第17話 クロエ・3
クロエが隣を訪問すると、レポートをまとめているはずの子供たちが、アメリアと一緒に五人でテレビを見ていた。と言っても、子供たちはテレビの前のソファにぎゅうぎゅうに四人座り、アメリアは少し離れたダイニングテーブルで一人眺めているのだが。
「課題やってるんじゃなかったの?」というクロエの問いに、アメリアがくすくすと笑って答える。
「今ちょうどテレビでやってたのよ。アイスランドのカビ報道」
「あ、私も今見てたわ。ウィリアムが新聞持って行っちゃったから」
「みんな同じの見てたのね」
クロエが促されるままテーブルに着くと、アメリアが紅茶とショートブレッドを運んできた。
「子供たちが課題やるの、見たいんじゃないかなと思って」
「アメリアは何でもお見通しね」
実際、子供たちがこういった問題にどんな感想を持っているのか、とても興味があった。自分がこの子たちと同じ十一歳だったころ、何を考えて生きていただろう。
テレビ画面はアークレイリから別の場所に切り替わっている。
『アラスカ・アンカレジではご覧の通り、町もあちらこちらで青カビが確認できます。雪が解けて地面が見えて来たかと思ったら、再び雪に覆われたような状態です』
アラスカもアークレイリとほぼ同様、コンクリートブロックや土にカビが生え、カメラがアップでとらえた車はタイヤですら青緑色のまだら模様になっている。
「アイスランドもアラスカも寒いところだよね」
「うん、北の端っこの方」
四人集まると大抵こうして問題提起をするのはエラだ。彼女は幼いころから親分肌で、遊ぶときでもみんなをまとめるのは彼女の役割となっている。彼女自身もそれを自覚しているし、期待されていることも知っているから、そのようにふるまうのだろう。
ソフィはあまり自分の意見を述べないが、賛同する時には即サポートに回る、所謂『右腕』タイプだ。
女の子の方が男の子よりも勢いがあるのは時代の流れか。
「どっちも北極圏に領土を持つ国だね。フィヨルドがあるようなところだしオーロラも見れる。白夜が観測できるような地域だから、相当寒いんじゃないかな」
理詰めで来るのはトーマス。彼は低学年の頃から典型的な理系男子として際立った個性を放っていたが、ここへ来てますます拍車がかかっているように見える。
ウィリアムはと言えば、まとめるでもなく、補足するでもなく、別の意見を繰り出すでもなく、ただ友人たちの話をうんうんと聞いているだけだ。
この子は母親に似ちゃったんだわ、イーサンに似ていたらもっと優秀になっていただろうに――と、クロエは内心息子に申し訳なく思う。
番組では解説がつくわけでもなく現状を延々と見せるだけだったせいか、子供たちはあっさりとテレビに飽きて自分たちで議論を始めたようだ。
「なんで寒いところばっかりでカビが生えるんだろうね?」
「普通はあったかいところで生えるよね。じめじめしたところとか」
「新種のカビならいろいろな可能性が考えられるよ。低温下でのみ繁殖するように進化して、寒冷地仕様の性質を持ったのかもしれないし」
相変わらず三人はきっちり役割分担されている。ウィリアムはやっぱり黙って頷いている。
こんな時クロエがついうっかりついてしまった溜息を、アメリアは見逃さない。彼女もまた娘同様親分肌なのだ。
「どうしたの、心配事?」
クロエは子供たちに聞かれないように声を落とした。
「ウィリアムがね。ほら、いつも人の話を聞いて頷いてるだけでしょ。あの子、昔からそうだったから。そろそろ成長してくれたかなと期待したけど、やっぱり相変わらずだなと思って。学校の成績はそんなに悪くはないんだけど」
それを聞いて何故かアメリアは我が意を得たりという顔をした。いきなり顔を少し寄せてくるとクロエよりもさらに声を落とす。
「ウィリアムは大物になるわよ」
「え? あんなに引っ込み思案なのに?」
「何言ってんのよ、もの静かなだけよ。大きな声じゃ言えないけど、エラなんか結婚するならウィリアムみたいな人がいいって言ってんのよ」
「えーっ、なんであんなしっかり者のエラが」
話せば話すほど声のトーンが落ちて行く。彼らの耳に届かないようコソコソそ話す二人ではあるが、そもそも子供たちも盛り上がっていて母親たちのことなど気に掛けてはいない。
「ウィリアムってね、いつも黙ってじっと聞いていて、行き詰った頃にとんでもない方向からバッサリ切り込んでくるんですって。別次元から割り込んでくるような感じだって言ってるのよ」
「トーマスの方が賢そうじゃない?」
「もちろんトーマスも賢いわよ。彼は秀才型。真面目に勉強してるタイプ。ウィリアムはひらめき型とでもいうのかしらね、天才型だと思うの」
そんなものなのだろうか。自分の血を受け継いだからぼんやりした子になっちゃったとクロエは思っているのだが。
「じゃあ、現在の問題点と、これから予想される問題をまとめようよ」
「このカビがどうやって発生したか予想する?」
「でもこれ、突然変異だろ?」
「突然変異って、理由もなく変異するもんなの?」
「だから僕はこれを進化だと思うんだよ。寒いところでも生きられるように進化したカビ」
子供たちの会話はどんどん本筋から脱線して行っているようだ。だがイーサンは言っていた、こういう脱線から凄いことを発見するのだと。
「ウィリアムはどう思う?」
突然エラがウィリアムに話を振った。子供たちは当然のこと、アメリアとクロエもそ知らぬふりをしながらじっと耳をそばだてる。
我が子はここで何を発言するのだろうかと、クロエは自分のことのように緊張するのを感じた。
話を振られたウィリアムは、少し考えてからゆっくりと口を開いた。
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