第44話 出会い



 目の前で轟音と共に崩れていく壁を、俺は淡々と眺めていた。

 港街ロルカン、アヴァンツァーレ家領主邸、その一角。

 俺の前にいるのは、土木作業用にと俺が作った岩ゴーレムだ。即席で作ったが、魔法精度が上がっている為か前に造ったものより出来がいい。おそらく頑丈さも力も段違いだろう。

 アヴァンツァーレ家の屋敷は、古びてはいるがそれでも名家の本邸らしい頑丈な造りになっていた。人間がこれを壊そうと思ったら相当な力が必要だろう。だが、ゴーレムにとっては軽く砕くことのできる強度だ。おそらく、やろうと思えば一時間程度で本邸も含めた全てを更地にすることが出来る。消滅させるのであれば、さらに早くて一瞬だ。なにせ俺が魔法を唱えればそれで済む話だからな。


「あ、ありえねぇ……ゴーレム使うとか、ありえねぇ……」


 俺の隣にいる男が、崩れゆく建物の一角と破壊を成すゴーレムを見て喘ぐように呟いていた。

 今更ながら、ここにこうしていることを後悔しているのだろうか。だが、これは彼等が選んだことなのだ。潔く現実を受け入れてもらうしかないだろう。


「おまえ達とて、有効であるのならどのような手段であろうと行うだろう? 必要な場所に必要な力を投入しているだけにすぎん。驚くには値すまい」

「いや、驚くって! だいたいにして――これ、ただの屋敷改築なんっしょ!?」


 まぁね。

 盛大に砕かれていく屋敷の一角を見ながら、俺は軽く肩を竦めてみせた。

 ちなみに隣にいるのはアヴァンツァーレ家の家人では無い。無論、領主でもないし、使用人でも無い。どちらかといえば、我がグランシャリオ家ロルカン支部と契約している感じの男だ。まぁ、顔を合わせたのは今日――いや、もう深夜を過ぎて日付が変わっているから、昨日の夕方か――が初めてだったりするが。

(しかし、間がいいというか、間が悪いというか……おかしな男だな)

 げんなりした顔でゴーレムを見ている男を横目に、そんなことを思う。

 思い出すのは、つい十時間ほど前のことだ。






「レディオン殿! それは……!」


 俺の言葉に、テールが驚いて即座に声をあげた。


 魔王の絶対庇護デモノ・アプソリム・メソナ


 それは、ただの『力添え』などでは無い。英雄級の相手にのみ贈られるとされる祝福ギフトだ。

 心弱き唯人が与えられれば、廃人となり傀儡になり下がるもの。精霊が勇者以外に力を与えれば運命を狂わせてしまうのと同じく、魔王や勇者も英雄以上の者にしか祝福ギフトを与えられない。それ以下の者に与えれば、運命を狂わしてしまうからだ。

 だが、俺は敢えてそれを与えると明言した。

 ジルベルトには、その資格があるから。


「テール。俺は、俺の判断によって全てを行う。ただし、別に理を破っているわけでは無い」


 俺の言葉に眉を潜めたテールは、俺がこっそり指さす先を見て目を見開いた。


<あれは……もしかして?>

<そういうことだ>


 思念で問いかけて来たので、こちらも思念で答えを返す。

 俺が指さした先にあるのは、先程配られた口直し用のデザートだった。


 ――魅惑のソルベ。


 カリスマなどの魅力をあげる効果をもつデザートで、それ自体も惹きつけの魅力をもつ。

 目の前に出されれば、それまでの言動を忘れて食べずにはいられないという代物だ。これに抗うには、英雄級の能力を持たなくてはならない。まだ発芽していないようだが、このソルベを前にして俺との会話を優先できたジルベルトは、英雄になれる資格を有しているのだ。俺の絶対庇護を受けても廃人になることは無い。


「庇護と……繁栄……」


 一瞬だけ茫然と呟いたジルベルトに、俺は笑む。

 食事の効果で知能が跳ね上がっているのであれば、その判断力も相応のものになるだろ。出来ればジルベルトとは友好的な関係を築いておきたい。騙すような真似をして後の不和を作りたくはないのだ。


「問おう。我と共に歩むか否か」


 出来るだけ優しい笑みを作ってみせる。恐ろしい顔をしているらしい俺でどれだけ効果が出るかは不明だが、少なくとも好意ぐらいは伝わってほしい。こっそり先にソルベを食べて魅力をあげておいたのだが、果たして結果は如何に……!?

