第7話 俺の幼馴染が乳兄弟になった件




 ルカ。

 俺の幼馴染。

 いつも冷めた眼差しをしていた男。

 俺に向かって、常に「私達の屍の上に立て」と言っていた。

 お前なのか。

 お前だったのか。


 クロエの息子だったのか。







 俺が魔力で操る紙風船がいくつも空を舞った。

 その様子に「きゃっきゃっ」と可愛らしい声が響く。

 俺の部屋の一つ、遊具室にいるのは生後二カ月の俺と、生後二カ月半のルカ。そしてルカと俺の母様達だ。

 本来ここにいるはずのないルカがいるのは、俺がルカの傍を離れないせいである。俺があまりにもルカの部屋に入り浸るものだから、父様達が話し合って日中はルカを俺の部屋に移すことにしたのだ。まぁ、夜は流石にクロエの部屋に戻されるんだがな。

 別に一緒に寝てもいいのに……


「あぅー。あぁあー」


 紙風船を一度手元に全部集め、どうだ、と視線を向けると、ルカが俺に向かって全開の笑顔を向けた。

 ニコニコだ。俺は感動した。


 なにしろ俺の知っているルカといえば、世の中の全てを冷ややかに見据えるような男だった。

 男にしておくのは勿体ないと言われまくった美少年であり、成長した後も立派に美青年だったのだが、あの冷たすぎる眼差しのせいで女性が寄りつけないという可哀そうなヤツだったのだ。

 ……あいつ、一度でも笑ったことあったんだろうかな……

 そんな男が、今や常に満面笑顔だ。

 すごい可愛い。

 こいつは俺のものだ。俺の弟だ。そう主張したい。

 嫁になりたいやつはまず俺の屍を超えて行け!


 まぁ実際にはこいつの方が二週間だけ年上なんだが。些細な差だよな?


 気をよくした俺は、再度紙風船を魔力で操る。

 ルカはこの紙風船の遊びが大好きで、時々、見よう見真似で自分も操ろうとする。

 そんな時は俺が力を貸して、操作を覚えさせてやっていた。

 ルカはなかなか筋がいい。

 流石俺の未来の側近。赤ん坊の頃から優秀だ。


「きゃァーん! んキャア」


 よーしよしよし。その調子だぞルカ!

 複数同時操作は難しいらしくてフラフラしているが、ちゃんと浮いているし動いている。

 ちなみに今はルカの首も据わっていて、そろそろハイハイも出来るかなというところだった。ちょこんと座っている様は実に可愛い。

 俺が手伝っているのも分かるのか、一生懸命操作の真似事をしながら時々俺を見てパッと笑顔になる。


「ダッ!」

「ダッ!」


 愛い奴だ。


「……こんなに気にいってくださるなんて……なにやら勿体のうございます」


 ルカをぎゅっと抱きしめた俺に、ほとほと呆れたような顔でクロエがそう呟いた。

 隣にいる母様は、何故か俺達を見て目元をぴくぴくさせている。好物を目にした時の母様の癖だ。しかし、何が母様の琴線に触れたのかが分からない。父様の情けない姿が好物な母様だが、俺達は泣いてないぞ? にこにこだぞ?


「ルカが女の子でしたら、是非お嫁に来てもらうところですけれど」


 目元を波たたせながら母様がそんなことを言う。

 残念だが母様よ、ルカは男だから嫁には来ないぞ。

 あと未来に嫁さんがいるぞ、俺もルカもそれぞれな!


