姉は星空に憧れた

萬 幸

姉は星空に憧れた

「あの星座はカシオペア座。アルファベットのエムみたいに見えるのが特徴的です」


 偽物の星が光るドームの中。

 彼女は僕に星空の説明をしてくれた。


「そことそこを結んだ延長線上に北極星があります」


 彼女はカシオペア座の星々をレーザーポインターで指す。

 赤い印が星と星の間を移動した。


「これで終わりです。北極星の見つけ方でした」


 パチパチパチパチ。


 僕は拍手をした。


「姉ちゃん、おつかれ」


 僕は姉にそう声をかけた。

 水を手渡すことも忘れない。


「今度のプラネタリウム、上手くいくかな?」


 姉は水を飲むと、僕にそんなことを聞いてきた。

 僕はうーん、と少し考えてから


「わからない」


 と返事をした。

 僕は学がない。

 難しいことはあんまり考えられない。

 どれだけ宣伝しても人が来ない理由なんて、分からなかった。


「真面目に考えてよ」


「しょうがないだろ。空なんて見たことないんだから、何が変で何が間違ってるのか、なんてわかるわけがない」


「そっか」


 姉は悔しそうにしてた。

 そんな姉を見て、僕はそうとしか言えなかった。


「でも、今回は上手くいくかもだろ。父さんと母さんがみんなに声をかけてくれてるんだから」


「でも…!」


「上手くいかなきゃ、また次の方法を考えればいいじゃん」


 僕は軽く言った。

 僕は無神経なのだ。

 姉の気持ちなんて考えていなかった。

 姉はそんな僕を見て、無理したように笑った。


 あれから何年も経った。

 今思うと、姉は焦っていた。

 姉は賢い人だったから、僕たちの住んでいたシェルターは、もうじき役目を終えることを知っていた。

 力のある大人たちは僕たちにそれを黙っていた。

 姉はそんな現状に我慢ならなかったようで、一人で外の世界に出ていった。

 父さんと母さんは、姉は死んだと思っていた。

 一月もする頃には、葬式もしてしまったし、墓も建てた。

 僕も姉のことを忘れるように過ごした。


 姉の暫定的な死から一年が過ぎた頃。

 姉は帰ってきた。

 外からの土産を大量に携えて。


「ただいま」


 姉は相変わらず、無理したように笑っていた。

 そして、倒れた。


 大人たちの会話を聞いた。

 そこに父さんと母さんも交じっていた。

 放射能だとか、なんとかで、姉の体はボロボロになってしまっているらしい。


「長くないんだって」


 僕はベッドに寝る姉に真実を伝えた。


「そっか」


 姉は自分のことをわかっていたらしい。

 僕の想像以上に淡白な反応だった。


「これ」


 姉はそう言って一枚の写真を手渡した。


「これは?」


「空の写真」


 写真を見る。

 本の表現でしか知らなかった、満天の星空がそこには広がっていた。


「すごい……」


「ドームのよりも何倍もキレイでしょ」


 姉はそう言って笑った。

 とても自然なものだった。

 

「外に出るとね、暗い雲が広がってるんだ」


「うん」


「それがあるところは毒がたくさんあるけど、何日もかけて歩くとね、こうやってキレイな空が見れる場所があって、そこには毒がないんだ」


 姉は僕に外のことをたくさん聞かせてくれた。

 図鑑にあるよりも体の大きな猛獣、妖しく光る植物、このシェルターのよりもずっと透明な水が流れる川。

 姉はそれらの調査をしてて、帰るのが遅れたと言った。


 数日経つと、僕と同い年ぐらいの青年たちが姉の持ち込んだものを持って、姉を訪ねてきた。

 これはなにか。あれはなにか。

 いろんなことを質問してた。


 さらに数日経った。

 青年たちと僕は友人になっていた。

 そして、姉は寝たきりになってしまった。

 そんな姉を見て、青年たちは一つの決意をしたようだった。


「新天地開拓?」


 僕はリーダーと呼ばれている青年の言葉を口に出して反芻した。

 リーダー曰く、姉の調査をもとに外の世界を開拓して、暮らそうというものだった。

 その開拓メンバーに僕を勧誘していた。


「いいよ」


 僕は特に反対しなかった。

 頭の良くない僕でもこのシェルターは長くないことを認識していた。

 最近、一部の区画が崩れてしまったのだ。

 力のある大人たちの誤魔化しも効かなくなってきていて、世間では、このシェルターを出ていくという動きは強くなってきている。


「先発隊として行くんだ」


「うん」


「私の手記に注意事項があるから、ちゃんと読むんだよ」


「わかっているよ」


「死なないでね」


「姉ちゃんを新しい家に住まわせるまで死なないさ」


「そっか」


「父さんと母さんも一緒に暮らそう。外の水をたくさん飲んでさ、毎日、姉ちゃんが星空の解説をするんだ」


 僕は軽く言った。

 僕は無神経なのだ。

 僕は姉の体のことなんて考えてなかった。

 姉はそんな僕を見て、自然に笑っていた。


 次の日。

 姉は亡くなった。

 涙は出なかった。

 リーダーたちはそんな僕を必死に慰めてくれた。


「平気だよ」


 僕はその気遣いに無理して笑った。


 姉の死から一年が経った。

 想像以上に外の世界は厳しかった。

 数多くの仲間が死んだ。

 でも、その犠牲によって、安全に人々を新天地に運ぶ方法が確立された。

 今では、みんなシェルターを離れて、このキレイな空の元で暮らしていた。


「あれがカシオペア座」


 開拓された新天地にて。

 僕はかつて姉が教えてくれたように、みんなに星空の見方を教えていた。

 予想外なことに、姉は星空のことはみんなに教えていなかった。


「あれは北極星」


 僕は仲間たちに北極星の役割を教えた。

 どんな時でも、北を教えてくれる不動の星。

 僕たちをいつも優しく見守ってくれる星。


 パチパチパチパチ。


 僕の解説を聞いて、みんな拍手してくれた。

 僕はそれに頭を下げ、リーダーにかわった。

 次はリーダーの演説が始まる。

 僕はそっとその場から離れた。


「キレイだね」


 姉の墓に話しかける。

 シェルターのとは違って、木で出来た墓。

 一番、空がキレイに見れるところに建てた。


「姉ちゃんが星を教えてくれて助かったよ」


 一人呟く。

 姉の意志はいろんなところで生きていた。

 僕は姉の墓のそばに座り、満天の星空を眺める。

 姉が持ってきた写真よりも、さらにキレイだった。


「姉ちゃんの星座を作ろうと思うんだ」


 空を見ながら、姉の墓に話しかける。

 昔、姉は僕に教えてくれた。

 いくつかの星座は戦争で本が焼けてなくなったらしい。

 だから、星座を新しく作る。


 姉ちゃんの星座は北極星が入ったのにしようかな。


 僕は涙でボヤけた星空を見ながら、そんなことを思った。

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