男は咳をした。

「とにかく、今は自分たちの設定に文句を言っている場合ではないだろう」

「そうやって私を黙らせるあたりまさに亭主関白ってかんじぃ〜」

「む…えーと…まずは外の状況を確認するか」


 町男は窓の近くまで行き、カーテンをわずかにめくった。珠江と言えばエプロン姿のまま、ソファに座り足をぶらぶらとさせていじけていた。

「パトカーはまだきていない」

「じゃあ本当に進んでいないのね、この世界全体は」

「ちょっと安心した。止まっているのが俺たちだけだと思ったよ」

「でも、下手したら私たち丸焦げよ」

「そ、そうだな」

「最後の結末は家が炎上して命辛々私たちは逃げ切るのよね…今の状況で本当にできるのかしら…」

「しかし、まだ上の人間は結末まで見ていない。それどころか序盤すらまともに見ていないんだぞ。きっと結末まで俺たちが時間を進めるはずがないんだ」

「でもさ…いるじゃない、最初と最後のページだけ見る人。まぁ私なんだけど…」

「…」


 町男は珠代の向かいのソファに腰を下ろすとダンマリを決め込んでしまった。

「寡黙な男…あなたはそういう設定だったっけ。ほんっとつくづく昭和な人間ね、私たちは」

 珠代はソファから立ち上がり、テーブルの上に置いてあったスマートフォンを手に取った。


「ほら、こんな最先端の技術があるのよ今は。私たち、昭和な人間だからって使わないと思ったのかしら」

 手に取ったスマートフォンの電源を入れ、110番へと珠代は電話をかけた。

「もしもし?あら、通じない。どうなってるのよこれ」

「俺たちが警察に連絡するのは和久の死体を見てからだ。それまでは電話など使い物にならない。そのスマートフォンで今できるのはせいぜい暇つぶしのゲームくらいだろう」

「何よ、それ。ほんっと封建社会だわ」

 そう言ってため息をつくと珠代はいつもやっているスマートフォンのパズルゲームを黙々とやりはじめた。


「あなたがいつも重役って呼んでる上の製作委員会の人たちは今頃なにやってんのかしらね。重要な原稿が勝手に盗られて改竄されているのよ。黙ってられないでしょう」

「だからまだ気付いてないんだろう。今書き換えをしている上の人間はずっと書き換えをやってるに違いない」

「やっぱり和久のところだけ消しているのかしら。となると和久の死体はなかったことにされるのね。嬉しいような悲しいような…」


「改竄の犯人は和久を消してどうしたいのだろうか。目的はなんだ?」

「そんなこと考えてなんの意味があるの?私たちの現状は変わらないでしょう」

「だが犯人の目的がわかれば次の手が予測できるだろ。もしかしたら最悪の結果を免れるかもしれないじゃないか」

「何か犯人の手掛かりでも知ってるの?」

「…手がかりってほどでもないが…」

「じゃあやめましょう!別の楽しい話でもしましょう!」

 珠代はすっと立ち上がりリビングと部屋がつながっているキッチンの方へと歩き始めた。

「ちょっと待ってくれ!ちゃんとした手掛かりなんだ!」

 町男も立ち上がり、すぐさま引き止める。珠代は訝しげに振り返った。

「本当?」


「先日だ。いつの頃かわからないが読み合わせがあっただろ?あの時俺の役の俳優が有名なベテラン俳優、お前の役をする女優もかなりの著名人だった。あれからこの話の流れに抱いていた疑問がようやく理解したんだ」

「疑問って?」

「この話は、『息子と娘を突然家に侵入してきた殺人鬼に殺された夫婦が命辛々家から逃げ出し、生き残る話』だった」

「そ、それがどうかしたの?」

「でも普通に考えて、主人公を息子と娘にして、俺たち両親が殺される側のほうがっしくりくるだろう?」

「ま、まぁ...普通はこんなおばさん達が活躍しないわよね」

「しかし俺たち両親を演じるのはあの有名俳優たちだ。きっとキャスティングの際に急遽事務所に変更されたんだ。それに腹が立った息子と娘役の若手俳優たちはこの原稿を改竄することを決めた」

「ええ?そんな理由で?そうなるとじきに香織も存在を消されるかもしれないわけ?」

「そうだな。物語上、香織は終盤で殺される。とりあえず犯人は和久の項目を消してから香織を消すみたいだ」


 町男は棚の上に飾ってある香織の写真を眺めた。

「まだ香織はこの世界に存在しているらしい」

「殺人がなくなるとなると、殺人鬼はどうするのかしら?殺人も起こさずにただ家に侵入してきて火事で死ぬだけ?...まさか、被害者がいなくなったってことは…その埋め合わせは….」