 

「あなたは、私の現状も野心も私が語る以上を聞かずに申し出てくれた。おそらく、すでに知っておられるのだろうが、それでも――直接私を見て、私の信念に則った判断を優先してくださっている」


 フード越しとはいえ、俺の眼差しを受けて尚ジルベルトは真っ直ぐな目で言った。


「それはとりもなおさず、今の我が家でもそちらへ対価を持っていると、判断してもよろしいでしょうか?」

「然り」

「で、あるのならば、是非にとも」


 ジルベルトは頭を下げた。潔い程に。


「どうかあなた様の歩む道の傍らに、私共もお加えください」






 ジルベルトの返答で、俺の仲間に初の人間が加わることになった。

 よっしゃあああああああああああ!!

 人間の仲間だよ! 人族だよ!! 前世では蛇蝎のごとく忌み嫌われていた俺が! ついに人族の仲間を手に入れたのだ!!

 おお、ジルベルトよ、我が友よ。お前は今日から俺の人族初の親友だ! いっぱい贔屓するから俺を見捨てないでね!!


 鷹揚に頷きながら、内心で涙流してガッツポーズをしていた俺に、ポムがそれはそれは優しい眼差しをしていやがった。いつか一度きっちりシメないといけないが、今日は喜ばしい日だから我慢してやろうとも。俺は寛大な男なのだ。ジルベルトの手前もあるしな!


 俺の正式な客となったジルベルトは、更に俺達の手厚い歓待を受けることになった。

 その後に供された肉料理や締めのデザートまで最上級を揃え、お土産に俺お手製の衣服に加えて保存食や紅茶などの嗜好品を渡すと共に、ポムの謎技術的なマッサージによって疲れ果てていた二人の体を徹底的に癒したのだ。

 ちなみに俺は回復魔法で貢献した。食事効果の持続回復があったから不要といえば不要なんだが、そこは『俺もがんばったよ!』というアピールである。友情は努力をコツコツを積み上げてこそなのだ。たぶん。

 ……前世の俺に、友達と呼べる相手がいたかどうかは決して考えてはいけないことだが。


 だが、これだけで終っては魔王の沽券にかかわると言うものだ。

 ジルベルトは、俺の親友かつ盟友となったのだ。ならば、彼の現在の状況をまず徹底的に改善しなければならない。これは友としての、そう! 友としての!! 大事な使命なのだ!


「アヴァンツァーレ家の負債等に関連する財産関係は、外部者である俺が口を挟むことではない。手を貸してほしいというのならいくらでも貸すが、まずは生活の改善が急務であろう。ということで、そちらの家屋敷の改善を行いたいが、構わないだろうか?」

「家の改善……ですか?」

「そうだ。衣・食・住は、全ての基本だ。今の貴殿は下手をすれば数年で命を落としかねないほどに疲労している。これをとるために、少なくとも今日は今すぐ家に帰って睡眠をとるべきだ。そして睡眠とは質の良いものでなくてはならない。俺の渾身作であるベッドを差し上げる。安眠のお墨付きだ。ぜひともそれで寝て欲しい。貴殿が朝目覚めるまでの間に、そちらが心地よく生活できるよう周囲の環境も整えよう」

「あの……それは……必要な、ことなのでしょうか?」

「とても必要だ。最優先といってもいい。特にトイレは」


 俺の魂からの声に、本気を悟ったらしいジルベルトは気圧されたように頷いた。


「……坊ちゃん……脅してはいけませんよ」


 失礼だな! 失礼だなポムは!!

 俺はジルベルトの体調を考えて最高の環境を整えてやりたいと思っているだけじゃないか! 決して、風呂とトイレが完備してない場所なんて許せないと思っているだけじゃないんだぞ! ものすごく思っているが口に出さない程度の常識はあるんだぞ! でも俺も友達の家には遊びに行きたいし! トイレないと辛いし!!


