第45話 港街再開発計画 其の壱 ~領主邸魔改造~
勇者という存在は、魔王より遥かに短命だ。
魔王の在位が余程の事が無い限り数百年なのに対し、勇者の存在は常に僅か十数年というのだからある意味異常だ。
なぜそうなっているのか、原因は調査で知れるが、その理由は分からない。
ある者は人族の騒乱に巻き込まれ、
ある者は国王の敵として討伐され、
ある者は生まれてすぐに親によって殺され、
ある者はわざわざ大陸を越えて魔王に戦いを挑み、
ある者は自ら命を絶った。
俺達魔族にとって、勇者とは唯一魔王を殺す可能性を持つ最強の人間だが、同時にわざわざ大航海までして攻め込んでくる輩以外は、人族の大陸で生きて死ぬごく普通の人間でもあった。
たまにとんでもなく阿呆な魔王や勇者が生まれ、お互いに喧嘩を売りに行く、ということもあったらしいが、悠久の如く続く魔族の歴史から見ると極稀な話だ。
魔族は人族が魔大陸と呼ぶセラド大陸でのんびり暮らしている一族だし、人族はセラド大陸以外で暮らしている一族のため、基本、余計なことをしない限り互いが交わることは無いのである。
もっとも、どちらかがどちらかの大陸に赴いた時に、こうやってバッタリ会ったりすることもあるが。
「魔王を目指して志半ばで斃れる勇者もいるというのに、なんで俺が会うんだろうか……」
なんだかロベルトが遠い目をしている。
予想もしない出会いなのはこちらも同じだが。
「生きていればこういうこともあろう。俺としては、仮にも勇者たる者が行商人をしていることに果てしない疑問を感じるのだが」
「俺の台詞じゃないか!? なんで魔王が商人してるよ? おかしくない? なぁ、おかしくない?」
「心からお互い様のようだな」
俺の声にロベルトはガックリと肩を落とした。ついでに口調が変わってしまっているが、正体がバレたので俺の前でだけは素になるらしい。俺としては、こちらのほうが話しやすくて良いのだがな。
それにしても、やはり魔王を目指している勇者は多いようだな。俺達が知らないだけで、魔王を目指しつつも海を越えられずに倒れたりしているのだろう。
……存在すら知られてない勇者が多そうで、地味に不憫だな……
俺達が今いる場所は、港町ロルカン、アヴァンツァーレ家屋敷、その廊下だ。
なぜこんな所にいるのかというと、ジルベルトの言質――もとい、承諾を受けて俺が自主的受注したアヴァンツァーレ家魔改造の為である。
「――で、従業員さん達全員一纏めにして眠らせたうえに、完全防音防振結界を張って万全の態勢を整えて――これからどうすると?」
ほぼ巻き込まれ状態で俺達に付き合っているロベルトの声を聞きながら、俺はこの年齢であれば豊かな、そう! 豊かな髪を! ふぁっさ~とかきあげて言い放った。
「愚問だな……この屋敷の中にいる人間全てを結界に閉じ込めたのだ。やることは一つに決まっているだろう――大改装だ!」
「……あ、そう」
一瞬肩を落としたロベルトの前で、俺は意気揚々と告げる。
「来たれ! 我が僕、『
『無限袋』からポイちょ。
「『来たれ』つーか、今、空間袋から取り出さなかったか? 召喚じゃないのかよ!?」
外野が細かいことを気にしているが気にしない!
俺は「ふ。」とロベルトに向かって鼻を鳴らしてみせると、連続して『無限袋』から『
とりあえず、三十体ほど。
「容量おかしいだろ!?」
残念! 『無限袋』にはまだ待機してる岩ゴーレムさんも入っている!
ちなみに彼等が何故袋に入っているかというと、俺の農場にいる某クロエの親戚にメッセージで入れておくように伝えておいたからだ。
つまり、今俺が手にしているやつは、俺の直轄領とリンクしているやつなのである!
ポムに外装の製作を任せてたせいで、何故か純白のフリフリポーチだがな!!