「おい!もうそれ以上は言うな!」

 町男はとっさに叫んでいた。

「大きい声出さないでちょうだい!もうほんっとに…そうやって威嚇して…野蛮な人…でもだってそうでしょう?もうこの家には私たちしかいなくなるんだから」

「まだ香織は存在しているんだ。この改竄が終わる前に止めるんだよ、絶対に」

「止めるって言ってもどうやって…」

「粗を探すんだ」

「あらぁ?魚のアラ?」

「違う。原稿の粗だ」


「俺たちは最初の原稿の段階で殺されたことになっているんだ。俺たちは記憶にないが。そしてすぐに今の話に書き換えられた。その時に残った原稿の粗がどこかにあるはずなんだ。原稿ってのは書き直せば書き直すほど粗が残る。その粗は例えば俺たち夫婦の設定の時代矛盾のような形で現れるはずなんだ。きっと俺たちが時代錯誤の昭和な夫婦設定なのは、キャストが昭和のスター俳優に決まった上に主人公となったから。脚本のターゲット層が高年齢層へと変わり、それに合わせて高年齢層に親しみやすく昭和的夫婦へと変更されたのだと思う。悲しいかな、きっとこれから変わることのない設定だと思うがね」


「あなた急に饒舌になったわね」

「寡黙設定なんて中盤で消えてるようなもんだっただろ」

「そうだったわね、失礼」

 町男はソファへと腰を下ろし、それに続いて珠代も向かいに座る。


「チャンスは一回だけだ。和久の項目を全て消した後、犯人は香織の項目を消すために再び俺たちのいる序盤の文章に目を通す。その時がチャンスだ。文章に上が目を通している間しか時間が進まないのだから、その間にこちらから仕掛ける」

「仕掛けるって、私たちは上があらかじめ用意したことの中でしか動けないのよ。どう抗えっていうの」

「だからその時に粗を使うんだ。初期の原稿に残っているニュアンンスや設定、描写をうまく利用して俺たちがいかにも殺されたかのように文章の中で見せるんだ。当然時間のない犯人はじっくりと文章を読まない。ざっと目を通して香織という単語を見つけたら消していくだけだ。」

「なるほどねぇ〜死んだフリ、私得意よ」


「俺たちが死んだと犯人に思われれば、わざわざ殺されるような展開にしないはずだ」

「う〜ん、でも序盤で死んでしまったら話が終わっちゃうじゃない?その時は改めて犯人も書き直すんじゃないかしら」

「そうだな…じゃあ後半に文章ずらして行こう。うま〜く要素を後半まで引っ張っていって、最後に死んだようにする。どうだ?」

「そうね、観客も飽きないようにしなきゃならないものね」

「と、なると犯人は結局この原稿を俺たちが死んだと思うまでじっくり読むことになるのか…」

「しょうがないわ、生存するためにはその方法しかないもの」


 町男は一息ついて真剣な表情で珠代を見つめた。

「一回きりだ。少しでも怪しまれたりすれば最後までこの原稿は読まれ、書き直される」

「そうね、これは賭けでもあるわね」

「俺は賭け事はしないタチなんだが…」

「あらその設定後半ですっかり忘れられてたみたいだけど」

「その話は忘れてくれ…」

「ふふふっ、きっとこれから賭けをする羽目になるわよ」




 こうして生死をかけた二人の大ホラ劇場の幕が上がった。




(写真から香織の姿が消え始めた…来たな…)

  はリビングを出て廊下へ歩いて行った。

「おーい  ー!  ー!」

 町男は  を追いかけ廊下に向かって声をかけた。

(なるほど、存在が消えた『和久』という単語は発音できないのか)

「まったく  は勝手に出ていって。これから夕食なのに」

「香織はどこだ?部屋か?」

「まだ部屋にいると思うわ。私呼んでくる」

 そう答えると珠代は  の部屋へと向かった。

(香織も消え始めているたいね)

 珠代は  の部屋がある二階の階段を上り部屋のドアをノックした。

「  ー?まだ部屋にいるの?夕飯できたわよー」



 珠代はあきらめて一階への階段を降り始めた。

 すると一階の廊下を通る黒い人影が見えた。

「え!?誰?」

 彼女は急いで階段を駆け下り廊下を見渡した。

 長い廊下は端から端までいつもと変わらぬ光景であった。

「気のせいだったかしら...」

 すると、玄関の方から鼻を突く苦い鉄のような匂いが流れ込んできた。

「何この臭い...」

 恐る恐る彼女が玄関への角を曲がると、そこには...



「いやぁーーー!」

 珠代は驚きと恐怖のあまり腰が抜けしりもちをついたまま、廊下を後退りしていた。


(和久の死体に関する描写すらない...完全に出来事をなかったことにしてるわね。でも、それじゃあ話は成立しない...これから開いた空欄をどう埋めていくの...?)