「さて。そうと決まれば、善は急げだ。そちらの屋敷に行きたいのだが……構わないだろうか?」


 平静を装いながらわりと必死な気持ちで問うと、ジルベルトは目を丸くしてから、ちょっと恥ずかしそうに微笑った。


「はい。それは勿論。出来る限りのおもてなしをさせていただきます」


 聞いたかポム! 俺は今生における初友達のお宅訪問を成し遂げたぞ! 記念に後で絵にするのもいいかもしれないな!

 しかし、ポムはとても優しい微笑みを浮かべながら爺さん執事に話しかけていて、俺の方を見てはいなかった。

 なんということだろう! ここは「やりましたね坊ちゃん!」ぐらいの声援は送るべきじゃないのか!?

 ……まぁいい。なによりも、まずジルベルトの家を魔改造、違った、改築を進めないといけないのだ。些事に関わってはいられないとも。ポムはあとで尻百叩きだとも。


「では、参ろう。ノア、後は頼むぞ」

「畏まりました。どうぞお気をつけて」


 護衛を兼ねた従僕としてポムだけを伴い、俺はうきうきと玄関を出た。

 その瞬間、


「うわー! おっきい風車ー!」

「変わった建物があるー」

「木造って珍しいですね。あ、でも、漆喰の上に張ってるんでしょうか」

「見て! 馬車が止まってるよ!」

「お貴族様の馬車だー。地味だからお忍び用ってやつ?」

「誰か出て来たよー?」


 なんだか賑やかなのが馬車道を通ってやって来た。

 隣に風車がある我がロルカン支部は、倉庫兼家屋に対して防音対策を施している。そのせいで外の音がほとんど聞こえず、異変に気づきにくいという点もあった。屋内の音は完全遮断してないので、防音対策としては今一つな点もある。

 ……機密保持の為に、屋内の音を完全遮断したほうが良さそうだな……


 近づいて来るのは、どっしりとした丈夫そうな馬に引かれた荷馬車だった。幌すらない馬車だが、足回りを見るに造りは良さそうだ。その上に乗っているのは十人に満たない人間だが、全体的に若かった。

 御者台にいる男が一番年長で、おそらく二十歳前後といったところだろう。後ろの荷台に乗っているのはそれよりも若く、どう見ても全員十代前半だ。

 寒村の人減らしだろうか?


 一部の富裕層のみが富を蓄える人族は、その大半が貧しい暮らしを余儀なくされていた。その貧しい層では、養えない子供を減らす為に出稼ぎに出したりするという。幼い子供も多いが、働きに出すだけまだマシかもしれない。その場で殺してしまうことも多いのだから。


「坊ちゃん」

「……ああ」


 ポムの声に、俺は嘆息をついた。

 良いところで雇われればいいな、と他人事ながら哀れに思う。だが、あのような出稼ぎが常に発生しているのであれば、もっと麦の輸出を多くしたほうがいいかもしれない。養えない者を村に留まらせるのも問題だが、人口の流出は領にとっても死活問題だろう。

 ――というか、こっちに向かって来てないか?

 きょとんとした俺の前で、荷馬車が止まった。俺達に見つめられて、荷馬車に乗っていた子供達も乗り出していた体を引っ込めて縮まってしまっている。

 なんだろうか? 前を通る挨拶だろうか?

 ――と思っていたら、ポムが声をあげた。


「お久しぶりですねぇ、ロベルトさん。麦はもう売れたんですか?」

「あれ、ポムさんか。流石に速攻で売れてしまいましたよ! あれだけ安く抑えていれば、村人達にとっては宝の山ですよね。これで飢えずに済むと涙流して感謝されちゃって、俺まで善人になったような気分でしたよ!」

「いやぁ、ロベルトさんは善人でしょう。おいでになったということは、また麦の買い付けに? 後ろのお子さんたちは出稼ぎの子ですか?」

「ええ。頼まれていた人足です。……といっても、みんな若いですが、ええと、年齢制限は上も下もされてませんでしたよね?」

「ええ。若い方は歓迎ですよ。仕事を仕込むのも時間がかかりますからね」


 仲良く会話している二人に呆気にとられながら、俺はしげしげとポムと話す男を見上げていた。

 おそらく十八か十九ぐらいの、なかなかに造作の整った男だった。端整な顔立ちながら、男らしさを感じさせる。おそらく女性にモテるだろう。俺のようにダンス会場で相対した女性が卒倒したりすることなく、後から後から申し込まれて困るような手合に違いない。おお! 憎らしい手合いめ! このわき上がる怒りと悲しみはきっと俺の嫉妬では無い。そう、これは魂の奥底に刻まれた種族的敵対心というかそういうやつだ。そうに違いないとも!