「さぁ、我が僕よ、十体一組になれ! A班、お前達はこの屋敷を隅々まで掃き清めろ。既存物への危害は認めない。あと、ポムが何か頼んで来たら尻を一度引っぱたいてから言う事を聞け。さぁ、行け! ――B班、おまえ達はA班が掃き清めた後を隅々まで磨き上げろ! 既存物への危害は認めないぞ。そしてポムが何か頼んで来たら尻を一度引っぱたいてから言う事を聞け。さぁ、向かうがよい! ――C班、おまえ達は外装担当だ。これから呼ぶ
「……なんでポムさんの尻叩くのが条件になってんだ? あと、そういうのはやっぱかっこよく召喚して命じるもんじゃねーの?」
細かいな。
だが、ポムの尻はともかく、要望には応えようではないか。俺はサービス精神旺盛な次期魔王だとも。スマイルゼロゴールドだとも。
「ならば、見ているが良い。俺の召喚力の一端を見せてやろう!」
「おお!」
「我が声が聞こえたならば、出でよ『
ぶわわっ。
『この領内一帯の』と限定して【喚んだ】途端、凄まじい量の生霊が沸いて出た。
みっちり。
「ぎゃあああああああ!?」
「こら勇者! 剣を抜こうとするな! 『
いきなりパニックを起こしかけたロベルトをチョップして落ち着かせ、俺は軽く三百体は超えてそうな家政婦姿の生霊達に軽く手を向けた。ロベルトに向かってファイティングポーズをとっていた生霊達が、ビシッと直立の姿勢になる。
うむ。なかなか良い生霊達だ。働きが良かったらグランシャリオ家に正式採用してもいいな!
「なにか想定以上に来ているが、まぁいい。おまえ達に頼みたいのはこの屋敷の補修だ」
ジルベルトの屋敷は古い。
しかもろくに補修が入っていないせいで、おそらく雨が降れば雨漏りするだろう場所がいくつかある。そんな状態だから、壁にも経年劣化で生じた細かな罅割れが存在するのだ。
そこで取り出したるは俺特性コーティングモルタル! 後ろからギュッと押すことでチューブの先から特製液が割れ目に入り補強してくれる優れもの! いつか我が家の屋敷を補強する時にと試行錯誤しながら作ったのだが、劣化防止魔法の入っている我が家で使えそうな未来が想像できず、大量にお蔵入りすることになった俺の黒歴史である。
作る前に気付け、と我ながら思うが、作ってる最中は消費先も考えたいい錬成修練だと思ったんだ……減らない在庫が大量にありすぎて、日曜大工グッズ専門無限袋が一つ出来上がってしまったのは秘密である。
……いつかポムにバレて尻を叩かれそうな気がする……おお! 早く使い切らねば!!
「北西部一帯以外の場所において、
俺の声に、生霊達は全身をブルブル震わせてから物凄い勢いで分散していった。説明してる最中にごっそり取り出しておいたコーティングモルタルチューブセットもしっかり持って行ってくれている。よしよし。これでだいぶ在庫が減るはずだ。ジルベルトサマサマだな!
「坊ちゃ~ん。こっちの四部屋掃除終わってます~。随時部屋片付いたら連絡しますんで、家具配置お願いしますね~」
危ない! 間一髪でポムに在庫の山がバレる所だった!!
速攻で部屋の清掃に走って行ったポムは、現在一人でこの屋敷の全ての部屋を一つ一つ掃除して回っている。慣れたポムの手にかかれば、部屋一つ掃除するのに十分とかからないから凄まじい。俺が『
「さて。掃除の終わっている部屋から順次調度品を配置して行くか。ロベルト。今の貴様は俺の下僕なのだから手伝え」
「……なんだかなぁ……」
肩を落として歩く
●
アヴァンツァーレ家の屋敷は、領主邸ということで付近の家屋敷とは比べものにならないほど大きい。
俺の感覚では、この街同様『こぢんまりとした』ものだが、ロベルトに言わせるとそこそこ大きい部類に入るらしい。
……魔族の感覚でものを考えてはいかんのだな……
部屋数はそこそこある。
かつては
ちなみに植物を育てていたらしい
……昔は本当に裕福だったんだな……
……昔は本当に……いや、よそう……ジルベルトよ、大丈夫だ。今日から俺がついてるぞ!
