第9話 allié



 【まりょくのつかさ】


 あらゆるせかいにそんざいする すべてのまほうをつかさどるもの

 まほうのこんげんにたたずむもの


 げんしょのまりょくのつかさは さんめい

 よいやみのまじょ

 とこしえのまじょ

 おうごんのまじょ


 あらゆるまほうは しげんのまじょのもとにうまれ

 あらゆるせいめいのもとに ひろがっていった


 げんぞんするまりょくのつかさの なは ふめい

 まぞくにあっては このそんざいを まじっくますたー とよぶ



               ―『よい子の魔法講座』より―




「マジックマスター……」


 おっと思わず声が出た。誰もいないな? よしよし。

 マジックマスターなら俺も知っている。寧ろ常識だ。完璧だとも。

 ……しかし、やばかった。俺はもしかしてものすごい無知なんだろうかとショックを受けるところだった。

 ……いや、マジックマスターを魔力の宰と呼ぶのは知らなかったけど。


 それにしてもマジックマスター……確か『四名』の『原初の魔女』による泥沼劇の末に生まれた存在じゃなかったかな。なんだかよい子の魔法講座だと三名になってるし微妙に表現が違っているんだが……

 まぁ、いいか。


 精霊辞典と一緒に魔法講座を本棚に戻しながら、俺はやれやれと腰を叩いた。この体はまだ出来上がってないからか腰にきやすい。運動量を増やしてもっと足腰を鍛えるかな……

 まぁ、その前に、押しかけ精霊達の凌ぎ方をマスターしないといけないのだが。

 そう――あの土鍋で精霊王なハプニング・デイから、俺が一人の時を見計らってテールと水の精霊女王がやって来るようになった。それもほぼ毎日のようにである。

 ……暇なんだろうか……

 ちなみに水の女王はラ・メールという。

 ろくな魔法をおねだりされなかったのが不服だ、と言って入り浸るようになったのだが、絶対違う理由だと俺は思っている。毎回俺を膝に乗せて頭撫でてる時点でお察しだ。


 俺は知ってるぞ!

 水の精霊女王が大の子供好きで赤ん坊を育てるのが大好きな母性本能マッハな精霊だってな!!

 

「来てあげましたよレディオン!」


 ほら来た!

 呼んでないし!!


 流れるような自然さで俺を抱え上げ高い高いするメールに、俺は遠い目になった。

 考えてくれ。俺には前世の記憶がある。

 死んだ時は魔族の年齢的に言って軽く大人、人間で言うところの三十前半だったんだ。

 それが妙齢の美女に高い高いされる。辛い。俺の黒歴史が生まれて数か月で酷いことになっている。

 ……ぁぁー……


「また負けた……ラ・メールよ、おぬし、ちょっと見張りすぎじゃあるまいか?」


 テール。あんたもか。


「別に常に見張っているわけではありませんよ。だいたいこの時間帯に空きが出るんです」


 嘘つけ。


「嘘つけ」


 俺とテールの心と音の声がシンクロナイズド・シンパシー。


「まぁ、あちらの赤ん坊が寝てる間ぐらいしか一人にならんし、予測がつきやすいのは分かるんじゃが……」


 今日も今日とて俺の身柄を確保され、行き場を失ったぶっとい腕をだらんとぶら下げてテールは肩を落とす。

 あんたら、なんでそんなに俺を抱っこしたいんだ。

 俺には抱っこされて喜ぶ性癖はないぞ。逆も無いがな!

 ちなみに「あちらの赤ん坊」とはルカのことである。


 流石に精霊王がこっそり赤ん坊の所に入り浸っているというのは外聞が悪いらしく、ふたりとも俺が一人きりの時以外は出現して来ない。現れる時も全力で気配も魔力も消してくると言う徹底ぶりだ。

 ……その力を統治に使ったほうがいいんじゃないかな精霊王……


 そこまでして会いに来てくれるというのは何か理由があるんだろう、とも思うのだが、二人がそれを語ることは無い。

 ラ・メールは多分に趣味が混じっている気もしないでもないが……まぁ、こちらが気を付けておけばいいだろう。

 うちの連中に何か被害が起きるようなら、ただではおかんよ。


「……なにか寒気がするんじゃが……」


 おっと、殺気はしまっちゃおうね。

 それにしても、この二人が来るとろくに本も読めないな。

 俺は前世も読書家だったが、魔導書がその大半を占め、幼少期であっても幼い子供向けの本はほとんど読まなかった。

 だが、子供向けの本もわりと侮れない。

 魔力の宰を知らなかったことといい、俺はもっと幅広く知識を深めていくべきなのだ。

 そのため、時間のある時に読み進めることにしているのだが……


「またご本ですか? そんなものを読まなくても、水魔法でしたら授けてあげられますよ?」


 魔力で引っ張り出した新しい本をラ・メールの魔力で押し返された。

 ああっ! 俺の『わくわく☆やがいのハンティングクック2』が!!


