第55話 ガバーダの小学生トーマス・へムズワース

 二階堂研究所ニカイドウラボ。世界最高水準の研究設備を所有し、世界中の名だたる研究者たちとの間に太いパイプを持つ民間企業である。

 その守備範囲は多岐にわたり、地学、気象学、天文学、物理学、化学、宇宙開発、バイオテクノロジーなど、かなりの広範囲に手を広げている。

 そのトップに君臨する男、二階堂大地。一部の噂ではIQ一六〇と言われ、その小柄な身体は全て脳細胞で構築されているなどと揶揄されるほどの頭脳を持つ。


 その二階堂が天野からマイクとレーザーポインタを受け取った。天野は苛立ちを隠そうともせずに入れ替わりで着席する。

 テレビの中では、二階堂研究所がカビ収束後初の記者会見を行っている。

 翻訳ソフトがリアルタイムで英語に翻訳して字幕放送を可能にしているが、未だ微妙な語彙の誤変換は無くならない。

 つい先ほども「あなたはバカですか」と翻訳されていた。発言者がアマノ博士であることとマイクがニカイドウ博士に渡ったことを考えると、翻訳ソフトは良い仕事をしているのかもしれないが。


『犯人……という言葉がねぇ、良くないんですよ。犯人というのはね、何らかの罪を犯した人なんですねぇ、だから良くない。誰も罪を犯してなどいないんです。そこにあるのはなんですよ』


 まったりと落ち着いた口調、穏やかな笑顔、柔らかい視線。紹介されなければこれが二階堂大地だとは誰も思わないであろう。

 現に今ここでも、トーマスは友人たちから質問攻めに遭っている。


「あれがトーマスの大尊敬するニカイドウ博士?」

「そうだよ」

「小っちゃい人だね」

「全身に脳味噌が詰まってるって言われてるよ」


 いつものようにソファに四人がぎゅうぎゅうに座る。並び方も決まってる。一番左がトーマス、隣りにソフィ、そのまた隣にエラ、右の端がウィリアムだ。

 なんとなく決まったわけじゃない。エラはウィリアムの事が好きで、ソフィを隣に座らせたくない。だから右端がウィリアム、その隣がエラ。左の二人の並びはどうでもいいのだが、両側をナイトが守っているようなこの構図がトーマスは気に入っている。


『ご質問の通り、最初の出どころはオーストラリア・ナチュラリステ原子力発電所で間違いないでしょう。そこからタンザニアに渡り、アイスランド、アラスカと進出して行った訳ですねぇ。ただね、タンザニアは報告が遅かったんですよ。先にアイスランドとアラスカが来たんです。我々はこれに騙されましてねぇ。気温の低いところで増殖するようになってしまったのかと考えたわけです。そこにあとからタンザニアの報告が入って来ました。これはマズいねぇ、とね』


 フフフ、と二階堂が笑う。

 どう考えても笑うタイミングではない。記者たちはその不気味さ故に一斉に腰が引ける。


「ねえ、やっぱりナチュラリステが最初なのかな?」

「僕はそう思ってる。放射能以外に遺伝子の配列を組み替えるなんて難しいと思う」

「トーマスが言うんだからきっとそうよね」

「そうだね!」


 相変わらずウィリアムは何も言わないが、きっとすごいことを考えているに違いない――秀才型のトーマスは、時に天才型のウィリアムを羨ましく思う。


『そこからアメリカ西海岸に南下して、東アジアに渡ってきたわけなんですねぇ。これね、凄いんですよ。この青カビが硫黄細菌の特性を手に入れたと気づいたのは、とある小学生からのメールのおかげだったんですよ。我々は最初に気候トラップにやられていたもんですからね、目からうろこでしたねぇ。火山の近くでカビが増殖していると、その小学生が訴えて来たんですよ。それで硫黄細菌の特性を持ったことに気づいたんです』

「えっ、これ……もしかしたら僕の事かも」


 エラが「えーっ、なにそれ!」と反応する。


「僕、少し前にニカイドウ博士にメール打ったんだ。せっかくウィリアムが火山の近くでカビが増えてることを見つけたから。何かの役に立つかもしれないと思って」


 テレビからはニカイドウ博士の声が流れてくる。


『どこの小学生だったと思います?』


 また笑う。フフフ、と。


『ナチュラリステ原子力発電所職員の職員村がダンスバラにあったのをご存知ですか? 震災当時そこに住んでいた人たちは全員、ガバーダの仮設住宅で避難生活を送っているんですよ、今でも。そこに住む小学生からのメールなんですよねぇ。わかりますか。ナチュラリステ原子力発電所で発生した新種の青カビの特性を突き止めたのは、そこの職員の子供だったんですよ』


「トーマスの事だ!」

「トーマス凄い!」

「違う、そうじゃない。確かにメールは僕の事だけど、突き止めたのはウィリアムだよ。本当に凄いのはウィリアムだ」


『そして、SNSを通じてネット民に糾弾されたケニアの学生たちは、原子力発電のようなリスクの高い発電から、安全でクリーンなエネルギー供給へと世界を動かそうと、地熱発電の研究をしていたんですよ』


 二階堂は相変わらず笑顔を崩さないまま記者たちをぐるりと見まわす。小柄な身体から溢れる凄まじいオーラに誰もが微動だにできずにいる。


『いいですか。我々が破滅に追いやろうとしていた地球環境を、子供たちが救おうとしているんですよ。彼らは自分たちの生きる時代を自分たちの手で守ろうと必死なんです』


 ――そうだ。そうなんだよ、ニカイドウ博士。つまらない争いや、他人への八つ当たりなんかしている暇はないんだ。僕たちの未来は僕たちで守る。


『我々が今すべきことは犯人捜しや責任の追及ではないでしょう。子供たちは地球の声を代弁してるんです、今こそ彼らの言葉に耳を傾ける時ですよ。違いますかねぇ』


 トーマスの視線と画面の中のニカイドウ博士の視線がぶつかった。


 ――待っててください、僕は将来絶対にニカイドウラボに入る。

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