まず掃除の仕上がった寝室は、それぞれテーマカラーを決めてセッティングした。
南側の部屋には暖色系、北側の部屋には寒色系。客室を兼ねるかもしれないが、今はおひとり様なジルベルトが夏と冬で贅沢に使えるように、だ。五部屋あるから、五色だな。深紅、蒼、クリーム、深緑、
豪華な絨毯を敷き、重厚な箪笥や書斎机、やたらと場所をとる天蓋付寝台を設置。
机とソファ、カーテンは絨毯の同色。机の上にカバーをかけて、アロマセット等を置いておく。燭台は火事が怖いので別のものに変更。魔玉を使った燭台風の照明具だ。日光や月光に当てておけば半永久的に光を灯す為、代々使える魔道具になるだろう。
撤去されていた暖炉の代わりに似たような大きさの暖炉を備え付け、煙突掃除の為に炭喰スライムを一匹放り込んだ。この
――たまに書籍の文字を食われたりするがな!
「ぼっちゃ~ん。応接セットあったらこっちにお願いしま~す」
おっと。寝室をセットしている間に、居間や応接室も掃除が終わったようだ。
応接セットは無論あるとも。でもこれ、素材が面倒で一個しか作ってなかったんだよな。一個で大丈夫だろうか……?
使うかどうか分からないが、ついでに黒曜石の灰皿と葉巻入れも用意しておこう。ついでに四隅の壁に
「……応接室に甲冑なのか?」
「ミスリルゴーレムだ。何かあれば、即・滅・斬」
「危ないな!?」
「ジルベルトは領主なのだ。自衛の手段ぐらいなくてはな」
ついでに掃除が終わった廊下にもせっせと設置していく
「さて、次だ」
「まだあるのか……」
あるとも。領主の館を舐めてはいかんのだよ。
老朽化しているとはいえ、かつては繁栄していた領主の本邸なのだ。普通の家とは部屋数からして違うのだ。――もっとも、その部屋のほとんどがガランとして埃だけが積もっていたりしたのだが。……やだ。何か、涙が……
「突っ立っているのが飽きたのなら、ゴーレムと一緒に掃除でもするか?」
やや鼻を啜りながら言った俺に、ロベルトは肩を竦める。
「実家でさんざんやらされたから、嬉しくねぇな……」
「そういえば、商家の三男坊だったか」
「そうそう。そこそこ儲けてたけど、三男坊以下に店をもたせるだけの資金は無くてな。実家を一番上の兄貴が継いで、二番目の兄貴が隣町の商家に婿入り。あとは自分で行き先見つけなきゃ、家の手伝いで終っちまうような小さな商家だったよ」
ほぅほぅ。勇者の身の上話とはなかなか貴重だな。
こんなのを聞いている魔王なんて、俺ぐらいじゃなかろうか?