 ともあれ、俺は紳士だ。そして寛容な男なのだ。ジルベルトの友でもある。ならばここは心を落ち着けて紳士に振る舞うべきなのだ。例え相手がこの男であろうとも!


「……レディオン殿」

「テール。気にするな」


 俺が見ている相手を精霊王達も見ていた。テールの声に、俺は軽く手を掲げて制する。ここで言うべき会話では無いはずだから。


「うわ、すごいな……」


 相手もこちらに気付いて目を丸くした。しげしげと俺と後ろにいる精霊王達を見て、ちょっと空を見上げて、次に笑顔になって子供達を振り返った。


「おーい。雇い主になる相手を前に縮こまってちゃ駄目だろ? ほら、下りて挨拶挨拶」

「……雇い主?」


 眉を潜めた俺に、男はキョトンとした。


「え。グランシャリオのひと、でいいんですよね?」

「……そうだが」

「坊ちゃん。こちらのロベルトさんは行商人なんですよ。うちの取り引き相手です」

「はぁ!?」


 後ろのラ・メールが素っ頓狂な声をあげた。危なかった。俺もあげかけていた。先にあげられると驚きも落ち着くというものだな。グッジョブだぞ! ラ・メール!


「いやだって……行商人?」

「いやぁ……商人っていうのも、すごいと思うんですよ?」


 ラ・メールの声に、ロベルトとやらは頭を掻きながら言う。確かにその通りなのだが、それにしても『行商人』は無いだろう。どうやら向こうもある程度こちらを察したようだが、お互いに驚きすぎてどう対応していいか分からない状態になっていた。まぁ、俺としてもいきなり戦闘とかにならないのは有難いんだが。

 俺はちょっと遠い目になる。それにしても、なんでいきなりと出会ってるんだろう? 俺はサリではないのに。


「そして行商人として、俺はグランシャリオさんの所の麦を売りに行ってましてね。ついでに声をかけておいてくれと言われていたので、出稼ぎの人達を募集したんですよ。で、この子供達です」


 ロベルトの声に、ちょこまかと荷馬車から下りていた子供達が慌てたように声をあげた。


「ベランカです。十三歳です」

「ブルーナです。十歳です!」

「アドルフォです。十二歳です」

「ブルーノです。ええと、十一です」

「エジリオ、です。十歳です」

「え、エルネストで、す。十一、です」


 見事に十代前半だ。というか、最年長でも十三か……


「道中も野営の手伝いをしっかりしてくれるいい子達ばかりです。雇ってあげてもらえますか」


 ロベルトが俺を見ながら言う。真面目な顔だが、その実俺を確認しているのが分かる。やはり剣の腕もそれなりだろう。精霊の加護は無いようだが、その一歩手前と見るべきかもしれない。

 ……しかし、それが何故行商人……というか、うちの連中の姿を見てだいたい察しているだろうに、何も言わないし……だいたい、ポムは気付いているのか? うちの他の連中は気付いてなさそうだが……いやそもそも、普段は普通の人間と見分けがつかないか。耳が尖ってるわけでも目が釣り上がってるわけでもないしな。しかし……


「あのぅ。坊ちゃん。皆困ってるみたいなんですけど。あと、皆さんずぶ濡れなんで、このままだと風邪引いちゃいますよ?」


 ポムの声に、俺は思考の海から意識を引き上げた。同時に、反射的に魔法でずぶ濡れな全員から余分な水分を撤去して脇に捨てる。子供達が驚いた声をあげたが、よく聞くとその声にも病魔の気配が潜んでいた。


「湯殿に案内してやれ。女性が先だ。男はその間、暖炉で冷えた体を温めておけ。暖かい飲み物と毛布を用意しろ。……寝場所が無いな。ノア、確保できるか?」

「今日だけは街の宿にお泊りいただいたほうがよろしいかと。こちらで手配いたします。明日にはこちらで整えます」

「よし。教育とあわせてお前に任せる。腹が空いているようなら食事の用意もな」

「はっ」


 食事、の一言に子供達から歓声があがった。その隙にさっさと癒しの魔法で病魔を追い払っておく。軽い風邪だろうが、栄養状態の悪そうな子供にとっては致命的な病になりかねない。