「それにしても、本当に仲の良いこと」


 母様の目元ぴくぴくが止まらない。

 俺とルカの初顔合わせは、俺の大泣きで始まり、ルカの大泣きで終わった。

 周りが狼狽するレベルだったが、仕方ないことと思っていただこう。

 なにしろ、俺は前世でこいつを喪った。

 しかも壮絶な最期だったのだ。俺はこいつを守れなかったことをずっと悔やんでいた。

 生まれ直し、両親と巡り会った時もそうだったが、こいつと巡り会えたことで俺の涙腺は大決壊。もうギャン泣きだ。


 泣いてるだけなら、嫌いなのかと思われるところだが、無意識に手を伸ばしていたのが功を奏したらしい。

 父様は俺をルカの元に置いてくれた。

 俺は必死にルカを抱きしめた。

 ルカも俺の大泣きにつられてギャン泣きした。

 困り果てた三者の気配を感じていたが、止まろうはずもなかった。


 だが一つだけ、忘れてはいけないことがある。

 かつてのルカは、両親の話をしなかった。

 ――ずっと昔に亡くしたとだけしか聞いていなかった。

 クロエの息子だったのだ。

 ここにいたのだ。俺が知らなかっただけで。


 それがどういう意味なのか、今の俺は把握している。


 クロエが、俺を毒殺しようとして処刑された『クロエ』だった場合――

 この先の未来で、クロエは殺されることになる。

 俺の父の手によって。

 俺はルカにとって、親の仇の息子であり、その死の元凶になるのだ。


 もしかすると、ルカのあの冷めた眼差しはそういう過去のせいかもしれない。

 屍の上に立て、という言葉にもそういう意味があったのかもしれない。

 生後二ヶ月が経った今も、俺の周りにクロエ以外に『クロエ』という名の人物はいない。なら、もう間違いはないだろう。

 ――前世の俺は、ルカの母親の屍の上に生きていたのだ。俺自身は知らないままに。


 だからこそ、今度の俺はルカとルカの母親を守らないといけない。

 まずは俺が毒殺されそうにない状態にならなければ。なにしろクロエは、俺を毒殺しようとして父様に殺されたんだから!


 俺は早速翌日からせっせとルカの部屋に通った。

 眠る時間まで傍にいた。

 積木遊びもそこでやった。

 あんまりにも入り浸るものだから、父様がものすごく寂しそうにしていた。

 ……父様……その性格、どこから爆誕したの……?

 しかし、俺の部屋にルカを移す案もルカのベッドを俺の部屋に新設したのも父様の提案だ。父様の評価が俺の中でぐんぐん上がったのは言うまでもない。

 父様、今なら一緒にお風呂入ってあげてもいいですよ?

 背中流してあげましょう! 手が届くかどうか怪しいけど。


 ちなみに、ルカと俺がセットで過ごすことになってから、ルカの世話もクロエ自身がすることになった。

 ルカの世話役はというと、別に解雇されることなく普通のメイド業務に戻ったようだ。どこにも恨みが発生しないようで何よりだ。

 しかし、考えたら雇用問題や領地収入のあたりを一度父様とつめておかないといけないな。

 俺達魔族は牧歌的で呑気な性格をしているから、人間みたいにあくせく働く事がない。

 のんびり羊や山羊を育てて生計をたてている者も多く、前世ではそのノホホンとした生活がたたって、俺が大人になる頃には他種族に土地を奪われたり買収されたりしてどんどん生活を苦しめられる者が増えた。


 生活が苦しくなれば、悪事に手を染める者も増える。

 そうした悪事の犠牲になった者は、悪事を働いた者――ひいては魔族を敵視する。

 悪循環だ。


(外貨獲得と金銭の循環、雇用の確保と土地利用は早めに対処しておかないといけないな)


 俺はそう思う。

 魔族第一主義かつ頭脳明晰な父のおかげで、俺達のいる周囲は生活水準も高く、潤っている。今はちょっとどころじゃなく馬鹿になっているが、これは子煩悩のなせる業であって、明晰な頭脳は変わらないはずだ。多分。

 ……そこまで子煩悩菌が進出してないことを祈るよ、父様……


「ルカも魔力操作を始めてるようだし、また何種類か、教材になるものをあのひとに買ってきてもらおうかしら」


 母様がぽつりと言った言葉に、クロエが慌てた顔になったが、彼女が何か言うまでに俺が反応した。

 目をキラキラさせて母様を見る俺に、母様はくすくす笑う。


「レディオンは本当に、魔法が大好きね?」


 その後、母様のおねだりという形で俺への教材が増えた。

 俺が大喜びしたのは言うまでもない。

 ……ただ、その中に陶器作成セットがあったのはどうしてなんだろうか。

 とりあえず、今度時間のある時にでも陶芸に精を出してみよう。

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