「読書も大事じゃろうて。おぬしが成長の妨げをしてどうする」


 テール! いい事言った!


「生きた魔法の教科書がいるのに、何故こんな書物に目を向けられるのかが分かりません。だいいち、こんな本は魔力の宰が見る本としては微妙です」


 なんだと!? 毒と薬草の見分け方まで載ってる優れものなんだぞ!?

 あと、ご飯の美味しい作り方も載ってるんだぞ!?

 俺のバイブルシリーズだぞ!?

 謝れ! 作者の『ほうきのまじょ・てーら』に謝れ!


「それを決めるのはおぬしではあるまい……。……。……『ハンティングクック2』……」


 ため息をついたテールが、俺達が奪い奪われしている本のタイトルを見て微妙な顔をした。

 ああっ! ここにも俺のバイブルのアンチ派が!


「……レディオン殿」


 なんだよ!


「それならば、ハンティング大全集に総集編があったはずですぞ」


 同志だった!!




● 




 精霊王というのは、各属性ごとに存在すると言われている。

 各精霊の中で最も秀でた者が就き、このあたりは魔族にとっての魔王のほぼ同じだ。

 同種精霊の他に、主な配下として妖精族が存在するが、直接的な関わりはほぼ無く、民と神といった具合に隔たりがある。これは力の違い以前に、存在している場所の違いも関係していた。


 妖精は物質世界であるこちら側に。

 精霊は、精神世界であるアストラル・サイドに存在する者なのだ。


 精霊はアストラル・サイドからぷち物質化してこちら側に現界する。

 もしこちら側の存在が彼等の世界に行こうと思ったら、特殊な転移門ゲートを通らなければならない。

 精霊に物質世界の武器が効きづらく、同じ精神世界に存在する魔法が効果的なのはそのためだ。


 ちなみに魔族は肉の殻を被ったアストラル・サイドの生き物の為、どちらの攻撃も効きにくいという特性をもっている。防御力があほみたいに高いのもそのためだな。


 なお、俺の宿敵である神族は、精霊族の上位に位置するアストラル・サイドの生き物である。

 但しある一定以上の位階にある魔法もしくは武技でない限り傷をつけられないという特性と、己の属性と同属性の攻撃は完全無効化するかわり対極の属性には弱いという性質をもっている。

 俺が全属性の高位魔法を習得しないといけないのは、神殺しの為にはそれが必須だからだ。

 奴らは一匹いたと思ったら三十匹はいるからな……


 それはともかく。

 精霊と直に会う場合は、転移門ゲートを通るか、召喚魔法を使って「うちに来てください」と招くしか方法が無い。

 ……はずなのだが……


「……どうやってきているんだ?」


 探してもらったハンティング大全集を広げ、床に直座りで読んでいた俺はテールに正面きって問うてみた。

 なんで狩り本を知ってるのか疑問に思った俺に、昔からちょくちょく物質界に遊びに来ては他種族のフリをして一狩りしていた、と答えたテールへの疑問だ。


「昔は今より魔法文明が遅れておりましてのぅ」


 テールはニヤリと笑う。


「魔法陣での召喚契約がほとんどの魔法で行われておりました故、そこを起点にしてちょちょっと分身を飛ばしておったのですよ」


 ……契約外の魔法陣使用はどうかと思うんだがな。


「そうホイホイせいれいおうがらいほうするのも、どうかとおもうんだが」

「長い生ですのでのぅ。時には息抜きも必要でありましょうて」

「でも、しょうかんしゅがしんだら、まほうのけいやくはきれるはずだ」

「無論。魔法陣の効力も消えてしまいますからな」

「いま、これてるのは、なんでだ?」

「それは、レディオン殿との契約で得た縁を目印に、ラインを伝ってこっそりと」


 俺か!!!

 許可してないのに何やってんの!?

 ――ハッ! ということは、ラ・メールも!?


 サッと視線を向けると、俺の貴重な毛髪を手櫛で梳くのに夢中になっていたラ・メールがパッと顔を背けた。

 やっぱりお前もか!