 俺はロベルトを睨みつけた。


「……なぜもっと早くに休ませなかった」

「え!? いや、子供らが早く街に入りたいって言うから。最低でも教会まで行けば暖炉の火とスープぐらいはもらえるし」

「その前に風邪をひいては意味があるまい。どこで雨に降られたのかは知らないが、勇……いや、大人の男であれば気を付けてやるべきだろう」

「というか、どこで雨に降られたんです?」


 俺とロベルトの会話に、こそっとポムが混じってきた。

 ノアに連れられて家に入っていく子供達を見送りながら、御者台から下りたロベルトが答える。


「それが、おかしな雨雲が普通じゃないルートで大雨降らせながらやってきたんですよ。本来なら手前で西に逸れて絶対降らないような場所まで」


 ……ん?


「雨のルートを外れた大雨を降らす雲、ですかぁ……ちなみにもしかして、数時間前?」

「そうです。この時期なら季節風とかの関係で、絶対に俺達が通っていた道には来ないんで、普通にそのまま動いてたら……なんというか、横殴りの風にも負けずに根性いれてこっち目掛けて突き進んで来て……」


 ……あれ、それって……


「普通じゃないなと気づいた時には逃げられない距離とルートだったんで、仕方なく突っ切りました」

「ははぁ……だ、そうですよ、坊ちゃん」


 うるさいよ。そして全員で俺の方を見るのはやめるんだ! 俺が犯人だってバレるだろ!?

 しかし、俺が魔法で北上させた雨雲が、こいつ等の頭上に向かうとか……狙ってやったわけじゃないが、まるで俺が攻撃したみたいじゃないか。俺はもしかして、いきなりピンチなのだろうか?


「それは……不運だった、な」

「ええ、まぁ。でも、あのまま北上したら渇水にあえいでる地区まで行くでしょうから、そっちでは喜ばれるでしょうね」

「! そうだな。その通りだな!」

「……坊ちゃん……」


 うるさいよポム! バレるから優しい眼差しはやめるんだ! ほら、ロベルトもなんか納得したみたいな顔しちゃってるだろ!? お前は俺が剣突きつけられてもいいの!?

 ジト目でポムと無言の応酬をしていたら、ロベルトがジルベルトの方を見て首を傾げた。


「ところで、そちらの人は、もしかして領主様でしょうか?」

「ええ。ジルベルトといいます。行商人の方は、グランシャリオ様ともう契約をかわしておいでですか。なかなかやり手なのですね」

「うわお、えらい所で鉢合わせちゃいましたね。ええと、行商人のロベルトです。あちこち回ってますので何かあればお声掛けを是非! グランシャリオさんのところは、たまたま募集に応募したら採用されたというだけです」

「それは幸運でしたね」

「ええ。なんだかすごい在り得ない体験をしています。あの時も今も」


 そうだろうな。俺も在り得ない体験をまさにしている真っ最中だよ。ちなみに後ろでしばらく絶句していた三精霊王も俺と同じ意見だろう。

 ……ポムは明らかに違うっぽいが。


「ちなみに採用したのは私です。坊ちゃん、いい仕事したでしょ~」

「……そうだな」

「お給料、あげてくださってもいいんですよ!?」

「尻二百叩きな」

「何故!?」


 こいつは本当に気づいていないのだろうか? どう考えてもそうは見えないんだが。

 ――まぁ、いい。


「麦の取り引きの続きであれば、ノアに任せることにしよう。……ああ、斡旋料の支払いもあるな。必要経費込での計算になるが、そのあたりはどうなっている?」

「先に手数料を払っていますが、そうですね……初回サービスってことでさらに奮発してさしあげては?」

「……その発想もどうかと思うが。まぁ、成功報酬はあってしかるべきだな」

「……えぇと、斡旋者としましては、そちらのお家で先程の子供達が担当することになる仕事とやらも気になるのですが」


 俺とポムの声にロベルトが恐る恐る問いかけてくる。

 本来言う必要の無いことだが、懸念は理解できたので教えてやった。


「教育を施しがてらの雑用だ。読み書きと計算が出来るようになってから、正式採用として仕事を任せていくことになる。いずれ年と実力が備われば、他の街で支部を作る時に支店長を任せることもあるだろう。衣食住はこちら持ち。雑用期間も教育費を差し引いた分の給金は出る。教育代はそれほど高く設定していないが、最初のうちは銅貨数枚程度のお小遣いだろう。仕事を覚えればその分稼げるシステムだ」

