第11話 泡沫にも似た されど愛しき日々



 生まれてから四ヶ月が経った。

 俺の身長がちょっとだけ伸び、体重も増え、髪の毛の量も増えた。けれど筋肉はつかない。……あれ、もしかして、俺……いや、まだだ。まだこれからだ。諦めるなよ、俺。

 そうそう、成長と同時に中央棟と西棟も解放された。それにあわせて廊下に立つ守護者の数も増えたが、我が家の財産からすれば微々たる出費だ。就職先としても優秀らしく、今年は孫に誕生日プレゼントを買ってあげれそうだという歴戦の老守護者の言葉には、俺もついつい涙目になったものだ。

 父様、この調子で民に財を分け与えてくれたまえよ!


 近況の変化といえば、最近、俺の周囲が微妙に賑やかだ。

 原因は分かっている。精霊族だ。

 あいつら、なんで入れ替わり立ち替わり俺の所に来るんだろうか。おかげで既存の精霊魔法は上級まで覚えなおしてしまった。

 ……大丈夫なのかこれ……こいつら、無害そうな顔して俺の上限を確認しに来てるんじゃないだろうな……


 一番入り浸ってるのは相変わらずラ・メールとテールだが、しばらく会わなかった炎の精霊王も時々顔出しするようになっていた。とはいえ、前者二名と違って近づいて来たりはしない。

 奴は、俺が台所からくすねてきた肉をこっそり魔法で焼いてると暖炉の向こうからジーと見つめてくるのだ。物言いたげな微妙な表情で。

 ……なにが言いたいんだ精霊王……

 お前にもらった遠赤外線グリル魔法は重宝しているぞ? めっちゃ使ってるぞ? だから、頼むから無言で見つめるのはやめてくれ。俺は男と見つめ合う趣味は無いんだ。……肉の切れ端、お供えしたほうがいいの……?


 あと、新顔の精霊王が色々と増えた。

 どういう理由でか件の三精霊王が連れて来る。

 大抵他愛もない会話をして帰るのだが、彼等が何をしに来てるのかがよくわからない。

 ……精霊族、実は暇なのかな……


 それよりも大事なことがある。俺の愛する未来の側近のことだ!

 ルカはすくすく育ち、今では自分で立って歩けるようになっていた。

 まだ走るのは覚束ないが、すぐに転ぶわけではないので一緒にいても安心だ。

 ……いや、最初の頃は怖かった。赤ん坊って、何もなくても転ぶものなんだな……


 よく笑うところは相変わらずで、髪の量も増えてますます可愛くなっている。あまりにも可愛くなったので、母様が前以上に男だか女だかわからない服を着せ始めた。似合っているが可哀そうだ。記録に残されるのだけは俺が阻止しておいてやろう。あと、総レースのパンツはどうかと思うんですお母様。

 と、他人事のように思っていたら俺の服まで無性別になっていた。

 母様!!


 そんな俺はといえば、階段の一段飛ばしが出来るようになったところだ。

 調子に乗ると転びそうになる為、まだまだ足腰の鍛錬に努めなくてはならない。この体はまだ手足が短くて胴と頭が大きいのでバランスが大変だ。早く大人になりたいものである。


 魔法はといえば、魔力制御はほぼ完璧になった。

 入り浸る精霊王他諸々のおかげで、精霊魔法なら相当幅広く使えるようになっている。元々前世で知っている魔法も随分と含まれているが、知らない魔法も多く揃えれた。


 水脈発見の為の魔法とか。

 血流を止める為の魔法とか

 石を金剛石並に硬くする魔法技術とか。

 魔力で宝玉を作る魔法とか。


 花の精霊からは花を咲かせる魔法を教わった。何に役立つか不明だが、母様が喜びそうだから、まぁいいだろう。あとはいずれ出会うだろう我が妻に見せてみよう。ふふふ。反応が楽しみだな!


 現在は魔力を直接具現化させる技術の鍛錬に入っている。

 宝玉にするのもそうだが、剣にしたり盾にしたり網にしたりと千変万化だ。

 魔力制御が一定以上出来ればこれぐらいはそう難しくは無い。ただ気を抜くわけにはいかない為、これも細心の注意が必要だった。

 もう少ししたら、父様に古文書を借りようかな。前世では俺が読む前に焼失してしまったものが多数あったはずだ。父様自身も、俺が所得していない魔法を持っていたはず。なにしろ魔法蒐集家だからな……うちの家はわりと蒐集癖をもつ者が多い。滅多に存在しない古文書があったりするのもそのせいだ。血統魔法ともども、教わらなくては。


 そして、俺はまだ、父様達と会話をしていない。


 いや、本当にタイミングどうしよう……

 もうそろそろ言ってもいいかな……「父様、俺に血統魔法の伝授をお願いいたします」……いや、直球は駄目だろう。あと難しい単語使うのもいかんな。

 どうするか……「ぱぱ、まほう、おしえて?」あたりが無難か。俺の精神がゴリゴリ削れそうだが。


 育児書によると、喋り始めるのはたいてい生後一年経った頃あたりだそうだ。

 長いな!? これから何か月あるんだ!?

 ちなみに普通一般での成長速度は、生後三か月から四か月ぐらいあたりでようやく首が据わりはじめ、六カ月目になるまであたりで寝返りをうつようになり、七か月目から九か月目ぐらいまでに、ひとり座りやハイハイがはじまり、早い子ではつかまり立ちが出来はじめるらしい。


 ……俺、全て完了してるんだが……本当にどうしよう……

 迷ってたら炎の精霊王が訝しげに問いかけてきた。


「おまえは、家族とは会話をしないのだな」


 直球だよ。このひと直球だよ。

 思わせぶりなアレソレとか無いよ。しかも今日も暖炉の片隅にいるよ。

 俺はこっそり遠赤外線グリル焼きしている芋を挟んで精霊王と向き合ったまま、小さく肩を落として言った。


「せいちょうがはやすぎると、きみわるいだろうからな」


 精霊王は微妙な表情だ。そして芋はいい匂いだ。


「そんなものか……」

「そんなものだよ」


 真面目な話なのだが、傍から見ると俺はひとりで暖炉に話しかけている変な赤ん坊に見えるだろう。

 ……やだ、なにかちょっと悲しい。

 炎の精霊王、ちょこっと暖炉の奥から出てこない?

 というか、名前なんだっけ?


「隠し事は、少ないほうがよかろう」


 誘う前に、妙に意味深な一言を残して精霊王は音もなく去って行った。

 ……ひとを不安にさせる男である。

 妙に意識しちゃうじゃないか。確信犯か?

 なんだか毎回魔法使うたびに暖炉の炎を挟んで見つめ合ってる気がするんだが、もしかして俺に惚れでもしたのだろうか。俺は男は喰わん主義だから、いらんよ?


 こんがり美味しく焼けた芋をほふほふさせながら、俺は会話を思い出す。

 早めに喋れることを打ち明けておけ、ということなのだろう。

 けれど、もし――嫌な顔をされたらと思うと、少し躊躇する。

 父親が、あのデレッとした緩い顔をしてくれなくなるかもしれない。

 母親が、にこにこ抱き上げてくれることもなくなるかもしれない。


(それは)


 なんとなく、嫌で、

 なんとなく、寂しい。


 ――本当は自覚している。


 ここは微温湯のようで、あの前世が悪夢だったかのように思わせてくれるから、だんだんと『変える』ことを怖がるようになっているのだ。

 きっと、壊れてしまえば、二度と元には戻らない。

 泡沫のようなものだと分かっているから、自分から文字通り言葉にして壊すのが怖いのだ。

 いつまでもこの微温湯に浸かっていたいと、思ってしまったから。


 けれど、そうしたら――きっと、後で後悔するのだろう。


 何を選べば一番後悔なく生きられるのか。――そんなことは分からない。

 もしかすると、もう少し時期を見てゆっくりしたほうがいいのかもしれない。

 逆に、もっと早くに動いた方がよかったのかもしれない。


 未来は分からない。

 例え滅亡までの道筋を進んだ記憶を持っていたとしても――『正解』は分からない。

 ただ、立ち止まることはきっと――どの未来に向かうものであっても、間違いなのだろう。


「……もう少しだけ、夢を見たかったんだがな」


 何も知らない赤ん坊のように。

 ただ何も思い悩むことなく、愛されたかった。

 その時間を楽しみたかった。

 抱きしめてくれる温もりに、抱きついていたかった。


 甘えたかったのだ。もう、甘えることの出来ない人達に。今だからこそ許される甘えを。


 もしかしたら、そんな時間の余裕なんて、最初から無かったかもしれないが。

 芋を食べ終えて、魔法で手を洗う。


 生まれてから四か月。


 覚え直し、行使可能な精霊魔法の数は千七百六十二。

 黒魔法千十八。

 白魔法百五十一。

 時空魔法八十九。

 種族魔法二十八。

 武技――未だ、ゼロ。


 数え、確認し、俺は歩き出す。

 最初に定めた目標で、クリア出来ていないのは一つだけ。

 ルカが御昼寝をしているこの時間は、父は書斎にいる。

 いつもならこの時間帯に構いに来る精霊達も、今日は気配を察してか遠巻きだ。


 俺は廊下を進んで、一つの大きな扉の前で止まる。

 二度目の生においては、まだ入ったことのない場所。

 書斎。――グランシャリオ家の領土に関する全てが収められた場所。

 小さく三回叩くと、声が聞こえる。ちゃんと大人らしい父様の声は、久しぶりに聞いたな。

 なんとなく笑って、魔力操作でドアノブを動かす。

 後ろで誰かが微笑っている気配がする。




 扉を開けて一歩を踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る