 そう、珠代の目の前に立っていた黒ずくめの男は右手に刃先の長い包丁を持っていたのだった。

(ほ...本当に矛先が私になってるじゃない!即興で考えている割には機転が効きすぎじゃないのこの改変者!)


 彼女は相変わらず腰が抜けて動けなかった。ただこの目の前で起きていることを茫然と眺めることしかできなかった。


(でもね...逆にこのピンチをチャンスに変えて利用させていただくわよ...!)


 男は無言で包丁を空へと振りかざし、勢いよく珠代の首筋へと斬りつけた。

 包丁の刃先は首筋の太い動脈血管へと食い込み、飛び散った赤い血飛沫が壁を濡らしていく。

 彼女は白目を向きながら体ごとゆっくりと床へ力なく倒れ落ちた。

 彼女の体はピクリとも動かない。首筋から流れる血で床は血溜まりができていた。

(さすがにこの描写なら死んだと思うでしょうね...だってこの描写は私が初期原稿で本当に殺されたときに使われた描写だもの...まさか香織が殺される展開で流用されていたなんてね。でもね、はっきりと死んだなんで書かれていないのよ。私はここで死んだふりしてるからあとは町男さんに任せるしかないわね...ちょっと展開が早くなっちゃったからかわりに引き伸ばししてもらわないと...)


 黒い男は彼女から包丁を抜き取り、立ち上がって彼女の顔を見下ろした。

 彼女の瞳にわずかに幼さが残った男の顔が映っていた。


(え!?何今の描写?犯人が書き足した?それに今見えた顔って...!まさか...!そんなはずは...ありえない...!)


 黒い男は廊下を真っ直ぐ進み始めた。その先は町男がいるリビングであった。


「珠代のやつ遅いな...夕飯が冷めてしまうぞ」

 町男は苛立っていた。リビングにいるのは自分ただ一人。普段なら家族揃って夕食を食べている時間だった。

 彼は家族で一緒に食事をとることにこだわる人間だった。それこそが由緒正しき家族のありようだと考えていた。


 町男は壁にかけられた時計を何度も見て気を落ち着かせていた。

 時刻は午後7時45分。

 その時だった、廊下の方で重いものが倒れるような物音が聞こえた。

「なんだ?」


(まさか珠代がやられたか!?早すぎる!最初の殺人のタイミングでやられるやつがいるか!!これから俺一人でどうやって引き延ばせばいいというのだ!)


 町男は異変を感じ廊下へのドアを開いた。

「珠代か?何かあったのか?」

 開けたドアの向こう側にいたのは首から血を流した珠代だった。


「町男さん!逃げて!!」

 必死に叫ぶ珠代、その背後には黒い帽子を被った男の顔が。

「危ない!」

 町男はとっさに左手に持っていたコップを男の顔に投げつけた。

 パリーン!

 ガラスのコップは砕け散り、男の顔は血塗れに染まった。


 町男は珠代を抱き抱え、リビングへと連れ出した。

 男は前が見えないようで、蹲ってもがき苦しんでいる。

「せめてあなただけでも逃げて!私を置いて!」

 珠代は口から血を吐きながら必死に訴えかける。

「だめだ!そういう訳にはいかない!お前を連れて絶対に助かるんだ!これは博打だ!絶対に負けられない博打なんだ!」


 町男はテーブルのスマートフォンを手に取り警察に電話をかける。

「もしもし!助けてください!家に包丁を持った男が入ってきて妻が刺されました!今男は家の中に...」

「あなた!」


 町男の体を突き刺すように男が振りかざした刃先はわずかに町男の脇腹を掠めた。

「うわぁ!!」

 町男は大きく後ろへ倒れ込み、その拍子にスマートフォンが彼の手から離れた。

 黒い男もまた前から倒れ込んで、黒い帽子が頭から脱げ落ちた。


 珠代が血塗れのを体動かし、町男の元へ這い寄る。

 町男は茫然と黒い男を見ていた。


(この展開は後半の最後のシーンのものだ、まさかこんな早く使う羽目になるとは思いも寄らなかった...珠代が負傷し、てっきり死んだフリをしたままにするのかと思いきやリビングに戻ってきた。ありがたいことだが、何か変だ...だってこの殺人鬼の帽子が取れることなんて過去にも後にも一度たりともなかったはずだ...!!)


 黒い男は今だに視界がないのかフラフラとゆっくり立ち上がった。

 町男は黙って男の立ち上がった後ろ姿を見ていた。

 珠代は町男の横で怯えて震えている。


(あぁ...!!こんな展開なんて知らない!!きっと上の犯人が今さっき書き換えたんだわ!!だってありえないもの...こんな設定...!)