「……なにか、すごい恵まれているような……」

「心配ならしばらく付き添っておくがいい。仕事をしてもらうことになるが、かわりに衣食住と小遣い程度の給金は保障しよう。どうする?」

「あ、じゃあしばらくお世話になります」


 ……返事が早いな。まぁ、当然か。


「では、ノアに伝えよう。俺達は行くところがある。後はノアに任せる」

「あ! ええと、出来たらそっちについていきたいんですが」


 一瞬、精霊王達が視線をかわしあったが、俺は嘆息を一つつくだけに留めた。


「好きにするがいい」






 自称『行商人』の名前はロベルト・バルダッサーレというらしい。

 商人の息子だったが、三番目であるため家を継ぐということにはならず、独り立ちする為に十になった頃から旅に出ているのだそうだ。


「十歳で外に、ですか。凄いですね」

「いやいや、領主様のほうが凄いでしょう。成人と同時に領主に就任なんですから」

「……そうでもありませんよ」


 自嘲を浮かべるジルベルトの姿に、俺は空気を変えるべく声をあげた。


「ロベルトは、いっそ冒険者になろうとか思わなかったのか?」

「冒険者ですか……個人的にはちょっと遠慮したいですね。根無し草が一番気楽でいいですよ」

「……変っているな」

「いやぁ、そちらほどじゃないと思いますよ」


 俺の声にロベルトは苦笑する。

 俺達がいるのはアヴァンツァーレ家の中だった。無論、案内をしてくれているのはジルベルトである。

 馬と荷馬車をグランシャリオ家の片隅に停め、ロベルトは身一つで俺達にくっついて来たのだ。臨時ではあるが、立場としては俺の従者である。

 ……こいつの立場的にどうなのかと思うが、潜入捜査みたいなものなのかもしれない。俺はジルベルトに害を与える予定は全く無いが、こいつの立場からすれば見張らないとまずい、というものだろう。

 アヴァンツァーレ家の馬車は爺さん執事が仕舞いに行ったので、俺達の他には俺の後ろにポムがいるだけだった。

 精霊王はグランシャリオ家に残る、と言って同行していない。

 そのくせアストラル・サイドからじっと見つめてきているあたりが、なんとも言えない。……どうせバレてるんだから、素直に同行してればいいものを。


「お屋敷にずいぶん人がいないんですね」

「雇うお金が無いので、大部分の家人に暇を出したんです。優秀だから、他家でも立派にやっていることでしょう」

「あ、これは失礼を……」


 ロベルトが迂闊な事を言って墓穴を掘っている。もう少し情報を集めるということをするべきだろう。まったく。魔族の俺がこんなに人に配慮しているといのに、何故こいつは……というか、ポムは俺を見ながらニヤニヤ意味深に笑うのはやめるんだ! 怖いだろ!? ちゃんと言葉を発しような!? 俺は心眼の使い手じゃないから、お前の心はいつだって謎模様だぞ!


「ええと、こちらが私の私室です。もう何も無いのですが」


 俺の願いで案内してもらったジルベルトの私室は、本当に何も無かった。

 いや、ベッドはあったが。というか、ベッドしか残っていなかった。


「……」

「……売ったんですか……? 領主様……」

「はい。全部売りました」


 沈黙したまま中へと進む俺の後ろで、唖然として声をあげるロベルトと、それに答えるジルベルトの声が響く。ポムも黙ったままきょろきょろと周囲を見渡しながら中に入ってきた。

 ジルベルトの部屋は広かった。といっても、俺の寝室より少し狭いぐらいだろう。元々は家具も置かれていたのだろうが、今は絨毯すら無い有様だ。

 残っているベッドも古い。流石に藁の上にシーツを被せただけというものでは無かったが、衛生的にどうかと思うようなくたびれた羊毛布団で、しかも最近使われていないのかうっすらと埃が積もっていた。


「領主殿。このベッドは思い入れのあるものか?」

「え? いえ、昔からのものはすでに売ってしまっていて、これは代理で使っているものです」


 このベッドも代用品か……! というか、どれだけ借金が酷かったんだろうか……ほとんどのものを売り払ってるじゃないか。


「……そうか。なら、少し外に出ていてくれないか。俺から贈り物がある」

「え!? いやあの、服もそうですが、グランシャリオ様にそこまでしていただいては……」

「レディオンでいい。俺もジルベルトと呼ぶことにする。協力を申し出たからには、あらゆるものにおいて全力でバックアップするべきだろう。借りだと思うのであれば、儲けてあとで返してくれればいい。街が豊かになればなるほど領主は儲かるんだ。俺にとっては前投資のようなものだ」

「その前投資だけで相当な金額だと思うんですが……はい、大人しく外に出ています」


 俺がジッと見つめていると、フード越しでも熱意を感じたのかジルベルトが困ったような笑みとともに部屋の外に出た。

 よし。


「ポム」

「はい、坊ちゃん」

「徹底的にするぞ」

「畏まりました」


 まず部屋に残っていたベッドを撤去。無限袋に収納。

 次に掃除用具を取り出したポムが物凄い勢いで掃き掃除拭き掃除を済ませていく。

 その間に俺は無限袋から家具を取り出し、ポムが掃除を終えた場所にせっせと配置していった。

 カーテンに絨毯、箪笥に書斎用机と椅子。壁掛けは落ち着いた色彩のものを選び、大鏡も設置する。

 部屋の外に出損ねていたロベルトが突っ立ったままだったので無理やり手を借り、袋から取り出した部屋着や寝間着を箪笥に収納させた。


「絹!? というか、すごい量……」

「しっかり手伝え。今のおまえは俺の従者なんだから」

「……いや、手伝いますけど……というか、なんで、人間の領主の部屋を整えてるんです?」

「最低限の衣食住を整えることは、健康的かつ文化的な生活を過ごすのに必要なものだ」


 そしてスキルアップの為に大量に造られた俺のお手製家具の在庫を減らすのにも有効なのだ。


「ポム、ご苦労。ひとまずはこんなものだろう。生ける花が無くて花瓶が寂しいが、それはまた後日だな。――ジルベルト、入っていいぞ」

「はい。――なんですかコレ!?」

「おまえの部屋」


 素直に部屋へと入ってきたジルベルトは、愕然とした顔で棒立ちになった。

 まぁ、だだっ広い中に簡素なベッドだけがあった部屋が、黒樫の調度品と天蓋付ベッドが備え付けられた部屋に変ったんだから驚くよな。


「どこからこんな家具が……!?」

「魔法の袋からだ。容量拡張されてるタイプのな」


 ざっくり説明した俺に、ジルベルトは口をぱくぱくさせる。


「あの、一部の魔法使いでしか持てないと言う、魔道具ですか……!? でもこんな素晴らしい家具……」

「どうせ俺が作ったものだ。沢山ありすぎて袋を圧迫しているから、ここに置かせておいてくれ。使い古してくれるとありがたい」

「ええと……」

「代わりに大規模改装計画に賛同を頼む」

「はぁ……よくわかりませんが、グランシャリオ様……いえ、レディオン様には必要なことなんですよね?」

「呼び捨てでいい。そうだ。俺にとってはとても大切なことなんだ。ついでに街も富む」

「では、お任せします」


 ジルベルトの声に、ロベルトがギョッとした顔になっていたが、俺と領主の間の取り引きではもう決まった事なので待ったなしだ。


「ところで、俺の一番の力作はそのベッドなんだが、転がってみてくれないか?」

「凄く立派な寝台ですね。……天蓋は、ベルベットですか……これ、もしかして、王室御用達とか、そういうレベルではありませんか……?」


 むふり。素直に驚いたり賞賛してくれる相手は貴重だな!