「手伝いをしながら同じ町の誰かの家に婿入りするのも定番だろうに」
「……なんで魔王がそんなこと知ってるよ……? まぁ、そういうのもな、わりと激戦なわけよ。しかも俺と同年代の女の子っていなくてな……年下はいるんだが、うちには俺より年少のチビどもがいたしな」
ほぉん。弟に譲って自分は旅に出たわけか。
「勇者とくれば旅はセットみたいなものか」
「ヤな事言うな……。まぁ、生まれつき体は丈夫だったし、魔法もやたらと使えたしな。田舎の村じゃ珍しいのを通りすぎて異端だったほどだ。魔法使いの出生率が年々下がってるだろ? そのせいで重宝はされるが……なんというか、大っぴらに魔法が使えるのを吹聴したらヤバい気がして、暖炉の火つけとか、物を浮かせるとか、そういうのしか使わないようにしてたんだよな」
「地味だが役に立つ無難な魔法だな。身を隠しつつ暮らしを助ける、か。良い工夫の仕方だ」
成程と納得した俺に、ロベルトが照れくさそうに鼻を掻く。
「いや、まぁ、な。それでも、隠しきれないこともあるだろう?……二番目の兄貴が婿に行くって言うんで、じゃあ俺は行商人になるよ、って外に出ることにしたんだ。馴染の行商人にくっついて行って、な」
それからの生活は、村での生活とは一変したものの、思ったよりは辛くなかったという。
もともと『勇者』の資質をもつ存在だ。身体能力も魔力も常人とは比べものにならないほど高い。多少の困難も、剣と魔法で切り抜ける事が可能だろう。
商いの傍ら、本を読むことが好きだったロベルトは、風変わりな伝承を持つ村を巡ったり、珍しい食べ物や蒐集物を扱う人達と懇意になったりしながら、大陸をあちこち回ったという。
……普通は、その途中で勇者であることが発覚して国に召し抱えられたり教会のバックアップがついたりするのだが、ロベルトはそれらをかわして行商の旅を続けていたらしい。
自身が『勇者』であることに気付いたのは、『精霊の森』に入った時だと言う。
「『精霊の森』?」
「そう呼ばれている、大森林だな」
セラド大陸にあるようなやつだろうか?
「巨大な迷路になっててな、入ることは出来ても奥に行くことは出来ない森なんだ。いつのまにか外に出ちまう、っていう寸法で」
「ははぁ。方向感覚を惑わされたり、時空を歪められたりしてるわけか」
「それそれ。で、勇者だけが奥に行ける、と」
成程。それは確かに『精霊の森』だ。
で、ロベルトはその森の奥に入れた、と。
「遺跡があって、明らかに怪しい光を放つ床を見てな。あ、こいつは駄目だ、と思って引き返した」
……おいおい……
「物語にな、残ってんだよ。その床に乗ったら精霊の国に行くことになる、って。そこに到達したら、世界が認めた勇者になっちまう、って。だから見なかったことにした」
「……『勇者』になりたくないのか」
「少し違うな。あそこに行けた限りは、俺は『勇者』なんだ。けど、物語にあるような勇者にはなりたくない」
「……そうか。成程な」
俺はため息をついた。
かつて俺を殺した勇者は、精霊の加護を受けた正真正銘の『世界が認めた勇者』だった。その能力は覚醒してないロベルトより遥かに高い。
そうした覚醒した勇者でなくとも、勇者としての資質を示すさけで国や教会はその相手に便宜を図り、力を貸す。金に困ることは無く、たいていのものが思いのままだ。なにしろ、本来、人族の頂点に立つ者となるのが勇者なのだ。もっとも、その場合は勇者ではなく別の名前で呼ばれるが。
「安心したか? 魔王サマよ」
「いや? もともと、俺が戦う相手はおまえ達ではない。それに、俺はまだ魔王では無いのでな」
「……ふぅん?」
「人間の敵は、人間だろう」
俺の言葉に、ロベルトは沈黙した。ややあって、乾いた笑いを零す。
「やれやれ。……人間の敵は人間、か」
「まぁ、魔族の敵になるというのであれば、遠慮なく俺が滅ぼそう。そうでないなら、好きに生きるといい。おまえのたった一つの人生だ。誰に憚ることもあるまい」
「……ああ、そうだな」
くしゃりと笑って、ロベルトは俺の渡してあったハタキを振る。
「ところで、ロベルト」
「なんだ?」
「そこはハタキがけの不要な場所だ。ついでに、そろそろ水回りの大工事に入るぞ。おまえも魔法で手伝え」
「……あいよ」
ちなみに水回りを整えようと排水設備に取りかかったらロベルトに絶叫された。
俺を殺した勇者より年上なのに、ロベルトは色々と堪え性の無い男である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます