第10話 幕間 “我が善き母親達”の会合
時と空間の狭間。
交わらざる場所。
最果ての大地。
語り部達の集まる場所。
幾多の呼び名をもつそこを、パラミシアという。
アストラル・サイドにおいては、一つの種を同じくする意識生命体が集う場所。
物質界において“精霊の国”と呼ばれるそこは、常春の庭、緑なす山河、炎吹く大地、荒れ狂う海、永遠の氷河、暴風の谷、熱砂の砂漠、その全てがそれぞれの世界として存在している。
中央には闇に浮かぶ光の島。
永遠の水晶によって作られた大樹の城。
その光の島を中心にして、芽吹いた世界がそれぞれの属性に固められた国々。
そこが、精霊の住まう場所。
●
そのひとつに身を滑らせ、ラ・メールは自身の力の一部を解き放った。
肉持つ者の世界たる物質界では人型をとる彼女等も、本来の世界では自らの本当の姿で過ごす。水の精霊女王、ラ・メールは鮮やかな蒼の鱗を持つ龍だ。
〈遅参、お詫び申し上げます〉
ラ・メールの
精神体である彼等に肉声は無い。ただ『告げる』意思もつ思いだけが物質界の声と同じようにして他へと届くのみ。
〈では、先だって起きた異変についての意見交換を始める〉
円卓の一つ、順番で議長となった氷の精霊女王が告げた。
ラ・メールは、斜め前に据わる岩の巨人――大地の精霊王テールに意識を向ける。同じくこちらを探る意識を感じた。――伝わるのは、苦笑ともつかない感情だ。
(始まりましたわね)
(まぁ、おおむね予想通りな)
そんな遣り取りを交わす中であげられるのは、精霊族にとっての「先だって」――物質界では三か月以上前の出来事についてだ。
〈新たな魔王の誕生について〉
魔王――それは、全ての魔族の中で最も力強い者を指す。
ここ七百年ほどは黄昏の魔王サリ・ユストゥスがその座についていた。今も現存であり、その力は全精霊王を上回る。
だが、ここに新たな魔王が誕生した。
それは、現段階においてサリ・ユストゥスよりも強い、ということを指す。
〈唐突に現れたぞ……ここ数千年なかったことだ〉
〈前触れは何も無かったのか?〉
〈魔族の中には魔封じで力を制御している者も多くいる。その中のひとりでは?〉
〈馬鹿な。魔封じでごまかそうと『存在』は出現と同時に知れ渡る。突然出現するなど、ありえない〉
〈いや、各々方、それ以前に同時に発現した世界への呪いの方が重要でしょう〉
それぞれの思いを告げる精霊王達の中、銀とも緑ともつかない色あいの巨鳥が
〈『世界大規模呪詛』――種族を問わず、広範囲かつ不特定多数の者に放たれた死の呪詛です。その対象には、神族も含まれていると聞いています〉
うねるようにして各精霊王の
〈神々すらも呪われるなんて……〉
〈不吉な……〉
〈ただでさえ時空神がお隠れになっているというのに……〉
〈運命の神もその姿が見えないと聞くが……〉
全くの同時期なのか。関連性は。
そもそも、何故それ程の呪詛が発生したのか。
さわさわと不安と疑心に揺れる場に、ラ・メールは銀緑の巨鳥――風の精霊王の真意を測るように意識を研ぎ澄ませる。
(不安……疑惑……安堵? 満足?)
テールにパスを繋ぐと、すぐに手ごたえが返る。
(どう思います?)
(流れがおかしいの)
訝しげに気配を探る二者の前で、炎の巨狼が唸るように告げた。
〈呪詛の時期と、魔王誕生の時期は同じだ〉
我が意を得たりとばかりに巨鳥が
〈私は、此度の魔王こそが全ての元凶では無いかと考えます〉
〈異議あり〉
ラ・メールが
ふたりも反対意見が出たことに、特に巨狼の異議に巨鳥が驚くのが見えた。
〈結論が早すぎる。第一、呪詛の根源としてあの存在はあまりにも幼すぎる〉
〈左様。そもそも、どのような原因あって、世界への呪詛が発生したのかもまだ分からぬ状況じゃ〉
〈ですが! 発生源が新たな魔王であることは既に分かっているのですよ!〉
〈例えそうであっても、だ〉
四大精霊王のうち、三者の
〈そもそも、新たな魔王とは、どのような御仁か〉
雪の精霊女王の疑問に、テールがにんまりと笑った。
〈赤ん坊じゃ〉
〈は?〉
〈生まれて数か月の赤ん坊じゃ。此度の新たな魔王は、紛うこと無き『誕生』だったというわけじゃ〉
〈馬鹿な……生まれてすぐに現魔王を凌いでいると? どうやって産まれた。母体が持つはずなかろう〉
〈魔封じを施したと聞いていますわ。上級魔族の渾身の作が十個、鍛冶の神の手によるものが二個使われたとか〉
テールと雪の精霊女王の会話に、ラ・メールはそっと入り込んだ。
〈それをしてようやく生まれたと……〉
〈……おい、封じのとばっちりで呪いが来たんじゃないだろうな〉
〈いくらなんでもそれで神々まで呪われないだろ……いや、鍛冶の神は呪われるか?〉
ざわざわと揺れる気配に、氷の精霊女王がパンパンと意識に直接響く
〈この場で、件の魔王を直接見た者は〉
〈俺と〉
〈儂と〉
〈私が〉
〈四大精霊王のうち、三大が揃ってか……〉
ひとり見に行っていない風の精霊王が微妙に居心地悪そうな気配を見せた。
〈ちょうど初級精霊魔法が行使されていましたので、せっかくですから〉
〈なんだその物見遊山気分は〉
〈同族が何十人も契約したとなっては気にならん方がおかしかろう〉
〈まて、赤ん坊だろ? 相手は〉
〈儂もちょっと一狩り行く機会じゃ思うて〉
〈あんたはちょっと大人しく座ってろ〉
水、炎、大地の精霊王の
〈つまり、新しい魔王は真実生まれたての状態で世界に呪詛を放ち、生まれて……今だと向こうで数か月程度か? その状態で初級精霊魔法を何十も行使した、と〉
〈そうです。ですが、それ以上に大事なことがあります〉
滲む警戒の色を真っ向からスルーして、ラ・メールは爛々と目を輝かせて告げた。
〈かわいいんです〉
〈……あんたもう黙ってて……〉
〈しかも契約するともらった魔力でお肌ぷるぷるになるんです!!〉
〈そこちょっと詳しく〉
すわ、と精霊王のうち約半数の意識が集中するのに、風の精霊王がパンパンと
〈脱線していますよ! 危険性の話をしている時に、肌の話は無いでしょう〉
〈大事なことです!!〉
凄まじい力で睨まれた。女の肌意識に対して男が口を挟むとロクな事が無いという実例だろう。
思わず怯んだ風のを可哀そうな子を見る目で見て、炎の精霊王が
〈肌云々は置いておくとして、歴代でも比類ない魔力なのは確かだろう。しかも、どういう理屈でか他者にも伝播する。初級魔法で契約したうちの連中は、軒並み魔力総量が激増した〉
どよ。
〈うちの子等もじゃな。儂も契約したが、千年に渡り上限じゃと思おうとった儂の魔力量も増えた。傍におるだけでもその恩恵に浴する。抱っこしているだけで常に魔力回復と最大魔力量上昇が発生する有様じゃ〉
〈馬鹿な〉
〈一度直接会いに行くとよかろうて。だいたいそれで把握できるはずじゃ〉
テールはどっかりと座って笑った。
〈儂は、あの新しい魔王と盟約を結ぶ。善悪などこれからどうなるかは分からんが、少なくとも本質は『善』であろうと思われる。精霊王たる儂に何か望む魔法は無いかと問うて、望まれたのが『土壌改善』の魔法じゃぞ。他国を攻めるより自国の大地を耕して富むことを望む王じゃ。我らが自ら彼の王の領土を踏み荒らさぬ限り、望んで争いをしかけては来まい。――あと、一つだけハッキリ言っておこうかの〉
ふと気配を変えて、この場にあっては最も古くから存在する精霊王としてテールは告げた。
〈敵対はせぬことじゃ。それは最も悪手となろう〉
困惑と同時に怯む気配を感じ、炎の精霊王はつまらなそうに
〈爺さんはお気に入りだからだろう。……俺としては、信じるところにまでは至らん。だが、敵対は俺も断る。あの王とは互いに利用しあう間柄でも構うまい〉
幾つかの意識を向けられて、巨狼は嫌そうに牙を剥いた。
〈うちの連中で、魔力量が乏しいのだけがネックだった奴らが契約を機に能力を開花させた。恩恵はすでに受けている。拒否する気も無いが、へりくだる気も無ければ、べたべた構うつもりもない〉
〈私は、擁護します〉
青い鱗を煌めかせて、ラ・メールは意気揚々と告げた。
相手が赤ん坊であると知って、場の全員が〈そうだろうな〉と思ったのは秘密である。
〈あの力は貴重だわ。それに、うちの子達も恩恵受けてるばかりで誰も被害にあってないし。なにより、あの子はす――――――――――――ッごい美形になるわよォー〉
〈……おい、女共が狩人の目になったぞ。やめろ……〉
げんなりしている巨狼の横で、巨鳥が嫌そうに頭を振った。
〈あれほどの呪詛を放置すると? 神々すら呪われたんですよ?〉
〈呪詛の原因が分からんからの。少なくとも、理由なき呪詛は存在せん。ならば、生まれてすぐに呪詛を放たたせた何かがあるということじゃ。なにしろ相手は赤ん坊じゃからのぅ。『誰かに呪詛の呪物として作られた』のかもしれんし、もしそうであったなら、対処すべき相手はその者自身であって、あの魔王相手ではあるまい〉
〈それは……そうですが〉
思いを濁す風の精霊王に、テールは訝しみながら声をかけた。
〈まぁ、おぬしも一度直に会ってみることじゃな。『知らぬ・分からぬ』は世界を歪める。会ってみたら、どうってことのないことだったということになるかもしれんぞ?〉
テールの
●
「さて、どう思います?」
物質界。魔族の大地。グランシャリオ家屋敷上空。
しれっと来訪し、結界を張ってぷかぷか浮いている人型のラ・メールに、一緒に来たテールと拉致られた炎の精霊王はそれぞれの表情で嘆息をついた。
「なーんか隠しとるのは分かるんじゃが、ちっとも表に出さんのぅ……流れ的に見ると、あれかの。実は、風の精霊族、呪詛受けまくっとるんかの?」
「……何故、風の連中が呪詛を受けるんだ……」
「知らんよ。じゃが、あの流れではそうなろうて。……したが、風の連中もけっこう契約しとった気がするんじゃがのぅ」
「そうですわねぇ。私がざっと調べたところでは、一番契約数が多いのは炎の一族で、次に雷、その次に水と大地、闇、風、木……あとは万遍なくでしょうか」
テールがジト目になった。
「なんじゃい。おまえさんの所が一番多いじゃないか」
「一人一契約にしろと言っておいたからだろう。あの魔力増量能力は一族全体で分けあうべきだ」
「……なんだかんだで思いっきり恩恵受けてますのね。それで一歩引いてるってどうなんです?」
「あんな得体の知れない赤ん坊に近づきたいなどと思わん。おまえ達が異常なんだ」
嫌そうな炎の精霊王の声に、テールとラ・メールが心外そうな顔をしてみせる。
炎の精霊王としては頭の痛い話だった。
風の精霊王が拒否反応を出していることも気がかりだが、この二人の傾向ぶりのほうがむしろ問題だろう。
そもそも、あの見てくれだけは大層愛らしいが、得体の知れない目をしている新しい魔王には、どうやっても好意を抱けそうになかった。せめて感情が表情に出れば違うだろうが、仮面のように無表情なのだ。正直、少し怖い。
「風ののことはこちらでも気を付けておく。……風の噂は数秒で世界中を巡る。我々が知らない何かの情報を仕入れていて、それで恐れている可能性もあるだろう?」
「そうじゃな」
全精霊王の中で、情報収集に最も長けているのは風の精霊族だ。彼の王の警戒心は、そこで得た何かから来ている可能性もある。
「いずれにせよ、まだ生まれて数か月。見守る必要はあろうて」
「そうね。そうね。うふふふふ……ああー……成長がたのしみー」
鷹揚に頷くテールはともかく、その次のラ・メールの発言に、炎の精霊王は初めて新しい魔王に同情を覚えてため息をついた。
●
ちなみに、レディオンはこの日、何故か奇妙な怖気に見舞われ、ルカと一緒に父親に張り付いて過ごしたという。
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