 ポムなんて驚きもわざとらしいから、逆に馬鹿にされてるような気がして辛いからな……


「裁縫技師と木工技師の上級になるあたりで研鑽をつむのに最適な品でな。これは特にクオリティが高く出来たものなんだ。寝心地も最高で、疲れをよくとってくれるはずだぞ。とはいえ、まだ誰も寝たことがないから、試してもらえると嬉しいな」

「はい」


 なんの疑問も抱かずにベッドに登って転がるジルベルトに、俺はにっこりとほほ笑んだ。


睡眠ソメイユ


「おい!?」


 流石に見過ごせなかったのかロベルトが声をあげたが、すでに発動した魔法でジルベルトはぐっすり眠っている。どれだけ騒いでも最低六時間は起きることが無いだろう。ジルベルトの疲労度からいって、明日の朝まではぐっすりのはずだ。


「なんのつもりだ!?」

「ジルベルトの体力は限界だ。食事とマッサージ、回復魔法で少しは良くなっただろうが、睡眠不足をごまかすのは不可能だ。一度しっかり寝た方がいい。その間にこの屋敷を快適なものに整えることも出来るしな」

「……魔族がこの地で、何をするつもりなんだ」


 油断なく俺を見ながら、見えない何かを取り出そうとした恰好で静止しているロベルトに、俺は鼻を鳴らした。

 そのロベルトの喉元には、いつのまに抜いたのかポムの短刀が突き付けられている。

 ……相変わらず、おっそろしい腕だなポム……


「都市開発と開拓だ」

「……人間を労働源にして、か?」

「いらん。人間は弱いから力仕事に向かない。ゴーレムにやらせた方が遥かにマシだ。開拓と都市開発は俺がやるから、人間はそれを発展させればいい。だいたいにして、下水道を整えないとまた伝染病が発生するだろう。命を守るのに必要な技術がなんで蓄積されてないんだ? おかしいだろ?」


 俺の声に、ロベルトは目を丸くした。


「……え、いや……下水道?」

「そうだ。まずはこの屋敷を改装する。ついでに掃除と、売り払われた家具の代わりに新しい家具も設置する。この街が富めば領主としてジルベルトの仕事も増えるのだから、今の領主邸では駄目だ。他の貴族が来たときに足元を見られる」

「……いやまぁ、そうだろうけど……」

「地下を掘ったり壁を壊したりする必要もあるから、改装には轟音を伴う。なので、疲労困憊しているらしい屋敷中の者を一度眠らせて、寝ている間に行う。今からたっぷり寝れば、朝起きた時にはだいぶ寝不足も解消されるだろう。その間にせめてトイレと風呂ぐらいは整えておく予定だ」

「……」

「本来なら、人王となる者が世界を調整して行わないといけないものだぞ。何故、歴代の勇者はコレをしない。おまえ達のやり方はおかしすぎるぞ」

「いや……というか、なんで、あんたがそんなことをしてるんだよ……?」


 ロベルトの声に、俺は薄く笑った。


「愚問だな。ジルベルトは、我が庇護を受けた人間だ。つまり、俺の友達ということだ!」

「……」

「貴様には分かるまい。庇護を与えると誓ったからには、俺にはジルベルトを健康で文化的な生活に戻す権利がある。体調を元に戻すのも屋敷を改装するのも街を再生させるのも全てその為だ。それが友情と言うものだろう!」

「……友情……?」

「貴様は俺の友情を疑うと?」

「いやっそういう意味じゃなくってねっ!?」


 ゼロコンマの速度で顔面ギリギリまで詰め寄ると、ものすごい勢いで仰け反られた。失礼だな! いくら俺が酷い顔をしているからって失礼だな! だいたい、フード被ってるんだからちょっとはマシなはずだろ!?


「もともと、お前達がきちんとしないから人族の文化が退廃してるのだろうが。少しは責任を感じるがいい。だがジルベルトは我が庇護を受けた人間、貴様には渡さんからな!」

「いや……なんかこう……もういっか……別にあんたと争う気は俺には無いし」

「俺にも無いな。敵対しないなら別に敵じゃない」


 なんだかガックリと肩を落としたロベルトに、俺は胸を張ってみせる。

 ロベルトは寝ているジルベルトと俺を見比べ、気の抜けた顔で笑った。


「なんというか……変な魔王だな、あんた」


 俺は肩を竦める。もう危険は無いと判断したのか、ポムが刃を仕舞って俺の後ろに立った。

 それを見守ってから、俺はロベルトに言った。


「行商人してるそちらほどじゃないがな。――当代勇者よ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る