 黒い男は町男の方を振り返る。


 その顔は血塗れではあったが、何度も顔を合わせた顔。


 紛れもない徳田和久の顔であった。


「和...久!?」


(そんな訳が無い!あいつは完全に存在が消されたはずだ!なぜここにいる!?なぜ発音できる!?なぜ和久が殺人鬼なんだ!!)


 和久は前が見えないまま、町男の方を向いていた。

「父さん。やっぱあんた嫌いだよ」

「どういうことだ和久!?嫌いだから母さんを刺したというのか!?」


(こんなセリフ、言ったこともないセリフだ。今まさに書き換えられているんだ、犯人によって!)


「母さんも嫌いだから刺した。父さんも母さんも、この家も全部嫌いだ。何が徳田家だ。立派な家をもらったばっかりに、しきたりだの徳田の名だの、そんなものに拘って。僕たちはずっと痛めつけられて死ぬしかないと思った。痛かったんだ、父さんが僕を殴る時。手を硬く握り締めて石みたいな拳を顔に殴りつける。その度に僕は歯を食いしばって、涙が止まらなくなる。するとさらに怒って何度も殴りつける。男が殴られたくらいで泣くな!って怒鳴りつけてさ」


(違う...!違う...!そんなこと一度もしたことがない!そんな設定あるはずがない!...でも変だ...だんだん記憶が曖昧になっていく...!俺が息子を殴った?...した?...俺は誰だ...?)


「違うんだ...あれはお前のためを思って...!」


(わからない...何が本当なのか...俺は他の言葉を失っている)


 和久は包丁を片手に町男の方へとゆっくりと歩みを進める。前は見えていない。だが声を頼りに着実に町男に近づいている。


「じゃあ香織は父さんのためを思って自殺したのか?」

「な...香織は自殺したというのか...!?」

(香織が自殺しただなんて設定あるわけがない!そんな展開あるわけが!)

「母さんも香織が死ぬところ止めずに黙って見ていたじゃないか」

「そんなこと...!私は何も見ていないわ!」

「母さんはそうやって、父さんに都合の悪くないようペコペコ従って媚び繕ってしか生きていけない愚か者だ」


 和久は二人の前に立ち、血で真っ赤に染まった顔で見下ろした。

 そして包丁を町男の胸へと勢いよく突き刺した。


「あぁぁぁぁあぁぁぁ!!!」

 町男の胸へと何度も何度も突き刺す。返り血で和久の体は真っ赤に染まっていく。

「やめてぇ!もうやめて和久!」

 泣き叫び振りかざす和久の右腕を掴む珠代。

 その珠代の手を振り解き、今度は珠代の首筋へと刃先は下ろされた。

 そして何度も何度も...




(あぁ...,痛い...初めて見るような展開だったが、おそらく上の犯人がその場で書き換えてきたのだ...でもここで死んだふりをすればいい。曖昧な表現でごまかせることができれば...どうにか生き残れる...)






 そして徳田町男と徳田珠代の二人は死んだ。


((なんだって!?))


(ちょっと待って!よりにもよってそんなはっきりと死亡したと書く必要ないでしょう!?まるで私たちが死んだフリをすることを見越していたかのような用意周到さじゃない!フルネームでしっかりと!)

(おい!これでは実は生きていたなんて話には繋がらないじゃないか!)


 和久は二人の死体の横に、自分の部屋に隠していたガソリンを撒いて火を着けた。

「こんな家、燃えちまえ」

 火は瞬く間に家中に広がり炎はやがて柱のように家を包み、どす黒い煙を上げ、一晩燃え続けた。


 その後、焼け跡から四人の遺体が発見された。

 一階のキッチンから、

 徳田町男、

 徳田珠代、

 徳田和久、

 の三名。

 二階の部屋から、

 徳田香織、

 の一名。

 死因は不明。


 ガソリンが撒かれた跡から放火の可能性があるとして、現在調査が行われている。


【エピローグ】


(なんだこれは...誰一人生き残らないなんてことあるか!書き換えた犯人は何を考えている!?若手俳優たちの死亡シーンを無くすことが目的じゃないのか!?)


(ねぇ、あなた。私、上が考えていることはよくわからないんだけどさぁ。ドラマとかで狂気的な殺人鬼の役をした人ってさぁ、すごく印象に残るのよね。むしろ主人公よりも顔を覚えているくらい...)


(...あぁ。俺も何となく思ったよ。ただ殺すんじゃなくて自らの手で殺す方が恨みも晴れてすっきりするもんな...)

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原稿上での出来事 らなっそ @konripito669

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