 あと、もうちょっと優しく梳いてくれないかな!? 今はまだ頭部の有限資源が乏しい時期なんだから!


「ほら、レディオン! ここは魚心あれば水心ですよ!」


 魚心の押し売り激しいな!?


「かわりにおじいちゃんが手取り足取り魔法を教えてあげちゃいますぞ!」


 いらんよ!

 攻撃魔法系なら軒並み揃ってるよ!!

 下手に急いでやるとあんたら警戒するだろうが! その手には乗らんぞ!!

 くらえ! 俺の怒りの紅葉アタック!!


「いたたたわりと本気で痛いですぞレディオン殿!」


 ぺちぺちと小型紅葉を量産する俺の掌に、筋肉にくにくムッキムキのテールが逃げる逃げる。精霊王なのに、情けない!


「それにしても、レディオン。赤ん坊の頃からそんなに魔法を覚えて、どうするつもりなの?」


 俺とテールの追いかけっこを恐々見ていたラ・メールが、話題を変えるためかそんなことを聞いてきた。

 歩幅の差で逃げられていた俺は仕方なくそれにつきあうことにする。……足の長さが同じなら勝てた。間違いない。


「まぞくをしあわせにする」

「土壌改善魔法で?」

「水浄化魔法で?」


 ……いや、それも使うけど。

 ていうか、あんたら、しれっと根に持ってないか!?


「せいさんは、だいじなんだぞ」

「いやまぁ……それは分かりますけど」


 ラ・メールはなんだか頷きたく無さそうな顔で頷いた。


「それでも、魔族なら他に簡単な方法があるんじゃありませんの? もともと、基礎能力が他の一族より秀でているのに」

「……ラ・メール」


 テールが低い声で止める。

 俺は苦笑した。


「まぞくは、じぶんでたたかいをしかけることは、あまりしない。けれど、しかけられることはある」


 例えば神族とか神族とか神族とかにな!


「じえいはする。だが、ほかのものをたおしてうばいとらなくても、できることはおおい。しあわせは、そういったじみちなどりょくのすえにある」

「……全ての魔族が無害なわけでもないでしょう?」

「むろん。せいれいに、よいせいれいとわるいせいれいがいるように、まぞくにもいる。どのしゅぞく、どのせかいであれ、それはかわらない」


 俺は魔族という種族を愛している。

 けれど、全ての魔族が愛すべき牧歌性を持っているわけではない。

 それもまた、各々の個性であり、生きる者であるが故に生み出された『己』という名の自我だ。

 許し難い愚挙愚行も多くあるだろう。

 否定はしない。悪もまた存在する。

 ――なによりも、企てられた運命だとはいえ、俺の前世の末路もまた、悪そのものだった。

 あの過ちは、俺自身が償うべきだろう。この世界で。


「まぞくのつみは、まぞくのてでただす」

「……『魔王』になるから?」

「そうだ」


 俺は真っ直ぐにラ・メールを見上げる。

 一つの国を、種族を、既に纏め上げている女王を。


「おれは、魔王だ」


 全ての魔族で最強の存在。

 全ての魔族の象徴である者。


「おれがつよくならなくて、だれが魔族(なかま)をまもるんだ」


 滅亡させようと企てる神々の悪意すら退けて。

 生き延びなくてはならないのだ。今度こそ。


「それは、おうのほこりではないのか?」


 ラ・メールはじっと俺を見る。

 そうして、淡く微笑んだ。


「まだ生まれて間もないのに、それでも、貴方は『王』なのですね」


 ……。

 しまったぁああああ!!!!

 まだ赤ん坊だよ! 三か月程度だよ!!

 そもそも魔王の位、継いでないよ!!!

 あれか!? しばらく全く会話出来なかった反動か!?

 もう俺しばらく喋らない方がよくないか!?


「あんなに一度に魔法を覚えようとしているから、何かあるのかと思っていましたけど……王の誇りを持ち出されては、ね」


 結果オーライ!!


「しかし、魔力の宰に一種族だけを守護されると、ちっと面倒だがのぅ」


 テ――――――ルッ!!


「まぁ、そのあたりのことを詰めるのも兼ねて――ですな」


 顎髭を一度撫でた後、テールは俺に向かって右の拳をぬっと出す。

 笑ったラ・メールも右手を俺に差し出した。

 はてな?

 首を傾げた俺に、ふたりは笑って言った。


「友好条約を結びません? 未来の魔王として」

「同盟なぞ、いかがですかのぅ?」





 ――精霊族に、未来の同盟者が出来ました。

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